第43話 謝罪


 ついに入学の時が来た。

 入学式はグラウンドで行われる。


 クラス分けは試験時の番号が掲示板に書かれている。

 ほとんどの人が試験を受けたクラスそのままだ。

 成績次第ではクラスが上下する事があり、一部では上のクラスに入れて喜ぶ者や、下に落ちてこの世の終わりみたいな顔をする者がいる中で、セシルはある人物を探していた。


 祭りの時に謝罪を後回しにしていた為、マリーを探していたのだ。


「あっマリー様だ! 見付けた!」


「ではセシル様、頑張ってください!」


イルネがグッと手を握りしめて応援する。


「うん! 行ってくる」


 セシルが他の貴族に当たらないように小走りで向かう。

 イルネも後ろを付かず離れずで行く。

 入学式にはライムとマーモも来ており、今はイルネの足元を歩いている。

 今回この2匹を連れて来たのは、ライムもマーモも学院内の建物で生活する為、学院内で見慣れて貰い、問題が起きるのを未然に防ごうと言う意味合いがある。


「マリー様!」


「あら? セシルね。ごきげんよう」


「ごきげんよう! お祭りの時は話を遮ってしまって……」


「あ~、あの時の話ですわね」


 マリーはずっと気にしていたのだが、さも、今思い出しましたわ。という雰囲気で対応する。『一流のレディはそんな細かい事一々気にしないわ』と言う脳内設定である。


「あのっ、ごめんください!」


「はい、いらっしゃい。今日は何にします?――っじゃないわよ! 敬語の使い方間違っているわ!  謝罪じゃなくてお店に入る時の挨拶じゃない!――全く。庶民のお店で使うような挨拶ボケにツッコめる貴族なんて私くらいなものですわ! 感謝なさい!」


「ひぃぃ」


 イルネの勢いに怯えたセシルは、数メートル後ろで見ていたイルネの所に小走りで戻る。


「セシル様、ちゃんと謝れましたか?」


「うん。上手に謝れた」


 セシルは満足げだ。


「流石です!」


 イルネが手をパチパチと叩いてセシルを褒めそやす。


「どこがよっ!! 聞こえているわよ!! どこに上手に謝れた要素があったの!? なんでそんな満足げな顔が出来るの!? ねぇ? 何で!? セシルの侍女も侍女よ! な~にが『流石です!』よ! この距離に居たのならあなたも見ていたでしょ! 甘やかしちゃだめでしょう?」


 セシルとイルネはポカンとした顔をする。


「なっ! んっ! でっ! なんでその顔が出来るのよ!? え? なんでこの人こんなに怒っているの? みたいな顔するんじゃないわよ!」


 マリーのツッコみが止まらない。


「マリー様、成長なさって……」


 マリーの侍女であるカイネは嬉し涙を拭く。


「どこで成長を感じているのよ!! もっと他にあるでしょ!?」


 大声でツッコミ散らかすマリーを周りの貴族の子弟達がざわざわとして見ている。

そこでマリーは貴族らしからぬ大声だった。と気付くのだが、時すでに遅しである。


 カイネに静かに怒る。

「(なっ何で止めてくれなかったのよっ!)」


「良いツッコミでございましたゆえ」


 カイネはグッと親指を立てる。


「私の学園生活の侍女があなたで良いのか不安になっていますわ」


「まあまあ落ち着て下さい。マリー様」


 セシルがマリーと落ち着かせる。


「誰が言うとんねん」

 マリーは思わず地方の方言が出てしまい「あっ」となったが、セシル、イルネ、カイネがニタァとするのであった。


「なっ! (なんであんた達そんなに息ピッタリなのよ!?)」

 流石のマリーも、小声でツッコむ。


「静粛に。静粛に。もう間もなく入学式を始める。真っすぐ並びなさい」


 マリーは不完全燃焼のまま会話が終わってしまう。


 使用人は後に控える必要がある為、ライムとマーモもイルネと一緒に後ろに向かう。


 子供たちは上位貴族から番号順に縦では無く並ぶように椅子に座っていく。

縦では平民より後ろは許せないという輩が出てくるための措置だ。

 流石に騎士や文官のコースの区分けはしているが、それにも文句を言う貴族は毎年出てくる。学院では身分差での揉め事を禁止しているが、実質不可能だ。

 そんな中、第二王子が新入生代表挨拶で舞台横にいる為、第二王子の空席を除けば平民のセシルが第二王子の次に若い番号で、一番上位の席になってしまっている。


 上位席に座っているセシルを忌々しい顔で見ている貴族の子弟達はかなり多い。

 自分たちはまだ何も成していないのに、特別な存在だと思っているのだ。

 特にセシルの魔法の試験を見てしまっているので、見下す気持ちに拍車がかかっている。



 校長の挨拶で入学式が始まった。

 校長はセシルのパレードが中止になった理由を聞いている為、大賢者については触れず無難に挨拶を終わらせる。


「次は新入生代表挨拶。クリスタ第二王子でございます」


 クリスタが壇上に上がって挨拶を始める。

 王子の挨拶も順調に進み、無難に終わるかと思われたその時だった。


「皆も知っての通り、今年は大賢者の再来と言われているセシル=トルカが入学している。是非皆に紹介したい。セシル、壇上に上がって挨拶してもらえるかな?」


 なんとクリスタがサプライズでセシルを壇上にあげようとしたのだ。

 以前、父である王が似たような演出をしたのを見て憧れていたのだ。

 実際は挨拶をする本人には事前に根回しをしており、サプライズは聴衆者に対してだけであるのだが、8歳のクリスタにはそこまで理解が及んでいなかった。

 本当に全員に対してのサプライズだったのだ。


 クリスタは、少し前にセシルの王都パレードが急遽中止になり、お触れの回収などでバタバタしていた事は知っているのだが、それがどのような理由で中止になったのかまでは知らないのだ。セシルが大勢の前に出す危険性を理解していない。

 そもそも挨拶分を考えないといけないのだ、誰であっても無計画で前に出されるのを良しとする訳がない。


「……え? ぼく?」


「さあ、前へ」


 良い演出が出来たとドヤが止まらないクリスタを余所に、関係者は全員困惑していた。

 校長に至っては脂汗が止まらなくなっている。

 セシルを前面に出さないように。と宰相より強く釘を刺されているいるにも関わらず、物理的に壇上に上げたなど言語道断である。

 無いとは思うが下手したら首が飛びかねない。いや大賢者の存在の大きさを考えると首が飛ぶことも現実的に思えてくる。


(まずい。まずい。まずい。とっとりあえず私が壇上に戻って場をどうにかせねば)


校長は、考えも纏まらない内に慌てて壇上に上がりクリスタから半ば強引にマイクを受け取る。


(マイクを受け取ったは良いが、王族である第二王子の意見を覆しても良いのか……いや、これは第二王子の失態だ。セシルを前に出さない事の方が重要……で良いのか? いいよな? ええい! ままよ!!)


「セシルはその席で良い。申し訳ないが、セシルは体調が芳しくなく、喉の調子が悪いと言う事で、こちらで軽く紹介するに留めて欲しい」


 え? 体調悪いの? と、マリーがセシルを見る。

 セシルは「そうだよ! 体調が悪いよ!」とアピールするようにウンウンと頷いている。

 むしろ元気に見える。


「セシルは噂通り引力と斥力を使う事が出来る。だが、まだ魔法をほとんど習っていないと言う事なので、皆優しく教えてやって欲しい。そして大事な事だが、セシルは2匹の魔物を使役している。スライムとマーモットだ。今は後ろの方に控えておるな」


 その言葉で子供達が一斉に椅子から半立ちになって後ろにいるライムとマーモを見る。

 校長は皆がある程度確認したのを待って話を続ける。


「この2匹は安全である。が、絶対に安易に手出しをしないように。もし手を出した結果、万が一怪我をした場合は手を出した側の責任とする」


 ざわめきが起きる。

 魔物より人間を優先するのかと。


「これは国のお達しだと思って良い。良いな? 絶対に手を出すな。石を投げたり魔法を打ったりしてもダメだからな? 専用の家を用意している為、基本的にはそこにいるので人間側が何かしようとしない限り問題ない。紹介は以上だ。クリスタ第二王子のスピーチも見事であった。皆、拍手を」


 パチパチパチと拍手が起こる。

 魔物に対して不満が残るが第二王子の演説に対して拍手をしない訳にはいかない。


 不満そうな顔をする王子を席に着かせ、プログラム通りに戻した。


 校長は後で他の教員が注意事項として説明する内容をここに持ってくる事で、なんとか難を乗り切ったつもりだ。後はこの件を報告して上からのお達し待ちである。

(胃が痛い)校長は胃を抑えながらその時を待つのであった。


 その後、滞りなく入学式を終えそれぞれが家に帰るのだが、セシルは辺境伯の別邸に向かった。

 ダラスとサルエルとのお別れをする為である。

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