第42話 大賢者の師匠
宮廷魔術師のライオットはその日、タント魔術長に呼ばれていた。
(なっ何か怒られる事したかな?)
小心者で怒られるのが苦手なライオットは、呼ばれてから約束の日まで心が休まらず睡眠もうまく取れなかった。
ライオットは魔術師としての能力は高いが、出世欲は無く大人しい性格で、会話はじっくり考えてから返事をするタイプの為「どんくさい奴だ」と男爵である父や兄にいつもなじられ、ストレス発散の的となりながら幼少期を過ごしていた。
その為、怒られる事を何より恐れる性格になり、学院卒業後はなるべく目立たずに過ごしたいと宮廷魔術師になった後は研究職に付いていた。
もう35歳になる彼は好きな魔法に携われて、特に怒られる事も無く、定期的に新商品や論文を提出する時にちょっと忙しくなる。そんな平々凡々に過ごす現状を幸せに思っていた。
そんな人並みに幸せな日々は、この日を限りに終わりを告げる事になる。
王城の近くに宮廷魔術師が利用する建物がある。
その建物の一番上階に存在するタント魔術長の執務室に着いたライオットは、階段で荒れた呼吸を深呼吸で整えてから、意を決してドアをノックする。
コンコンッ
「ライオットです」
「入りたまえ」
「失礼します。あの……私、何かやらかしたでしょうか?」
ライオットはビクビクしながら訊ねる。
「安心したまえ。君を叱責する為に呼んだのではないよ。むしろ逆だと思っていい。まあまずは座りなさい」
「はぁ……失礼します」
全体的に失礼な態度だが、タント魔術長はあまり気にしない。
研究職に就いている魔術師はコミュニケーションに難がある人物が多すぎるので、一々気にしてられないのだ。
「私は君を魔術師として評価している」
「えっ……あっありがとうっございます」
まさか褒められると思っていなかったのでライオットは逆に焦る。
褒められた事で『嫌な予感警報』がガンガンなっている。
自分が無条件で褒められる事など無い。何かある。
「と言う事で、君はこれから大賢者の師匠だ。おめでとう」
「ちょ……と申し訳ありません。何を言ってるのか分からないです。説明をお願いできないでしょうか?」
「大・賢・者、の師匠だ。おめでとう」
タント魔術長が立ち上がりライオットの手を無理やり取って握手する。
「いえいえ……いえいえいえ、ゆっくり仰られてもよく分からないです。この握手は一体……」
「引き受けてくれて嬉しいよ」
「何も引き受けて覚えが無いのですが……」
タントは眼力を込めてライオットを見る。
ライオットはこれ以上は怒られると判断して受け入れる事にした。
意味の分からない事にゴネるより、目の前の怒られを避けたいのだ。
「……私は何をしたらよろしいのですしょうか?」
タントは満足げに頷き、ようやく説明し始める。
「大賢者の再来と言われる子供が学院に入学するのは知っているかね?」
「それは、はい。知らない人はいないかと」
「彼はまだまともに魔術の訓練をしていないそうなのだ」
「え? 生活魔法も使えないのですか?」
「いや、それは2日で使えたそうなのだが、それ以降は日常生活で使っていただけで練習らしい練習もしなかったようだ」
「2日……世のなかには凄い人がいるのですね」
「でだ、そなたが教えてやりなさい」
「えっ……私が? 学院で学ぶのでは?」
「今はまだ平民の平均レベル以下の最低レベルの魔法しか使えないのだが、2日で生活魔法が使えるようになったと言うのが事実だった場合、おそらく数日、遅くとも1ヵ月もあればトップクラスになると予想される。そうなると学院の授業に合わせても実力が伸ばせず勿体ないであろう?」
「はぁそれは確かに……それで私が? でも私より優秀な魔術師の方はたくさんいらっしゃいますが?」
「そなたは優秀な魔術師だ。これは私の偽らざる本心だが、確かにもっと優れた魔術師もいる事もまた事実だ。その疑問も当然だな。だが、そやつらを大賢者の卵の師匠にする訳にはいかんのだ」
「なぜです?」
「一番大きいのは出世欲だ」
「出世欲ですか?」
「そうだ。君には出世欲があるかね?」
「いえ、ありません」
「だからだよ。大賢者が上手く成長した場合、大賢者の師として絶大な権力を持ってしまう可能性がある。私を越える権力をね。まだまだ先の話になるだろうが、将来的に大賢者が私より上の立場になるのは仕方がない。それは大賢者がもう半ば伝説の存在だからな。諦めも付く。しかし、出世欲に目が眩んだ連中が大賢者の師になったらどうなる? 宮廷魔術師と言う組織を私物化するだろう。それだけは避けねばならない」
「なるほど……しかし私では反対されるのでは?」
「それは考えてある。『君には他の人に出来ない重要な仕事をしていて時間がないだろう?』とでも言えば大丈夫だろう」
「そんな簡単にいきますかね?」
「大丈夫だ。すでにそれっぽい仕事を与えてある」
「……」
ライオットは最初から自分が断る隙は無かったんだなと遠い目をする。
「そなたは実家とは疎遠になっているであろう?」
「そうですね。もうほぼ関りが無いです」
「それがまた良い。実家がすり寄って来ても、今更関係ないと言えるし、しつこく言って来たとしても男爵位だ。どうとでも出来る」
「……なるほど」
「もう一度言うが、そなたの魔術師の実力を買っているのは本当だ。その上で条件が完璧なのだよ」
ライオットは必至に他の候補を探そうとするが、条件にピッタリ合う人物が思い当たらない。
「やってくれるね?」
「……はい」
こうして、好きな魔術の研究をしながらこっそり生きて行こう。と思っていたライオットの人生プランは儚く散ったのであった。
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