第142話 逃亡
父の復讐を胸にセシルを探すヨトとユーナは、行商人のクルーエルに同行しディビジ大森林を順調に進んでいた。
道中の石をどかしたり馬車の車輪がハマりそうな穴を埋めたりと、多少身体は使っていたが護衛の冒険者がサッと作業を終えてしまうので、大したことはしていない。
今は泊まる予定の休憩所で夜ご飯を食べているところだ。
この休憩所では他のグループは誰もいなかった。
『今、どこらへんですか?』
『そろそろ真ん中辺りだな。これまでの道はずっと一直線だっただろう?』
『はい』
『だが、王国に着くまでに一か所だけ分かれ道があるんだ。その分かれ道が真ん中の目印だな。分岐をまっすぐ進めば王国で、右に曲がれば教国だ。もっと分かりやすいのはあそこに見えるディビジ山脈だな。あの山脈の近くを通る道はないが、真ん中の目安だと思っていい。明日の朝一にでも分岐を通るんじゃないだろうか』
クルーエルは2人を預かった当初、余計な荷物でリスクでもある2人の存在をあまり好ましく思ってはいなかったが、移動の話し相手としては意外と悪くないと思っていた。何なら好意的と言ってもいい。
護衛である冒険者達もいつも同じチームで行動していると、会話らしい会話も減ってしまうが、そんな中で子供二人との会話は楽しみの一つにもなっていた。
冒険者達は帝国語を話す事は出来ないが、単語くらいなら多少分かるしヨトとユーナも父が王国語を勉強していた事で多少王国語の単語を知っている。
お互いが少ない語学力でどうにかコミュニケーションを取り、これから王国で生活するという幼い二人の為にと、時にはクルーエルが翻訳し王国語を教えたり食べられる野草などを教えたりもしていた。
だが、そんなひと時も終わりを迎えようとしていた。
食事も終わるともう辺りは暗くなっており、それぞれが寝床と見張りに分かれる。
大人達はテントで寝泊まりし、ヨトとユーナはいつも通り荷台の狭い隙間で寝る為に馬車に乗り込んだ。
馬車で2人きりになったヨトとユーナはコソコソと話す。
『明日には真ん中だってよ。どうするの? お兄ちゃん』
『ん~そうだな。もうここで必要な荷物を盗って逃げるしかないな』
『大丈夫なの? あたし心配なんだけど』
『大丈夫だよ。ユーナには兄ちゃんが付いているぞ』
『ほんと? お兄ちゃんの事信じるよ?』
『大丈夫だ。食べられる野草も少し教えてもらっただろ? 魔物も剣で仕留めてやる』
『剣なんか持っていたっけ?』
『えっと……今はナイフしか持ってないけど。剣も盗ればいいだろ?』
『護衛の人たちは剣を手放さないし、どうするの?』
『クルーエルさんの剣を盗ればいいよ。あの人荷台に置きっぱなしだし。ほら、そこにある』
『クルーエルさん結構いい人だったよ? 盗ったりしてもいいの?』
『大丈夫だ。それだけ支払っている』
『盗まれるのを想定した金額じゃないと思うんだけど……お兄ちゃんに任せていいの?』
『ああ大丈夫だ。俺が盗るからユーナは持てるだけ荷物を持ってくれたらいいよ』
『分かった』
ユーナは心細くなっていたため自信満々なヨトを信じ、頼ってしまった。
本来はユーナの方が何倍も賢いのだが、まだ8、9歳だ。
圧倒的に経験が少なく、頼るべき相手がヨトしかいなかったのがユーナの不幸であった。
二人は何度となく外の様子を見る。
すでに喋り声も聞こえず静かになっている。
ディビジ大森林、とくに真ん中に近い辺りでは豪快な冒険者であれど騒ぐことはしない。
この辺りは魔物避けも効かない様な大物の魔物の出現率が高く、なるべく静かに過ごす事が何より大事である。
焚火も森から隠すようにテントや馬車で囲んだ真ん中に置かれている。
小さな焚火がパチ パチと静かに弾け、時折鳥の鳴き声や魔獣の鳴き声が聞こえてくる。
『あのイビキ、クルーエルさん寝たんじゃないかな?』
『よし。見張りは2人かな?』
『うん。見た感じ多分2人』
『いつもと変わらないね。よし、やろう』
すでにコソコソと荷物を盗みまとめていたので、後は気付かれずに逃げるだけだ。
自分たちが寝泊まりしている荷台に荷物が積まれていたので、盗るのは全く難しくなかった。
食糧などを詰めパンパンになった布のカバンを背負い荷馬車から顔を出して様子を見る。
見回りで周囲を周っていた護衛が馬車の反対側に移動したところで、森の中に小走りで逃げていく。
『お兄ちゃん、魔物避け!』
『あっ忘れてた』
『もうしっかりしてよ』
休憩所を守るように配置されていた魔物避けの1つを取りに戻り、再び森の中に入る。
『よし、上手くいった』
『見付からなかったね』
木の裏に隠れてヨトがやり遂げた顔をしている。
もう焚火の光もほとんど届いていない。
とは言え、森に入って100メートルも移動していないだろう。
『で、どこで寝るの?』
『え?』
『テントは?』
『テントはクルーエルさん達が使っていただろ!?』
『えっ? じゃあこれからどうやって寝泊まりするの?』
『…………ほら、木の洞とか。ここら辺は木が大きいし大丈夫だよ。マントもあるし』
『えぇ~。噓でしょ……バレてない今なら戻れるかな?』
『なんで戻ろうとしているんだよ』
「ん? あれ? ここに置いていた魔物避けがないぞ」
「探せばあるだろう? 念のため予備取ってくるから、その間に探してくれ」
「ああ、頼む」
「予備の魔物避け持ってきたが、荷台に子供たちがいなかったぞ?」
「ん? トイレじゃないのか?」
「いや、荷物もなかった。逃げたんじゃないか?」
「逃げる? こんな所で逃げてもメリットが無いだろう? とりあえずもう一度荷台確認していなかったらクルーエルさんを起こしてきてくれ」
『おいっユーナ、どこ行くんだよ!?』
『戻るのっ、このままだと死んじゃうよ!?』
『何でだよ! 大丈夫だよ! 魔物避けもあるし、今まで魔物に襲われなかっただろ?』
『それはそうだけど』
ヨト達が魔物に襲われなかったのは、魔物避けやポストスクスが居た事もあるが、何より運よく大物が出てこなかっただけである。
暗い森の中を少し戻り、休憩所の様子を見るとすでに荷物を盗んだ事がバレていたようで慌ただしそうに動いていた。
「俺の剣がない! 食料も減ってやがる! くそっあのガキども!! 少し可愛がってやったら調子に乗りやがって!!」
「シッ。静かに。それで、どうする? 探すか?」
「いや、いい。魔物避けと剣は痛いが、依頼費で賄える。損はしてない。世話する手間が省けた。勝手に出て行ったんだ。勝手に死んでもらえばいい」
「分かった。我々の護衛の評価に問題は?」
「それも問題ない。今回はイレギュラーを入れたこちらの問題だ」
「それならいい」
『何言っているのかは聞こえないけど、クルーエルさん地団駄踏んでたよ。かなり怒ってそう。もう戻れそうにないね』
『俺は元から戻るつもりなんてないぞ!』
『……はぁ。分かった。とりあえず寝るところ探そう?』
『よし、行くぞ』
休憩所から離れて行くと、真の暗闇になっていく。
特に今日は運が悪いことに曇りだった。
『全然見えないよ……お兄ちゃん怖い』
『だっだだだ大丈夫だ』
ユーナがヨトの手を握ると、ヨトはギュッと握り返す。
『えっ!? お兄ちゃん手汗びっしょりっ!? アタシより怖がっているじゃないっ?』
『こっ怖くなんかない』
『そうだ! カンテラは?』
『……盗るの忘れた』
『忘っ……ふぅ~』
ヨトの仕事っぷりに怒りが湧くが、そもそも兄を信用してしまったのは自分のミスだったと深呼吸をして自分を落ち着ける。
『火魔法を使うしかないね』
『森の中で火魔法は厳禁だろ?』
『ここは木と木の間が広いから小さい火なら大丈夫だよ。そうでもしないと足元も見えないじゃない』
『それはそうだけど』
『なるべく小さい火で長く持たせなきゃね。じゃお兄ちゃんお願い』
『俺?』
『だってアタシは今年魔法覚えたばっかりだよ?』
『……分かったよ』
ヨトは蝋燭程の火魔法を出す。セシルのように魔法を自由自在に動かす事など出来ないので掌の前に一定距離で留めるだけだ。
『でも、そんなに長く出せないぞ?』
『分かっているよ。だから早く寝られる場所を探そう』
『うえっペッペッ。虫が凄いな』
『最悪』
程なくして、運良く2人でぴったりとくっ付けば寝られるくらいの木の洞を見付ける事が出来た。
『ここで良いんじゃないか?』
『良かったぁ』
『助かったな。もう魔力も持たない所だった』
『でも洞の中、湿っているよ?』
『我慢するしかないだろ』
『はぁ~。これからどうなるんだろう』
『そんな事言うなよ。俺だって不安なんだ』
『アタシが不安なのは良いけど、お兄ちゃんは不安ってこと隠してよ』
『何で俺だけ隠さないといけないんだよ!』
『ちょっ静かにしてよっ。魔物が来たらどうするの』
『すまん。……とりあえず寝よう』
火魔法を消し、2人でマントに包まるように洞に入る。
『うわっマント染みてくる』
『我慢するしかないだろう。寝たら分からないよ』
『はぁ~。おやすみ』
『おやすみ』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます