第143話 森の中


「ん……うぅん……」

「起きた? おはよう」

「んっおはよう……あれ? ここは?」

「森の中って事忘れちゃった?」ボリボリ

「あっそうか森の中で寝たんだったね。今日はどうするの? 痒い」ポリポリ

「とりあえず盗ってきた食料を食べよう」ボリボリ

「うん。ねぇ虫刺されが凄いんだけど、かゆみ止めと虫よけない?」ポリポリ

「……ない」


 2人とも虫刺されで身体の至る所が赤くなっている。


「……はぁ。じゃ、かゆみ止めと虫よけの草分かる?」


 ユーナは周りの野草を見まわしながら問いかける。


「むむむ。多分? この前、すり潰す所を見た気がする」


 貴族程ではないが、平民の中では温室育ちと言っても差し支えない生活をしてきた2人は森で生きていく為の知識がない。

 この道中、護衛の冒険者に食べられる野草なども教えてもらっていたが、虫よけやかゆみ止めなどの草は平民からすると常識中の常識だ。わざわざ教えられることは無かった。


「似たような草を適当にちぎって塗ればどれか当たるだろ」


 ヨトは近くに生えている草を見まわす。


「おっ? こんなのじゃなかったか?」


 草を千切り、手でグニグニと擦ると虫刺されに塗り付けた。


「おっスーッとしてきたぞ」

「ほんと?」

「ん? あれ、イテテテ、痛い痛い痛い。うあぁイテテテ。ひりひりする」


 どうやら塗ってはいけない種類の野草だったようだ。


「ぶふふっ。お兄ちゃんほんと馬鹿だね。大丈夫?」

「がっ我慢すれば大丈夫。イッテー」

「じゃうるさいから我慢してね。もう痛いって言うの禁止ね。ふふっ」

「なんでだよ! それぐらいいいだろ?」

「そんな大きな声が魔物に聞こえたら大変だし」

「む、それはたしかに……分かった我慢する」

「ふふっ。そこは素直なんだ」

「魔物は困るからな」

「でも虫避けないとやばくない? 痒いし、これが毎日続くと刺されてない所が無くなっちゃうよ。うわっ自分で言って鳥肌立っちゃった」

「んー。たしかにこのままだときついね。色んな草試していくしかないかぁ」


 ひりひりに顔を顰めながらも硬い干し肉を出すと、もにゅもにゅと食べ始める。


「ねぇ。水ちょうだい」

「あまり量がないから少しずつ飲めよ」

「水無くなったらどうするの?」

「川を探す」

「それじゃ遅くない?」

「じゃ今日は川を探すことにする」

「セシルは?」


 ここでヨトはハッとなって得意げな顔をする。


「ふふふ分からないかね? 川を探すことはセシルを探すことに繋がるのだよ」

「何その言い方。すごくウザい。今思い付いたみたいな顔していたくせに」

「ふははっ愚民には分からんかぁ~」

「あたしが愚民なら同じ家で育ったお兄ちゃんも愚民でしょ。それで、どういう事なの?」

「セシルだって水は必要だからな。川の近くにいるはずなんだ」

「……そっか。そのドヤ顔みると認めたくないけど、そうかも」

「と言うことで川を目指すぞ」

「川はどこにあるの?」

「道なりに行けば川あるだろ? 今までもあったんだから」

「でも川と川の間はいつも結構距離あった気がするし、あたし達は歩きだよ?」

「馬車だって徒歩に毛が生えたくらいのスピードでしか移動出来なかっただろ」

「それはそうだけど、あたし達はほとんど馬車に乗っていたしそんなに長く歩けないよ」

「大丈夫だろ。いざとなったらお兄ちゃんが背負ってやる」

「ほんと? 練習でちょっと背負ってみて」

「ああいいぜ」


 ヨトが背中を向けてしゃがみ、ユーナが首に抱き着くように乗ると膝裏に手を通し固定する。


「よしっ、立つぞ……ぐぬっ」


 ヨトは立ち上がると数歩そのまま歩いてみせる。


「ほら、どうだ?」

「荷物は?」

「に、もつ?」


 ヨトが足元に置いてある荷物を見る。

 一度ユーナを降ろす。


「お腹側に背負えば大丈夫。あれ? 背負うじゃなくて腹負うって言うのかな? へへっ 腹負うだって、へへっ」

「分かった分かった。それであたしの荷物は?」

「アタシノニモツ?」

「聞こえているでしょ。あたしの荷物よ」

「ユーナが背負えば良いでしょ?」

「じゃそれでやってみて」


 ヨトが自分の荷物を腹負い、ユーナが荷物を背負ってからもう一度しゃがんだヨトの背中に乗る。


「ぬぉおおおおおおお」

「立てないじゃん」

「もう一度だ」

「ぬぉおおおおおお」


 なんとか立つことが出来たが、すでに真っ赤な顔をしている。

 無理やり歩き始めるがふらふらして危ない。


「怖いから降ろして」


 ユーナが降り、荷物をドサッと投げ捨てる様に地面に落とした。


「なっ? いけただろ?」

「いや、いやいやお兄ちゃん。どういう気持ちでいけたって言ったの?」

「自分で頑張って歩けよっ! 何でもかんでも兄ちゃんに頼るの良くないよ」

「うん。いや結論はそれで良いんだけど、私が我儘言っているみたいな風にするのはやめてもろて。歩けなくなることも考えとかないと危ないよって話で」

「もうここまで来たんだ! 自分の足で歩くしかないだろう!?」

「なんだろう。叩いていい?」

「叩くのはやめてもろて」

「お兄ちゃんが背負ってやるって言ったからこんな話になったんだよ?」


「……そんな事もあったなぁ~」


 ヨトは穏やかな顔で遠くを見つめる。


「遠い昔の出来事みたいな言わないでよ!……はぁ。まあ言い合いしても始まらないから道なりに歩いていくしかないね。魔物避けはずっと付けるしかないか。魔力持つかな?」

「魔物避けってそんなに魔力使うのか?」

「分からないけど、護衛の人たちが見張りを交代するたびに補充して回っていた気がする」

「あーそう言われればそうかも。多分、早めに補充しているだろうからそんな頻繁にする必要はないと思うけど、そう言えば朝補充してないね。補充しておこう」


 ヨトは魔物避けに魔力を補充する。

 父親のテリーが魔法を少し使えた影響か、2人も一般人の中では魔力が多い方だ。

 魔法の才ありとして取り立てられる程ではないが、生活魔法程度なら余裕がある。


「ん~けっこう魔力持っていかれた気がする」

「交代で補充すれば大丈夫かな?」

「どれくらい持つかによるね。寝ているときは……どうしようか。俺、夜中に起きるのなんて無理だよ。気付いたら朝だから」

「あたしも無理だよ。お兄ちゃんより起きるの苦手なんだから」

「また木の洞を探して寝るしかないね」

「うん。虫よけも探さないとね。とりあえず川を探しに行こっ」

「そうだね。早く安心しておきたい」



 こうして木の洞から出発した2人は、2刻後魔物避けが効かないゴブリンに追われて逃げ回ることになる。

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