第151話 親の仇


 セシルの様子にヨトが怒りを露にする。


『お前っ!! 人を殺したのに覚えていないのかっ!?』


 ヨトの勢いにセシルもたじろぐが、そう言われてもヨトの父がどの人なのか分からないものは分からない。


「お前、何人、殺した?」

「ん~? さあ? 何人だろう?」


 セシルが止めを刺したのは少ないが、怪我をさせて結果的に死んだ人はそれなりに居るだろう。


「お前、殺した、分からない?」

「……じゃあ3人で」

『「じゃあ?」お前、人の命を何だと思っているんだっ』


『お兄ちゃん落ち着いて! 状況を聞かないと』


「……何で、殺した?」

「襲われたから? かな。多分」

「おそふぁれた?」

「お・そ・わ・れ・た」

『くそっ知らん言葉だ。分からん』


「……ウォーーッ!! って、お・そ・わ・れ・た」


 身振り手振りで説明する。


『父さんが襲ったと言いたいのか? 嘘を付くな!!』


 ユーナが震えながら聞く。


「……父、セシル、おそった?」

「分からない」

「分からない?」

「襲ってないかもしれない」

「?」

「父、どの人、分からない」

『お兄ちゃん何て?』

『このクズは人を殺し過ぎて父さんがどの人か分からないって言っているんだろ!!』

『そんな人には見えないよ。簡単に人を殺す人なら私たちも殺されているでしょ!? お兄ちゃんなんて、セシルさんに殴りかかっているのに殺されてないんだよ?』

『……』

『お兄ちゃんなんて殺されて当然の蚊みたいな存在なのに殺されてないんだよ?』

『いや殺されて当然ではないだろ…………え、そんな風に思っていたの?』

『……』

『……』


 しばし沈黙の時間が流れる。


「え? 何? 何で2人黙っちゃったの? 父、どんな人?」

『ほら、何か言ってるよ。お兄ちゃん質問に答えて』

「……兵士」

「兵士か。僕達を誘拐しようとしたのも兵士なのかな? あっでもあの人達は行商人の護衛だから兵士じゃないか。……つい最近も兵士っぽい人が首跳ねられたり、とんでもない大猿に殺されたりしていたな……あれ? 兵士なら僕が殺してない可能性の方が高くない? いつ頃? 最近?」

『お兄ちゃん何て言ってるの?』

『早口で全然聞き取れない』「もう一回。ゆっくり」


「父、死んだ、いつ?」

『雨期って何て言ったらいいんだ?』「えっと……雨、前」


「雨? あの大雨の事かな? それより前か。人数は?」

「分からない。ゆっくり」

「3人?」

「分からない」

「ん~でも当てはまるのは多分あの3人かな?」

「分かったか?」

「多分……」


 王国語で話しかけて来て父さん母さんに手を出すと仄めかして来た奴と、火魔法を背中に当てて来た奴の2人のどっちかだと絞る。


「どっちか分からない」

「?」

「2人いる」

『2人? これ以上どうやって絞ったらいいんだ?』

『お兄ちゃん、お父さんの特徴言った方がいいんじゃない?』

『父さんの特徴……特徴が無いのが特徴みたいな人だったぞ……』

『あっ魔法! 魔法使える!』

『こいつの前で魔法使ってないと分からないだろう』

『一応言ってみなよ』


「火、魔法」

「火魔法撃ったやつか!! どんだけ痛い思いしたか!! 思い出したらムカついてきた!!」

『なっなんだ!?』


 セシルが急にイライラした顔になった事にヨトもユーナも驚く。


 セシルは上の服を脱ぎ、背中を見せる。

 背中に撃たれた火魔法はすぐに消す事が出来たが、薄っすら痕が残ってしまっていた。

 自分では痕を見ることが出来ないが、背中を手で触ると若干の凹凸があるので痕が残った事は分かる。


 ヨトとユーナは不思議そうにその背中を見る。


『何でこいつ急に背中見せて来たんだ?』

「何?」

「お前、父、背中、撃ってきた、卑怯」


 セシルはそう言うと服を着直す。


『セシルさん、なんて言ったの?』

『分からん。お前と父しか分からなかった。……もしかしてあの背中の痕が父さんの魔法なんじゃないか? ……てことは、やっぱり、やっぱりコイツが殺したんだっ!!』


 カッとなったヨトがセシルにまた殴りかかる。


 セシルは挑発するような言葉を言ったので、短気そうなヨトが殴りかかって来るだろう事は想定済みだった。

 実際はヨトに卑怯と言う言葉は伝わっていなかったが、殴りかかって来た事実は変わらない。

 後ろにスッと下がってパンチを避けると、がら空きの顔を殴る。。


 ゴッ


『グッ』


 思わず顔を抑えたヨトをタックルで倒すと馬乗りになり、殴る。殴る。殴る。


 自分の家族に手を出すと言った一味の家族がやってきた。


 敵だ。 こいつは敵だ。


 その気持ちがセシルの中で負の感情となって膨れ上がる。


「僕は悪くないっ! 僕を、僕の家族をお前たちが勝手に巻き込んで来たんだ! 父さんと母さんに迷惑をかけたくないからこんな所まで来たのに!! お前達みたいなのから逃げる為にここに来たのにっ!! お前達のせいで!! 逃げても、逃げても、逃げても! 僕に魔法の才能なんて無かったのに! 何で! 僕はこれ以上どうしたらいいんだよっ」


 殴る 殴る


『やめてっ!! お願いやめて!! お兄ちゃんを殺さないで』


 ユーナが恐怖で震えながらセシルの肩を掴み止めようとする。

 セシルは肩を掴まれふと冷静になると、少し青痣が出来、涙と鼻水でぐじゅぐじゅになったヨトの顔を見て殴るのを辞める。

 馬乗りで殴り続けたとは言え、まだ10歳の、まして小柄なセシルのパンチでは骨折などの酷いことにはならなかった。


 ヨトは下敷きになった状態でヒッグヒッグと泣き、しゃっくりが出つつもセシルに問いかける。


「お前、ヒッグ、ちち、ごろした?」


「……殺してない」

「ごろして、ない? うぞだっ!!」

「ほんとだ」

「父、しんだ!!」

「お前の父、僕の親、殺す、言った、だから、攻撃した」

「コウゲキ?」


 セシルが殴ろうと振りかぶる


「ヒッ」


 ヨトは小さな悲鳴を上げて目を瞑る。


「これ、攻撃」


 また兄が殴られると思ったユーナもホッと息を吐く。


「コウゲキ、お前、殺した!!」

「殺してない」


 ヨトはキースの話を思い出しながら、恐怖で震えながらも続ける。


「お前、やった、父の目、足」


 セシルも当時の事を思い出す。

 確かに片目と足は怪我をさせたような記憶がある。


「……やった」

「お前、ごろじだっ。ヒッグ」

「殺してない」


 セシルは自分が去ったあとキースがどうなったかは知らない。

 死んだだろうとは思っていたが、止めは刺していない。


 ヨトも父が最終的に魔物に殺されたと聞いていたが、セシルが怪我をさせたから死んだと思っているため、セシルが殺したと言っても過言ではない。


 そのため、微妙に噛み合わない。


 このままでは埒が明かない。と、はぁ~と息を吐きヨトの上から立ち上がる。

 ヨトからの敵意は全く消えていない様に見えるが、身体には力が入ってないのでもう逆らう勇気は無いのかもしれないと判断する。


(寝ている間に殺される可能性を考えたら、ヨトとか言うやつも殺した方が良いのかな)


 ヨトに駆け寄り泣いているユーナの様子を見る。


(ヨトを殺すとユーナって子も殺さないといけなくなる……はぁ~もうどうしたら良いの。とりあえず家から追い出すか)


「ねぇ」

『ヒッ……何ですか?』

「家から出て行ってくれない? 僕の家だから」

『お兄ちゃん、なんて言われたか分かる?』

『ヒッグ、家しか聞き取れなかった。ヒッグ』


 セシルは家の出口を指さした。


「出て行って」

『お兄ちゃん、出て行けって言っているんじゃない!?』

『王国語の出て行けが分かんない』

『でも、どう考えてもそんな感じじゃない? 凄く、怒ってる感じするし』


「早く。出て行って」


『ヒッ』

 セシルは半身を起こしていたヨトの胸倉を掴んで無理やり立たせる。


「早く出て行け」

『おっお兄ちゃんどうしよう』

『ふんっ、言われなくてもこんな所出てやるわ。ユーナ出るぞ』


 ヨトが率先して歩き始め、それにユーナが不安げに付いていくが、すぐライライ達の光が届かなくなり周りは真っ黒になった。


『……暗くて見えない』

「おいっ! 明かり」ヨトが偉そうにセシルに指図する。


 セシルはため息を吐き、家の外までライライ達に案内させる。ついでにヨトのズボンから零れ落ちていたウンチもラインに回収させる。


『いつかお前を殺してやるからな。覚えておけよっ』


 ヨト達が家から出ると、外はすでに真っ暗になっていた。

 思わずヨトの足が止まる。


『くっ暗いよ。お兄ちゃん……どうするの。無理だよ』

『いっ行くしかないだろ』


「早くどっか行け」


『ねぇ。謝ろっ謝って泊まらせてもらおっ?』

『ふざけるなっ! 絶対に嫌だね。そんなにあいつと居たいならユーナ1人で泊ればいい!!』


 森からはざわざわと木のざわめきが聞こえ

 さらには遠くからワオーーンとワイルドウルフの遠鳴きが聞こえてくる。


『ヒッ』

『ほらっやっぱり無理だよ! ねっ謝ろっ』


「早くどっかに行ってよ。今日はもう疲れているんだよね。早くしてほしい」


『ほら、お兄ちゃん早く謝って。ねぇ』

『いっ嫌だ! 絶対謝らない!!』

『もうっ!! 勝手にしてっ!!』


 ユーナは振り返るとセシルに頭を下げる。


『お願いします。泊めてください』

『おいっ! 何しているんだ! 父さんの仇に頭を下げるな!』

『お兄ちゃんは関係ないっ。好きに出て行けばいいじゃない』

『ふざけるなっ!!』

『ふざけているのはお兄ちゃんでしょ!! 助けて貰ったのに何度も殴りかかって! そんな事されたら誰だって怒るよ!』

『俺も助けた!!』

『そもそもあれもお兄ちゃんが邪魔したからピンチになったんじゃないの!? セシルさんは手を伸ばしている時、魔法使っていたんでしょ!? お兄ちゃんのせいで危険な目にあったのに、それを救ったからって恩着せがましい事言わないでよ!! そういう詐欺師の話、聞いたことあるよ! マッチポンプって言うんだよ!』


『さっ詐欺師は言い過ぎだろう』


 ヨトはユーナの勢いにタジタジだ。


『言い過ぎじゃないよ! お兄ちゃんは自作自演詐欺師よ! クソやろうだよ! このっウンコ漏らし!!』

『……』


「もう良いかな? さっきも言ったけど、疲れているんだよね。好きな所に行くといいよ」


 セシルが出て行けとシッシッと手をふる。


『……はぁ。ウンコ漏らし詐欺師のせいだからね。あーあ。今日が私の命日か』

『ウンコ漏らし詐欺師って言うな。また木の洞で寝れば良いだろ』

『もう暗いのにそんな簡単に見付かるの? 見付かったとしても虫刺され想像するだけでゾッとするよ』


 2人は暗闇の中、セシルの家を出る事になってしまった。

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