第152話 寝るところ
2人は不安げな顔のまま、のそのそと家を出て行った。
『全然見えないんだけど……』
星は出ているが明かりがないとかなり厳しい。
それでもどこか寝床を探して歩き出すしかない。
ギャッギャッ
『うわぁああああああ』
『きゃあああああああ』
セシルは2人が出ていき、ようやくこれで落ち着けると思った矢先に、魔物の威嚇の声とヨトとユーナの叫び声が聞こえて来る。
家の近くにゴブリンが居たようだ。
「ゴブリンって夜も見えているのかな?」
家の正面はブロックを積んだ壁になっているので、セシルからは様子が見えていないが聞きなれた鳴き声なのですぐにゴブリンだと判断する。
セシルは自分に恨みを持っている人を助ける気にもならないので野次馬もやめておくことにした。
敵意を感じなかったユーナには申し訳ないなとの気持ちがあるが、態度に出さなかっただけで心の中では自分に恨みがあるだろうと思う。
助けた方が良いのでは? という気持ちを振り切り、玄関を木の枝で隠すことにした。
「あれ? 枝の高さが足りない」
いつも横に置いている木を斜めに立て掛けるだけですぐ隠せるようにしていたのだが、大男達やティタノボアのせいで使っていた木がバキバキに折れている。
新しい木を取りに行かないといけないかと溜息をつき、外に出ていく。
外では無手のゴブリン1匹とヨトが取っ組み合いをしており、ゴブリンの背中をユーナがベシベシとそこら辺に落ちていたであろう枝で殴っていた。
1対2の状況だが、ユーナの力が弱すぎてダメージを与えられてなさそうだった。
とは言え、ゴブリンが1匹のみでウロウロすることは稀なので不幸中の幸いだろう。
セシルが目の端に入ったユーナは、わざとらしく叫ぶ。
『きゃああああああああ。助けてぇ~』
叫んでセシルをチラチラと見る。
『きゃあああああああ』チラチラッ
「……余裕あるじゃん」
セシルは大丈夫そうだと判断し、ライライ達と手頃な木の枝を切り落とすと引きずりながら家に持っていく。
家に入る前にライライに明かりを消してもらう。
虫が入って来るのを防ぐためだ。
いつもと違い足元が木の枝などで多少荒れているので慎重に壁に手を当てながら家に戻って行く。
家に入り入口を木で塞ぐと、今度こそゆっくり出来ると安心した時だった。
ガサガサ
『イタッ』
『気を付けろって言ったろ』
『そう言われても見えないんだもん』
そんな声が聞こえて来たと思ったら、せっかく閉じた木がバサーっとズラされた。
そこにはゴブリンの死体を引きずった2人がいた。
「……何?」
「やる。泊めて」
ヨトがゴブリンを差し出してくる。
「いらない」
セシルはそう言うと何事も無かったかのように木で入口を隠そうとするが、それを慌ててユーナが防ぐ。
『おっお願いします! 泊めてください!! ほらっお兄ちゃんも一緒にお願いして』
「頼む、泊めて」
2人は頭を下げる。
さっきのゴブリンを倒すのも実はかなりギリギリの戦いだったのだ。
商人から盗んだ剣もバーモットに取り上げられ、カッツォが持ち帰っていた。
ヨトがゴブリンを抑え、ユーナが武器を枝から石に替え頭を何度も殴りどうにか倒すことに成功したが雑魚と言われているゴブリン1匹にギリギリの戦いだったことはヨトの自信を失わせるのには十分であった。
「とりあえず、ゴブリンの死体は離れた所に捨てて来て、ただでさえ家の中に血の匂いが充満しているのに……」
「なんて?」
「遠く!! 捨ててこい!!」
「じゃあ、泊まって、良い?」
「何でもいいから、早く、捨てろ、遠く、早く!!」
『たぶん泊まれるぞ!!』
『よかったぁ』
ユーナが手を挙げて喜ぶ。
「早く捨てに行けよ! バカっ!!」
埒があかないと思ったセシルは呑気に話している2人を放置して、ゴブリンの足を掴むとマーモ達と慌てて外に捨てに行く。
『あっおいっ! どこに!?』
「なんなのあいつ!! 邪魔しかしないじゃん!! もうっ!! もうっ!!」
家の中は大男やティタノボアの血の匂いが充満している。
さらに玄関付近にまで血の匂いをまき散らせば、魔物が集まって来る可能性が高い。
セシルはかなり焦っていた。
ライアとラインの明かりの元、小走りで5分ほど走ると思いっきりゴブリンを投げ捨てて、血の跡を足でシャッシャと砂を掛けながら帰る。
ほとんど効果がないだろうが気休めだ。
靴が削れる度にヨトの顔がチラつきイライラし、独り言にもつい力が入る。
「ゴブリンの死体なんか手土産になると思っているのかあいつはっ!? 帝国人は食べるのっ!? ゴブリン食べるのっ!? だとしてもこのタイミングでいらないだろ!」
ティタノボアの死体が家に鎮座しているので、少なくとも今晩は食料に困る事は無い。
また家の近くに戻るとライライの明かりを消してもらい家に入ろうとした時だった。
ガサッ
セシルの全身に枝や葉っぱが当たる。
玄関は枝で隠されていたのだ。
セシルのこめかみがピクピクとなる。
「おいいいいいっ!! 僕が帰って来るのに枝で隠すんじゃないよっ!! てか僕の家だし!!」
枝をバサッとどかしつつ怒りの声を上げる。
『あっ帰って来た!!』
「くそっ!! なんなのお前たちは!!」
セシルは家の中に入ると改めて枝で玄関を閉じる。
『おっ怒ってる?』
『……明らかに怒っているみたいだな。俺たちがゴブリンの死体持ってきたのがそんなにムカついたのかな? そんなに怒る事かぁ? 魔石とかあるんだぜ?』
セシル少し奥に入りライライに光を付けて貰うと、視界に入って来た2人を無視してドスドスと怒りを隠さずに歩いて行く。
『あっちょっおいっ』
「なんだよっ!?」
「えっと、俺達、どこで、寝る?」
「あーもうっ!! さっさとそこで寝ろっ」
セシルは空いている部屋の1つを指さす。
今では空いた部屋があるほど充実した家になっている。
その分、削られたブロックは家の外にかなり積まれているが。
「お前、二度と、僕に、盾突くな! いいな!?」
「何て? タテツク?」
「あーもうっ。次、殴って、来たら、お前、殺す」
「ぐぬっ」
『お兄ちゃん、何て?』
『……多分だけど、次殴って来たら殺すって言っている』
『何が、ぐぬっ……よ!! 泊めて貰うんだから当然でしょ?』
『そもそもここは洞窟だろ? なんでコイツの許可が必要なんだよ! 誰のものでも無いだろうが……そう思ったら偉そうなこいつにムカついて来たな。文句言ってやろうか』
『ちょっまた追い出されたらどうするのよっ! いい加減にしてよ』
『……分かった分かった。ちょっと聞くだけだ』
「ここ、誰、作った?」
この洞窟が元からあったと言わせたいのだ。
「僕」
「嘘」
『この嘘つきめ。この家を自分で作ったって言いやがったぞ。岩山をコイツ1人で削れる訳ないだろうが』
セシルは大袈裟に溜息を吐き、ついてこいと手招きする。
『なんだよ』
ヨトとユーナは大人しくついて行く。
洞窟に繋がる穴の近くに来るとセシルは手を翳し、岩を斥力魔法で削り始めた。
ジジジジ
『……なっなんだ!?』
『岩が削れているの?』
「家、作った、僕」
ヨトもユーナも唖然としている。
『――お兄ちゃん、ここ、完全にセシルさんの家だよ』
『……ぐぬっ』
『ぐぬっじゃないよ!! あたし達はセシルさんに助けて貰わないと生きていけないのよっ? いい加減、認めてよ!!』
『――くそっ分かったよ』
「はぁ~もう何なのこの人。マーモ、ライン、待たせたね。たっぷり蛇食べていいからね。ラインはウンチ処理であまりお腹減ってないかもだけど」
「ナー」ぽよんぽよん
「あっその大男の周りは食べないでね。うわっ大男の死体ちょっとドロドロになってる。おえぇ」
大男の死体から目を反らし、荷物から草を取り出すとライアにあげる。
「ライアもお待たせ。しっかりお食べ」
セシルもティタノボアの肉を斥力魔法で切り取ると、木の枝に刺し火魔法で焼き始める。
ぐぅ~
ヨトとユーナがジーっと見て来たが、いい加減腹が立っていたので無視をする。
「ユーナに、くれ、頼む」
ヨトが頭を下げてくる。
(妹の為なら頭下げられるんだ?)
と少し意外に思いながらも、特大の蛇を食べきる事など不可能なので了承する。
「明日この蛇捨てるの手伝うなら食べていいよ」
『えーっとほとんど聞き取れ無かったけど最後「いいよ」って聞こえたから、良いって事だよな?』
『ユーナ食べていいってよ!』
『良かった』
「ありがとう」
『でもどうやって切り分ける? アタシ達剣も何も持ってないよ』
『あっ……借りよう』
『アタシ達に刃物貸してくれるかな?』
『……聞いてみる』
「貸して」
ヨトは剣鉈を指差す。
セシルは少し逡巡し答える
「……ダメ」
その代わり、火魔法で焼き途中の蛇の肉を渡す。
「……ありがとう」
ヨトがお礼を言いながら受け取ると、セシルはまた肉を切り始める。
自分のお腹もグーグーなっているが、自分が先に食べている間ずっと見られても嫌だと思い仕方なく渡したのだ。
もう一人分を追加で切り取ると、生肉のまま渡す。
「焼け」
セシルもどこまで言葉が通じるか分からないので、ぶっきらぼうな言い方になってしまう。
「……ありがとう」
『自分で焼けって事かな? どうするの?』
『俺たちもあいつみたいに焼くしかないだろう』
『魔力回復しているの?』
『焼く分くらいなら回復しているさ。とりあえずユーナはこれ食べとけ』
『ありがと』
自分たちで蛇肉を焼こうとしてハッと気が付く。
肉を刺すものがない。
またセシルに頼むのも気が引ける。
かと言って外まで木の枝を拾いに行くのも危険だ。
視線を迷わせた後、蛇の鱗の上で焼くことにした。
『ユーナ、ちょっとここ水魔法で洗い流してほしい』
『うん分かった』
ユーナは蛇をもっしゃもっしゃと食べながら水魔法で一部をビシャッと洗い流す。
もうほとんど魔力が残ってないので一瞬出しただけだ。
『ところで蛇肉は美味しいのか?』
『硬い鶏肉って感じ。中はけっこう生かも』
『そうか一緒に焼くか?』
『んーじゃお願い』
お肉を並べると拳程の大きさの火魔法を出す。
10秒で火は消えてしまった。
『ふぅ~』
ヨトは、魔力を使い切りぐったりと座り込む。
『焼けたの?』
『よし、食べてみよう』
それぞれ蛇肉を手に取る。
素手で普通に持てる熱さだ。
『……全然焼けてなくない?』
『……表面食べればいいだろう?』
『アタシのはセシルさんがちょっと焼いてくれてたからまだマシだけど、お兄ちゃんの肉は食べちゃダメでしょ?』
『新鮮だから良いんだよ』
『そうなの?』
『……やっぱダメな気がしてきた』
『ここで焚火しちゃダメなのかな?』
『あいつがやってないからダメだろう。流石に俺も疲れたからもう揉めたくない』
『揉める基準って疲れているかどうかなの? それよりお兄ちゃん、トイレ行きたい』
『我慢しろ』
『我慢出来る訳ないでしょ! お兄ちゃんはいいよね。盛大に漏らしてスッキリしているんだろうから』
『その話はするな』
『お兄ちゃんが聞きたくないなら自分で聞くからいいよ。トイレって王国語で何て言うの?』
『何だったかな……「うんこ」だったと思う』
『「うんこ」ね。分かったわ「うんこ、うんこ」』
「セシルさん」
「ん? 何?」
「あの~うんこ」
「あーうんこ。ライン、まだ食べられる?」
ぽよんぽよん
「大丈夫そうだね。じゃトイレはこっち」
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