第68話 バッカと鎖
今週は冒険者の仕事をする日だ。
以前たまたまグレートボアを退治できたが、あえて魔物退治に行くほどの実力はないし、討伐依頼を受注出来るランクでも無いので、相も変わらず薬草採集だ。
冒険者ギルドに寄らずに採集場所に向かう。
すると、偶然バッカに出会ってしまった。
「姉さん! どこにいたんですか! ずっと探していたんですよ!?」
セシルとイルネは2週に1回しか冒険者をやっていないし、帰りの査定の時しか冒険者ギルドに寄らない為、バッカと会う事が無かった。
「誰が姉さんだ? 同い年くらいじゃないのか? 殺すぞ」
「そんなぁ~俺決めたんすよ! 姉さんに童貞を捧げるって!」
「お前、その話ギルド内で広めたらしいな?」
「そりゃそうですよ! 俺の誓いみたいなもんですからね!」
「……セシル様お願いします」
イルネはセシルに向かって大仰に頭を下げる。
「うむ。任せたまえ」
セシルはおもむろに腰と肩に回していた鎖を取り出すと、鎖の端の片方をバッカに持たせる。
「え? 何ですかこれ?」
セシルは黙ったまま、革鎧を避けるようにバッカの首や腰に鎖を回していく。
「何? 何すか!? 何で鎖巻くんすか!?」
「いくよ」
「お願いします」
バチィィ
鎖から火花が飛び散る。
セシルが雷の魔法を使ったのだ。
「痛ぇ!」
バッカは首や腹、手を突き刺すような痛みに身体を反らせ、思わず地面に倒れる。
「何だこれ! 『バチィィ』 イッテ! ちょっ! 『バチィィ』 イッ!助けっ 『バチィィ』」
身体をビクンビクンとさせながら助けを乞う。身体が自分の意思に反して勝手にビクビクと動くことが怖いようで、痛さよりもそちらに恐怖の顔をしている。
鎖を外そうとしても身体が変なタイミングで動く上に触った所が『バチィィ』となってしまうので、全く鎖を取る事が出来ない。
バッカが諦めた様に雷を受け入れ始めた所で、ようやく火花が止まる。
「お前の童貞など貰う気はない! 二度と言うなよ? いいな?」
「……はい……『バチィィ』 イッテ! 何で!?」
「面白くなっちゃって」
相変わらずセシルも自分の手が痛いのだが、右手と左手で交互に持ち替えて我慢しながらやっている。また、魔法を出した場所から数センチの範囲は痛くない事が判明したので、持つ部分をなるべく小さくする事で、少し痛みを抑える事が出来、さらに雷魔法の痛みを知っているので我慢できる。
それに比べてバッカは、未知の痛みが全身に奔る上に身体がビクンビクンと勝手に動く恐怖も相まって余計に痛く感じている。
「面白くなったって、流石に酷過ぎじゃないですかね?」
バチィィ
「イタッ!」
「我が従者であるイルネに不愉快な思いをさせたのだ。当然である。もう二度と迷惑をかけないと誓うか?」
セシルはノリノリだ。
「はいっ!! 二度と言いません! もう勘弁してくだせぇ」
セシルがそろそろ鎖を外してやろうと、鎖を動かす。
カチャッと音がするだけでバッカから「ヒッ」と小さな悲鳴が上がる。
ちょっとやり過ぎたかな?と思いながら鎖を外してあげる。
「あっあの、姉さん……」
「あ”?」
「ヒッ! すみません! 騎士様のお名前を教えていただけないでしょうか?」
「……イルネだ」
「イルネ様。イルネ様ですね。覚えました。イルネ様」
「覚える必要はない」
そう言い残してイルネとセシルは歩き去って行った。
この日以来、バッカは鎖帷子などがカチャっと音を立てるだけでビクッとなるようになってしまった。
それでもバッカは逞しく、『イルネ様親衛隊』を名乗り「イルネ様に近付く者は許さねぇぞ!」と周りに言いまわっていた。
隊を名乗っているが隊員はバッカ1人で、さらに言うと騎士身分のイルネに近付こうなどと言う冒険者はバッカだけであった。
☆
「鎖の具合はどうだった?」
セシルが鎖を持ち歩いていたのは、もし野生の動物が出て来たら安全を確かめた上で、雷魔法の威力や効果を試す予定だったのだ。
そこに良い感じに実験台がやってきた為、試させてもらった。
「ん~やっぱり何度もやると手が痛いや。革手袋をして、真ん中だけ穴を空けるとかすれば痛くないかも?」
「なるほど、今日帰りに買ってみようか! でも人間の皮膚は雷が効くから、魔物の革を使ってる革手袋もあまり効果ない可能性もあるね。皮も皮膚みたいなものでしょ?」
「そっか~。じゃあ木は?」
「たしかフォークでの実験では木はほどんど雷が通らなかったのよね? それなら持ち手部分を木にして、掌の所だけ穴を空けるのもいいかもしれないわね!」
「うん! 武器屋さんに行けば作ってくれるかな?」
「多分作ってくれると思うわ。今日は採集に行くのやめて武器屋さんに行ってみる?」
「最初に武器屋さんに行った後で、ライムとマーモを遊ばせに外に出たいな!」
「そうしようか! ライムとマーモもたまには外で走り回らないと可哀想だしね!」
マーモがナーッと鳴いてセシルの足に顔を摺り寄せる。
外で走れると分かって安心したようだ。
☆
武器屋に向かう。セシルの剣鉈を買ったのは防具屋だった為、実は行くのが初めてだ。
今持っている鎖は、イルネが鎖帷子の素材を防具屋で購入してくれていた。
武器屋は広く、色んな種類が並んでおり、複数の冒険者が物色している。
火事場は隣の建物の様だ。
「いらっしゃい」
恰幅の良い女性が挨拶してくる。
「こんにちは!」
「おや? 初めて見る顔だね。その従魔は……もしかしてセシル様かい!?」
「はい。セシルです」
「あんたー! あんたー!! ついに来たよ!!」
恰幅の良い女性が隣の建物と繋がっている扉に向かって大声で声を掛ける。
「大声で何なんだ? そんな声出さなくても聞こえてるよ」
扉に掛かっていた暖簾をくぐって短髪で筋肉モリモリ、浅黒く日焼けした大男がのそのそと出て来た。
「あんた! セシル様だよ!! 『いつ来るんだ? 何で来ねぇんだ?』っていっつも愚痴ってたじゃない!」
「ん? おっおお! この子が大賢者の卵かい!! やっと来たか! 待ってたよ!!」
セシルの肩をバシンバシンと叩いてくる。
「あんた! そんな無礼な態度取っちゃダメでしょうが!」
「あぁ~すまん。いやすみません」
「平民なので気を使わなくて大丈夫です」
「がっはっはっ! そう来なくっちゃ! ところで、冒険者になったって噂に聞いてたのに全然ウチに来ねぇから、他所の店に取られたんじゃねーかと心配したじゃねーか!」
「いや、それは……」
「魔術師様だから武器は関係ないだろって言ったんだけどね。この人ったら全然納得しなくてね。暑苦しくてごめんねぇ」
「まあ結局来てくれたんだ。細けぇ事はいいだろ? 俺の名前はガンツってんだ。覚えといてくれ。今日は何が欲しいんだ? 特別に俺が見繕ってやるよ!」
「いや、あの~。この鎖に持つところを作って欲しいなって。素材は木で」
「あ? 何だぁ? こんな細っこい鎖何に使うんだ?」
ガンツは怪訝な目で見てくる。
「説明するよりやった方が早いので、この鎖を手に持ってください」
「ここを持てばいいのか?」
「はい。ではやりますよ」
「何を?」
バチッィ
「イテッ!!」
ガンツは痛いと言いつつも鎖を手放さなかった。勇者である。
「と言う事で、これをやると僕も痛いんですよ。なので、持ち手を木で作ってもらって、掌の部分だけ鎖がちょっと出るようにして欲しいんです。魔法を出してる所は痛くないみたいなので」
「……今のは雷魔法か?」
「はいそうです」
「なるほどな。そんな使い方があるのか。勉強になるぜ。流石は大賢者の卵だな。で、これいつ使うんだ?」
「まだ良く考えてないですけど、魔物に使えないかなって」
「これじゃダメだろ? どうやって魔物に触らせるんだ? もしかして、魔物にこっち持ってくださいね。なんて言うつもりじゃないだろ?」
イルネは実戦慣れしているので、当然その辺りの問題点にも気付いているが、セシルに考える力を付けさせる為にあえてアドバイスしないようにしている。
とは言え、専門家からのアドバイスを止める様な事もしない。それはイルネや学院の先生以外にも、至る所に先生となれる人がいると言う事を知って欲しいからだ。
「それは、鎖を投げたり……」
「よし、裏庭に来てみろ。試してみるといい」
ガンツに案内されて裏庭に行くと試し切りの藁や案山子などが置いてあった。
「あの案山子に向かって鎖を巻き付ける様に投げてみろ」
「はい」
セシルは手に持った鎖を束にする様に持って思いっきり投げる。
案山子には当たったが、肩にプランとぶら下がる様に掛かっただけだ。もし相手が案山子ではなく生き物であったなら、簡単に避けられるし払いのけられてしまう。
「では次は、鎖でその案山子に直接ダメージを与えるつもりで投げてみろ」
セシルは投げた鎖を巻いて回収すると、振りかぶって案山子に投げた。
ポテッと可愛らしく当たって地面に落ちる。
「では、俺が手本を見せてやる。危ないから離れてろ」
セシル達が離れたのを確認すると、いつの間に用意していたのか、鎌に鎖が付いた武器を構える。
その武器は鎌の柄の上部に鎖が付いており、ジャラジャラと鎌から鎖が垂れている。
その鎖の先には何か鉄の塊みたいな物が付いている。
ガンツが鎌を左右に八の字になるように動かすと鎖が動き始め、身体の周りをビュンビュンと音を立て凄い勢いで回転し始める。
フッッ!
息を吐くと同時に、鎌を前に振ると鎖が案山子に向かって飛び、あっという間に案山子をグルグル巻きにした。
「凄い!! ガンツさん凄いです!!」
イルネとセシルが拍手する。
「照れるねぇ。まだ離れて見てろよ」
絡まった鎖を外して案山子からまた距離を取ると、また同じように鎌を動かし始める。
鎖に勢いが付いた所で、先程と少し違うフォームで鎌を振ると、案山子に鎖の先に付いた鉄の塊らしきものが当たった。
ドゴッ!!
激しい音を立てて丸い物が地面に落ちた。
「どうだ?」
「凄いです! 僕が投げたのと全然違いました!」
「これは鎖鎌と言う武器だ」
「その先っぽの丸いのは何ですか?」
「これは分銅という重りだな。先端に付いた重りをグルグル回転させることによって、勢いが付き威力が増す。非力でも練習次第で強く投げれるぞ」
「これにします!!」
「まあちょっと落ち着け。鎖鎌には種類があるし、メリットデメリットもある。それを聞いてからにしなさい」
苦笑いで前のめりになっているセシルを制する。
「分かりました!」
「おーい! テルー! 鎖鎌の別の種類持って来てくれ!」
店番をする奥さんにお願いする。
「はいはいー」
テルーが2種類の鎖鎌を持ってきてガンツに渡した。
「まずは、さっき見せた鎌の柄の上部に鎖を繋いでいるやつだ。これは鎌を振ると鎖が付いてくる。これの良い所は振りが大きくなるから威力が大きくなる事だ。それと片手使いが可能。そしてデメリットは普通に鎌使う時に、とんでもなく邪魔くせえ」
「えっ。邪魔なら嫌です」
「はっはっはっそうだろう。そして次にこれだ。鎌の柄尻に鎖が繋がっている。これは鎌を片手で持ち、反対の手で鎖を持って回す。これのメリットは扱いやすい事にあるな。鎖もさっきのやつに比べると少し長い。デメリットは両手が塞がる事。柄を上にして振り回すと鎌が体側に来て危険だしな」
セシルがう~んと深く考えているが、ガンツはお構いなしに次の説明に移っていく。
「最後にこれだ」
「あれ? 普通の鎌じゃないですか?」
「ところがどっこいだ」
ガンツが柄尻をキュッキュッと回し始めると、柄尻がぽろっと落ちて、中から鎖がジャラジャラと出て来た。
「仕込み鎖だ」
「おぉおおおお! これカッコイイ!!」
「だろう? この柄に入ってるのは鎖じゃねぇんだ。男の夢が詰まっている」
「これっ! これがいい!!」
イルネは白い目で見ている。
「だがな、これは残念ながら鎖の長さが短くなってしまうんだな」
「あぁ~」
急にトーンダウンしてしまう。
「そして、鎖鎌に共通するのが、体格の良い野郎や魔物に鎖を掴まれると、身体を引っ張られるか武器を取られてしまう……まあ、これはセシルなら雷の魔法でバチバチやれば相手が参っちまうかもしれないが、さっき手に雷魔法当てられた時は我慢出来るレベルだったからな。雷の威力は上げられるのか?」
「いえ、全力でやってもあれとそんなに変わらないです。その代わりずっとバチバチ出来ますけど」
「なるほどなぁ。そちらの騎士様みたいに鎧か鎖帷子を着ている相手だったら効果抜群だろうが、野生の魔物だと微妙かもしれんな。……ん~。 おっ? その雷魔法って毛皮の上からバチバチやったら火が付いたりするのか?」
「試した事無いので分からないです」
「そうか。火が付くならありだな。ああでも森の中で火が付いてもマズいか。そもそも鎖鎌は障害物が多い森では木に引っかかったりして、いざと言う時に使い物にならない可能性もある。そうなると最悪だな」
「鎖使えないですか?」
「う~む。鎌などの武器は付けず、鎖と分銅、持ち手だけを付けた予備武器としてならありだと思うが、荷物が増えるぞ? それと相当練習しないと、従魔や騎士様にぶつけてしまう可能性もある」
「ん~刃物無しの分銅だけ付けたやつでお願いします。重たいのは我慢するから大丈夫です。イルネ達に当てないようにちゃんと練習します!」
「あぁそうそう。知ってると思うが、雷の魔法は雨の日は使っちゃダメだからな? いいな?」
「はい! 分かりました!」
セシルは持っていた鎖を渡そうとしたがガンツに断られた。
「その鎖は鎖帷子用のだろう? 武器の用途としては少し心許ない。千切れて仲間に当たったりしたら大怪我する可能性があるからな。鎖も全てこちらで用意するが良いか?」
「値段はおいくらですか?」
「長さの調整と取っ手の加工程度だから5万ギルと言った所だな」
「イルネ、大丈夫?」
「それでしたら問題ありません。冒険者のお仕事でしっかり稼ぎましょう」
「よし、決まりだな。それで取っ手の所を一部穴あきにして鎖と触れないとダメなんだろう? 穴を空ける場所を細かく教えてくれ」
こうしてセシルに合わせて寸法が決まって行った。
明日の午前までには仕上げるとの話だったので、セシルが授業が終わり次第イルネと一緒に取りに行く事になった。
お昼を食べ、王都の外に出て森に入るとライムとマーモを自由に遊ばせながら、食用のキノコなどの勉強をしながら採集をして1日を終えた。
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