第59話 バーキン
同じような日々が続く中、魔法の練習の時に来ていた青い鳥は家に住み着くようになっていた。
出会い頭にこの鳥を食べようとしていたライムも、今では家に入り込んだ虫を捕まえ、鳥にあげて可愛がっているようだ。
決してエサで引き寄せて、鳥を食べようとしているのではない。
「イル姉。この鳥の名前そろそろ決めてよ」
「セシルが決めなよ」
「え~でも今、午前中も家に遊びに来ているんでしょ? イル姉の方がいる時間長いんじゃない?」
「ん~じゃ私が決めるね。ライムがエサを捕まえて健気に献上してるから、この鳥、王様みたいにふんぞり返ってるんだよね――バードのキングで、バーキンにしようか」
「よし、お前の名前は今日からバーキンな!」
「えっ。ほんとにそれでいいの?」
「他に思いつかないし、良いでしょ! ねっバーキン?」
バーキンはマーモの上で楽しそうにダンスをしているが、鳥の知能では言葉を理解出来ないだろう。
「バーキンが嬉しそうにダンス踊ってるよ!」
「ほんとね。喜んでくれたのかな? ダンス?……ダンス!? セシルやばい!」
「そんな顔してどうしたの?」
「セシルにダンスの先生付けるの忘れてた!」
イルネは一気に冷汗をかく。『絶対にダンス教師を付けなさい』と言っていたサルエルの顔が浮かぶ。バレたらやばい。
「あっ」
「やばいやばい」
「そんなにヤバいの?」
「恐らくもうこの時期は指導先がすでに決まってて、残ってる先生がいらっしゃらないと思うのよ」
「あーそっか。ダンスって必要なの?」
「貴族には必須よ。でもまっいっか! 私が教えれば良いのよ」
「イル姉、ダンス得意なの?」
「まあ、それなりに?」
イルネのダンスは学院時代、ギリギリ及第点レベルだったが、先生を付け忘れていた自分のミスを誤魔化そうと必死だ。
「じゃ、イルネ先生ダンスの授業お願いします」
「あ~もう可愛いねぇ! セシルきゅ~ん」
「だらしないイル姉、久しぶりに見た」
「だらしないって……デレデレって言いなさいよ! いつも我慢してるだけでデレデレなのよ」
「そんな事より、ダンスはいつ本番なの?」
「そうね。10歳を過ぎてからじゃないかしら?」
「じゃまだまだだね! 良かった!」
「では、そろそろ身体拭いて寝ないとね。今日は特別に私が拭いてあげるわ」
「いや。いいよ。自分で出来るよ!」
「甘えたっていいのよ~ほれっ! ほれっ! 脱ぎなさい」
「やめっ! やめてっ!」
セシルは必死に走って逃げる。
イルネは逃げるセシルの様子が何かおかしいと思い、ライムとマーモに声を掛ける。
「ライム! マーモ! 捕まえて!!」
「ちょっ! ズルい!」
マーモに乗ったライムがセシルに追い付いたタイミングで飛び掛かって腕の関節を極めると、マーモがセシルの足にしがみつく。
「離して! 何で僕じゃなくてイル姉の命令聞くんだよっ!」
追い付いたイルネがセシルの服を脱がす。
セシルの身体には複数の痣があった。
一瞬言葉を失ったイルネだが、気を取り直して話しかける。
「――セシル。この痣は何?」
「ライムとマーモと剣の稽古した時のだよ!」
「聞きなおすわ。このお腹の痣は何?」
「だから、ライムとマーモとの稽古だって言ってるでしょ!」
「ライムとマーモは剣を突かないから、お腹には丸い痣が出来ないと思うけど? たまたま出来たとしても1ヵ所くらいでしょ? ――何か所もあるじゃない」
「かっ階段でこけたのっ!」
イルネの目から涙が溢れ――そっとセシルを引き寄せ、抱きしめる。
「ごめんなさい。気付いてやれなくてごめんなさい。意地悪されてるって言ってたけど、ここまで酷いなんて考えてなかったの。――お姉さん失格ね」
「そっそんな事ないよ! イル姉が居なかったらもう……」
「……っ。これから我慢せずに私に何でも報告して! このお腹の痣はいつ? 誰がやったの?」
「……」
「大丈夫よ。言いなさい」
「……昨日と一昨日、ゴライアス様とあと3人。名前は……まだ知らない」
「私に任せて。もうセシルにこんな事させないわ。 身体を拭いたら寝ててね。ちょっと私は出掛けてくるわ。ライム、マーモ。一緒に寝てあげてね」
「ナー」マーモが返事をしてライムが飛び跳ねて返事をする。
セシルが何処に行くのか聞こうとしたが、イルネは背中を見せて走り去っていった。
☆
「夜分、遅くに申し訳ございません」
「イルネ様、どうされました!?」
泣いているイルネを見て驚く。
「実はセシル様の事で相談がございまして」
イルネが訪ねたのは侍女や執事が寝泊まりしている棟である。
「狭いですがお入りになって」
侍女の部屋は狭くベッドと小さい机があるだけであった。
「この様な椅子で申し訳ございませんが、お座りになってください」
そう言って質素な椅子が差し出される。
だが、イルネは椅子に座らずに地面に座り頭を下げる。
「大変、大変不躾なお願いと存じていますが、どうかどうかセシル様を助けて下さい。――キリエッタ様!」
「まずは頭を上げてくださいませ。どうなされたのです? とりあえず椅子に座って事情をお話になってください」
キリエッタはイルネの肩をそっと触り、椅子に座るように促す。イルネは涙でぐちゃぐちゃの顔のままよろよろと椅子に座る。
キリエッタ自身もイルネの向かいの質素な椅子に座る。
この部屋の椅子はこれだけだ。
「どうなされたのです?」
イルネは涙ながらにセシルがいじめられ、身体に痣がある事、相手はゴライアスと他数名である事を語った。
「そんな事が……私もセシル様がニコニコされているので、気が付きませんでしたわ」
「王族関係者の方に頼るのは身の程知らずだと重々承知しておりますが、どうか、どうかセシル様をお救い頂けないでしょうか?」
「もちろんでございます。むしろ良く話して下さいました。……そうですね。対策としてクラスを移る事は?」
「平民のクラスに入れて貰えるようにお願いしたのですが、断られました」
「なるほど。分かりました。クリスタ様とお話して対策致しますので、安心してくださいませ」
イルネは椅子から降りると、また地面に頭を擦り付けるようにお礼を言う。
「ありがとうございます」
「いいのよ。イルネ様もまだ若いですもの年長者を頼りなさい」
そう言うとキリエッタは床に膝を付き、豊満な身体でイルネを抱きしめた。
イルネは19歳だ。
19歳ともなると立派な大人扱いをされ、多くは結婚している年齢でもある。
しかし、セシルの前ではお姉さんぶっているが、辺境領から出て来て王都では気軽に相談できる様な相手もおらず、不安で一杯であった。
そんな中、唯一の身内と言っていいセシルがイジメられ、身体に痣を作っていたが、それを隠し、小さな身体で我慢していたのだ。セシルは自分以上に不安で一杯で、心の中では助けを求めていたはず。それに気付くことが出来なかった自分が情けなく、恥ずかしい。
自身の不安と保護者として未熟さ、情けなさが綯い交ぜになり、心がかき乱される。キリエッタに抱きしめられ、我慢していた何かが決壊したようにさらに涙が止まらなくなってしまう。
溜まっていた物を吐き出すように泣き、落ち着いてくるとイルネは顔を真っ赤にして謝罪した。
「大変お見苦しい所をお見せして申し訳ございませんでした」
「いいのよ。あなたの祖母だと思って、いつでも相談にいらしてくださいませ。歓迎いたしますわ」
「祖母だなんて……キリエッタ様はまだお若いのに。――大変恐れ多いのですが……母のように慕っても宜しいでしょうか? もっもちろん礼儀は心得ておりますので、心の中だけでも」
イルネは恐る恐るキリエッタの顔を窺うように見る。
キリエッタはまだ40代後半である。15歳で子供を産むこともあるような時代の為、祖母でもおかしくないのだが、祖母にはほんの少し若い。いや、若いという事にしなければならない。
「まあ嬉しいですわ。是非、王都での母と思ってくださいませ。2人の時は礼儀なんて気にする必要はございませんわ。だって母ですもの。全力であなたとセシル様を守りたいと思います」
「ありがとうございます。キリエッタ……お母様とお呼びしても?」
「もちろんよ! 中々2人だけで会う機会は無いかもしれないけれど、その際は是非そう呼んでね」
「はい! キリエッタお母様!」
「ふふ。ああ、そうそう。サッタ家のご子息以外の子達の名前は分からないみたいですけれど、座っている席は分かると思います。明日、朝一でセシル様に聞いて下さるかしら?」
「はい! 畏まりました。本日は急な来訪申し訳ございませんでした」
イルネは深々と頭を下げて帰って行った。
その後のキリエッタのイジメへの対応は早かった。『祖母』ではなく『母』とした事が行動の早さに繋がった事は間違いない。
この日から、時々イルネは用事もなくキリエッタを訪れ、笑顔が増えるのだった。
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