第199話 締まらない勝利


 洞窟の中に顔を突っ込み雄叫びを上げたアンキロドラゴンが反響した自分の声でフラフラと座り込んでしまう。


「あっアホや……」

「あいつでも耳はダメージあるのか。弱点じゃねぇか?」


 魔物の生態に興味があるヨトはワクワクした顔をしている。


「いやぁ、さすがに動いているやつの耳の中に魔法当てるの難しいよ。それに今の動き見ていると耳のダメージだけじゃない気がするんだよね。魚っさん数匹食べたからまた塩が補充されたかもだけど。とりあえずもうちょい続けるよ」


 セシル達は塩魔法を繰り出す。

 アンキロドラゴンは立ち上がるが足が痙攣して力が入っていない様に見える。


「やっぱり塩魔法効いてそうだ」


 しばらくすると、そのまままた座り込んだ。


「あと少しで殺せるんじゃないかな」


 だがもうほとんど太陽が岩山に隠れポツポツと雨も降ってきている。

 アンキロドラゴンの輪郭も薄っすら見えるか見えない程度だ。

 この状態ではダメージの有無も分からない。


「どうする? もう暗くて見えないぞ?」

「ん~仕方ないね。今日はもうやめよう」

「ライライに照らしてもらうか?」

「いや、虫が寄って来るからやめとこう。今は大丈夫そうだけど、雷も怖いし。僕が火魔法で照らすから虫除け草だけ集めて皆の所に戻ろう」



 セシルハウスのすぐ近くに栽培していた(放置しているだけ)虫除け草を取りに移動する。

 当然アンキロドラゴンに近付く事になるので慎重に動く。


「うわっ、ぐっちゃぐちゃだ」


 暗くて見にくいが、恐らく虫除け草の半数程がアンキロドラゴンに踏み荒らされ潰されてしまっているように見える。


「潰れてそんな時間経ってないはずだしまだ効果あるはずだから、潰されている奴から集めよう」

「分かった」


 虫避け草を集めユーナ達の待っているところに戻る。


「遅いよ」


 ユーナが頬を膨らませて文句を言う。だいぶ心細かったようだ。


「ごめんごめん。とりあえず離れよう」


 アンキロドラゴンからさらに少し離れ、虫よけを塗りたくると雨に濡れながら雑草の背丈が高い場所を見付けると、そのままびちゃびちゃの地面で皆でくっついて寝る事になった。


 マーモット達は元々こういう場所で寝ていたようであっという間に寝息が聞こえて来る。

 セシルも寝る事が出来るか心配していたが、久しぶりの緊張感からか疲れが溜まっていたようですぐ深い眠りに落ちていった。




 朝、まだ降り続ける雨の中で身体が冷え、ブルッと身体を少し震わせながらセシルが起きる。

 無意識にポリポリと頬や腕を掻く。


「ん? 痒い……?」


 虫よけが雨に流され、セシル達の身体が複数虫刺されしていたようだ。


 元々、ドが付く田舎に住んでいたセシルは虫刺され慣れしておりそんなに痒みを感じる事も無かったのだが、王都での生活で虫刺されの機会が減り、さらにディビジ大森林の今まで刺された事のない種類の虫に刺された事で虫除け草無しでは生活できない身体になっていた。


「やっぱり家が無いとダメだね。おーい起きてー」

「んんっ……」

『もうちょっと……』

 今でも寝ぼけている時や焦っている時は帝国語が出る事も割と多い。


 野生に身を置いていたマーモット達は流石に外で熟睡する事はないらしく、スッと起き上がったが、ヨトとユーナはぐずぐずしている。

 仕方がないのでサッと起きる魔法の言葉を掛ける。

「ユーナの顔虫刺されしているよ」


「え”っ?」


 ユーナがバッと起き上がると自分の顔をガシガシと触る。

 プクッと膨らんでいる所が頬とおでこの2か所もあり、意識すると急に痒くなってくる。

 それどころか身体の至る所が痒くなってきた。


『痒いっ、うわ。最悪』

『ちゃんと虫よけ塗ってなかったんじゃないか? ぷはは』

『お兄ちゃんも首赤くなっているよ』

『えっ――あっ痒っ』


「声大きい」

「ごめん」

「もうこんな所で寝るのはごめんだから、トイレしたら鎧トカゲの確認に行くよ」


 草むらで用を足した後、アンキロドラゴンの生死を確認しにいく。


 とは言っても、ヨトとユーナが行ってもあまり役に立たなそうなのでセシルとマーモだけでの確認に行く事になった。


 アンキロドラゴンは夜の時点で瀕死に見えていたが、念のため塩魔法を撃ちながら近付いて行く。


 後、2~30メートルという所まで近付いた所でアンキロドラゴンの尻尾がピコんと動いた。


「あっやべ、生きてる!」

「ナー!?」


 慌てて50mほどの距離を開けて振り返ると、顔も少し動いているようだが立ち上がる様子はない。


「だいぶ塩抜いたはずなんだけどまだ生きてるのかぁ。やっぱり魚っさんを食べた事で結構な量の塩分補給が出来ちゃったのかも……でも瀕死ぽい?」

「ナー」

「マーモもそう思う?」

「ナー」

「よし、塩魔法でとどめさすよ」


 しばらく魔法を放っていると、視界の端で草がガサガサと揺れ動いているのが見えた。

 ディビジ大森林は大きい魔物が闊歩するため、木と木の間が広く草もすり潰されている所が多々あるが、膝丈ほどの草は至る所に生い茂っている。


 セシルはアンキロドラゴンに魔法を放ちながらも草むらを警戒し凝視する。

「ん?」


 よく見ると草むらから屈んで移動しているであろうヨトの頭が飛び出ている。

 ユーナらしき頭頂部もちらちらと出ている。

 見えていないがマーモット達も一緒に移動しているだろう。


「何やっているんだろ……あっ自分達だけ虫除け草塗りに行っているんだ!」


「あいつらっ……「ナー」」


 セシルがよそ見している間にアンキロドラゴンに動きがあった。


 ビクビクと痙攣し嘔吐している。


「よしっ! ん? あっ、くっっさ。魚っさんの生臭さも混ざっぐおぅえぇうえっっぷ、おろろろろろ」

「ナーぐっぷオロロロロ」


 セシルが貰いゲロをしている間にアンキロドラゴンの動きが完全に止まる。

 ちなみにマーモも貰いゲロをしてしまっている。


「よ、よし、うっぷ。多分、僕とマーモの勝利だ……おえっオロロロロ」

「ナッ、ナァ~、オロロロロ」


 顔をゲロまみれにしながらも2人で喜びを分かち合う。


「よーーし。ヨト達にもこの臭いをかがせるぞ。呼びに行くよ」



 セシルが虫除け草を育てている場所に向かうと、嗅覚が優れているマーモット達が盛大にゲロっていた。


「うそん。虫避け畑がゲロまみれに……」

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