第56話 錬金術の授業
「ごきげんよう」
「おはよう」
「おはようございます。クリスタ様、マリー様」
「秘密の特訓はどうだったのかしら?」
教室内がざわっとする。
『秘密の特訓』と言う言葉は少年少女達にはあまりに魅力的。
そんな質問されると思っていなかったセシルは焦る。
「じゅっ順調です……」
「あら? 詳しく教えて下さらないかしら?」
「失礼いたします。クリスタ様、マリー嬢、横から申し訳ございません。盗み聞きするつもりは無かったのですが、秘密の特訓なるものが聞こえてしまったのです。私にも教えていただきたく」
ワレも! ワレも! とセシルを比較的好意的に見てた者達が集まってくる。
「あの……教えたら秘密にならないのでは?」
セシルがあわあわしていると、遠巻きに見ていた大人しそうな女の子がフォローしてくれた。
「そっそうです! 秘密の特訓なので」
「おーい席に着けー」
先生が入ってくると、集まっていた子供たちは席に戻りながらもその女の子を睨み、口々に「余計な事言うなよ」と言って席に着いて行った。
セシルはお礼を言おうと思ったが、女の子は悲しそうな顔をして下を向いたまま席に戻って行った。
席順的にこの教室では爵位が低い方なのだろう。
「今日は特別に錬金術の先生が授業をしてくださる。最近の技術の発展は錬金術なる分野のお陰と言ってもいい。魔法にも密接に関連している事が最近になって分かって来た。では紹介しよう。特別講師をしてくださる錬金術師の第一人者ヘルメス=トリスメギストス=アルシミー様だ」
「紹介されたヘルメスだ。錬金術は君たちにはまだ少し難しいかもしれない。理解出来なくても良いが、そういう学問があると言う事だけでも今日は知って欲しい。来年からは授業で錬金術があるはずだ」
そうして授業が始まった。
錬金術の内容は上級貴族の子供達でもまだほとんど学んでいないようで、皆興味津々だ。
「錬金術というのは安い物質から金を錬成……金を作ろうという学問だ。大袈裟に言うとそこら辺に転がっている石を金に出来るなら最高だろう?」
生徒たちは頷く
「そういう発想から始まった学問なので錬金術と言われているが、未だに金を作れたことが無い。情けない学問だろう?」
同意して良いのか分からないが、ヘルメスと目が合った生徒は仕方なく頷く。
「だが、金を作ろうとする過程で思わぬ副産物があった。色んな液体や鉱物を混ぜたり燃やしたりする内に、世の中の色んな事が分かって来たのだ。今まで火の魔法を使う時、一定の手順を踏めば『何故か火が着く』くらいにしか考えられていなかった。また、着いた火に魔力を流し続けると、魔力の続く限り火が着き続けることもあれば、何故かすぐ消える事もあった。今日はたまたまそういう日なのだな。と、魔法は神の気まぐれだと皆が思っていたのだ」
ヘルメスは持って来ていた細長い箱を皆に見せる。
その箱の中には蝋燭が1本入っていた。
箱を持ち教室の真ん中辺りに行くと床に座り声を掛ける。
「今から火の実験を行う。見える位置に集まりなさい」
中心に行けるのはどうしても上級貴族になってしまう。セシルも見える場所を探していたが、ゴライアスに肩を掴まれ「どけよ」という言葉とともにグイっと後ろに引っ張られ、バランスを崩して倒れそうになってしまう。
セシルは文句を言いたくなるがグッと下唇を噛んで我慢する。
「……申し訳ございません」
「フンッ」
周りもクスクスと笑っている。
こういう事は度々起こっていた。どんなに理不尽に思ってもその度にセシルは謝罪をしている。
泣きそうになるのを我慢し、離れた所から背伸びして見ようとするが、幼少期を栄養不足で育ったセシルは貴族に比べて背が低い為、見る事が出来ない。
クリスタやマリーも実験を見る事に興味を取られてしまい、セシルが見れていない事に気が付いていない。
セシルが諦めて周りを見てると、先程セシルを助けてくれた女の子も見れていないようだった。
セシルは近付いて声をかける。
「あっあの、先程はありがとうございました」
特にセシルを助けたつもりは無く、疑問を口にしただけだった女の子は、一瞬何のことかと考え、すぐ思い当たり返事をしようとするが、特に言葉が思いつかず微妙な返事になってしまう。
「いっいえ……」
気まずい空気が流れたが、ヘルメスの実験が始まる。
「何回かやるから、見れない者も安心してくれ。前の方で見た者は、見終わったら席に戻るように」
セシルも女の子も見れる事が分かりホッとする。
「よーし、じゃあ始めるぞ。箱の中の蝋燭に火を点ける。その後、蓋を閉めるとどうなると思う?」
「そのままです」
生徒の1人が答える。
「じゃあ試してみよう」
そういうとヘルメスは火を点けた後、蓋をして少し時間を置いて蓋を開ける。
すると中の火が消えていた。
「蓋を閉める時の風で消えたのでは?」
「いい質問だ。実験はあらゆる事を想定する必要がある。では、質問をした君、自分で蓋を閉めてみると良い」
また蝋燭に火を点けると、質問をした少年がゆっくりと風が起きないように蓋を閉め、開ける時も慎重に開けた。
気を付けたにも関わらず、蝋燭の火は消えていた。
「風が原因では無さそうだな?」
「はい。失礼しました」
「いや謝る必要はない。いいか? これから大事な事を言うから皆ちゃんと聞くように。――実験に置いて、間違った者を責めてはいけない。間違える事を恐れてはいけない。この2つは今日最低限覚えて帰って欲しい。間違える事を恐れては何も発展しない。間違えから何か新しい事が生まれるかもしれない。“間違い”こそが“錬金術”だ。錬金術と言う名の学問にも関わらず金を生み出せていないと言う事は、ある意味で、間違いを繰り返していると言える。しかし他の事がたくさん分かって来た。それによって今急速に生活が発展しようとしている」
子供たちを含め担任の先生も、「ほーっ」と言っている
「――ただし、安全第一だ。安全に関わるような間違いは許されない。もちろん危険な実験もある。しかしそれはある程度、学を治めた大人に許された行為だ。学生の君たちに間違いが許されるのは意見だ。そこを間違えないように」
「「はいっ!!」
「では、さっきの実験を前で見てた子達は席に戻って大人しくしておくように。次やるぞ」
こうして3回目でようやくセシルも見る事が出来、全員が席に戻る。
「この実験で何が分かったか。火を燃やすには空気の中の『何か』が必要なのだ。火を燃やしてその『何か』が無くなると消える。ちなみに密室で火を燃やし続けてその『何か』が無くなると人も死ぬ」
「はい! 蝋燭を付けて寝ても死にませんでしたよ!」
「それも良い目の付け所だ! まず考えられるのが、完全な密室ではない事。空気の出入りがあれば、『何か』は無くなりにくい。それと火が小さい事だ。今回、この箱が小さく蝋燭の火でも『何か』を消すことが出来た。が、部屋程の大きさでは蝋燭1つでは難しいようだ。これに関しては実験はせぬように。どの程度の火があれば部屋の人間が死ぬのか囚人で実験したのだが、倒れた囚人が死んでいるのか? と確認の為に部屋に入った研究員も倒れて亡くなってしまった」
「家で蝋燭使わない方が良いですか?」
「いや、たまに空気を入れ替える事を意識していれば、日常使いくらいでは特に問題無いだろう」
「料理とかで世界中が火を使ってたら、いずれ世界の空気から『何か』は無くなるのですか?」
セシルは錬金術の授業が気に入ったようで、ワクワクした顔でヘルメスに問いかける。
貴族の何人かはチッと舌打ちをする。セシルのやる事成す事が気に障るのだろう。
「んっ?……そう……なるのか? すまない。分からないな。『何か』を生み出す『何か』が存在するかも知れぬし、『燃える何か』が尽きて人間が全滅してしまう可能性もあるな。そうであったとしても世界はあまりに大きい。おそらく何代も先の子孫の話になるだろが、今はどんどん新しい事が分かってきているから、その内それも解明されるだろう」
こうして錬金術の授業が終わった。
授業が終わるなり、セシルはヘルメスに声を掛けに行くと、セシルを助けた女の子も後ろでソワソワしていた。
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