第133話 ロディとカーナの信仰
冒険者ギルドを出たロディとカーナは教会に向かった。
2人は普段、教会に行く事はない。
食事の挨拶などでアポレ教の挨拶などはしているが、慣習として続けている程度でド田舎の小さな村に教会も無く、教えもなんとなく知っているくらいだった。
セシルの行方が分からなくなってから、藁にも縋る思いでトラウス領で何度かお祈りに向かったが、貧乏暇なしを体現している2人はすぐに教会から遠のいていた。
2人は聖騎士に聞いていた通りに道を歩いていくと、街の端の方にこぢんまりとした教会にたどり着いた。
閉じられていた教会のドアを開け、恐る恐る中に入る。
お世辞にも綺麗な格好をしていない2人は、古びていながらも綺麗に掃除されている教会に入っても良いかと不安になる。
「こんにちは」
入口でおろおろとしていると、柔和な笑みを浮かべた男性の聖職者が挨拶をしてきた。
年齢は50代前半だろうか。かなり痩せているが柔和な顔は人に安心感を与える雰囲気がある。
「こんにちは。えっと実は本日、聖騎士の方に救っていただいて、お祈りとお礼の喜捨をしたいのですがどれほど喜捨すれば良いのか分からなくて、とりあえず金額でも伺えればと……その、私たちは見ての通り裕福でなく……救っていただいてこの様な事を言うのは大変心苦しいのですが、出来ればお安く……」
「ふふっ。安心してください。喜捨の金額は決まっておりませんし強制もしません。お気持ちを喜捨していただければ大丈夫です」
「いやでもあまりに少額では……」
「無理に喜捨していただくのは教義に反します。ご自分の出来る範囲で結構ですよ。騎士もお礼を求めて助力したのではないハズです。善行に励む事は自分の為でもあるのですから」
「自分の為……ですか?」
「ええ。徳を積めば、それだけアポレ神様に覚えが良くなりますから。もし、それでもお礼をしたいと言う気持ちでしたら、何も一度に大金を喜捨していただく必要はありません。小銭でも構いませんので複数回に分けて喜捨していただいても結構です。お礼というよりは、孤児を救うつもりで喜捨していただければ幸いでございます」
「孤児ですか?」
「ええ。この街は冒険者が多く、それにつれ娼館も多いです。悲しい事ですが、魔物によって命を失ったり、性病により亡くなったりする親も多く、他の街に比べ孤児が多いのです。また冒険者の方は教会に立ち寄られる方があまり多くないもので、孤児院に領主様からも援助していただいているのですが、それでも子供達をお腹いっぱい食べさせるには資金が不足しておりまして」
ロディとカーナはこの街に来てすぐにトラウス領の兵士からセシルの情報を受け取っていた。
孤児院にセシルがいない事もその時に聞いていたが、直接自分達で見に行って探す事は無かった。
ちなみに、ロディ達が冒険者達に馬鹿にされ苦労していることに関して、トラウス領の兵士から『助力しましょうか?』と打診されたが、セシル捜索に力を注いで欲しいと断っていた。
領が違う為、数人の兵士しか派遣出来ておらず、その数少ないセシル捜索の兵士を自分たちのせいで減らすわけにはいかなかった。。
「あの~。お祈りの後、孤児院を一度見に行く事は出来ますか?」
「それは、どのようなご用件でしょうか?」
「実は……私たちの息子を探していまして」
「それは大変辛い思いをされている事でしょう。お祈りが終わりましたらすぐご案内いたします」
2人は礼拝堂で祈りを捧げ、喜捨箱にほんの少しだけの硬貨を入れると、先程の男性に案内してもらう事になった。
「あっあの名前をお伺いしていませんでした」
ダラスの侍女の名前を最初に聞き忘れ、聞くタイミングを失った件を反省したのか、今回は名前をしっかり確認する。
「これは失礼しました。司祭のガナルシェと申します。お二人のお名前をお伺いしても?」
「あっ先に名乗らず申し訳ございません。トラウス領トルカ村出身の私がカーナで、こちらが夫のロディです」
「ロディです。よろしくお願いいたします。ガナルシェ司祭」
「……はて、トルカ村?」
「どうかされましたか?」
「いえ、何でもありません。失礼しました。では孤児院に行きましょう」
孤児院は教会からすぐ近くにあった。
石壁で出来た教会と違い、木造で出来ておりあちこちにボロが来ている。
掃除は行き届いて整理整頓されているが、お世辞にも綺麗とは言い難い外観をしている。
ガナルシェ司祭の案内で建物の中に入ると、修道女や孤児全員で掃除をしていた。
「あっ司祭様だ!」
「あら? こんな時間にどうされました?」
修道女の1人が掃除の手を止めやってくると子供達もワラワラと後ろを付いてくる。
「こらっ掃除に戻りなさい」と注意するが、ロディとカーナに興味があるのか誰も戻ろうとしない。
修道女を含め、子供達の全員が痩せている。食事の量が足りてないのであろう。
「実はこちらのお二人がご子息を探しておられる様で」
「あら。あらあら。息子さんを。こちらに来ていただけますか?」
修道女の案内で食堂として利用されている部屋に案内される。
そこには長机が2つあったが無理やり部屋に入れたようで、かなり狭い。
「まずはお二方のお名前と息子さんの名前と出身地をお伺いしても?」
見目が良い子供を不当に引き取り、人身売買に利用する場合もあるので親本人の名前と子供の名前、出身地を問う事が慣例となっている。
子供と対面すれば分かるだろうと思われがちだが、親の顔の記憶がない場合や脅しをかけられている場合などもあり、少しでも危険を減らす事を目的としている。
この孤児院はかなりまっとうに運営されているようだ。
「えっと、まずは我々の名前から。トラウス領トルカ村の私がロディ、そしてこちらが妻のカーナです。息子の名前はセシルです」
「セシル!? やはり気のせいでは無かったか」
修道女ではなくガナルシェ司祭が大きく反応する。
「ご存知なのですか!!?」
「ああいや、期待させて申し訳ないですが、セシル様とは会った事はないです」
「そう、ですか。セシル『様』?」
「アポレ教でもセシル様を捜索しているのです。」
「えっ? アポレ教がセシルをですか?」
「お二人は聖騎士に助けられたとおっしゃっていましたね。実はあの方達はセシル様の捜索の為にこの地まで来たのです。まだこの街に着いたばかりなので今日は周辺地理、植生の確認に周っておられたのです」
「そういう事だったのですね。でも何故教会がセシルを?」
「あの~、お話中申し訳ございませんが、少々込み入った話になって来たようですので、私は退出してもよろしいでしょうか? そろそろ食事の準備をしなければならず」
「これは失礼した。このままここをお借りしても良いかな?」
「ええもちろんです。では失礼します」
「お仕事の邪魔をして申し訳ございませんでした」
「いえとんでもございません。セシル様が見付かるよう祈っております」
修道女がロディ達に頭を下げ、部屋のドアを開けると、「やべっ」という声と共に子供達が走って散って行った。
「こらっ! 掃除は終わったんでしょうねっ!?」
「逃げろー!!」
「子供達が盗み聞きしたようで申し訳ございません」
「いえ、良い孤児院ですね」
「そう言って貰えて嬉しいのですが、実情は年々増える子供に満足に食べさせてやれる事も出来ず。心苦しい限りです。おっと話の途中でしたね。教会が何故セシル様を探しているか。でしたね」
「はい」
「教皇様がセシル様の才はアポレ神がお与えになった物であり、アポレ神から特別な祝福を受けているセシル様が不当な扱いを受ける事があってはならないと、行方不明になった事を大層お嘆きになり、教会総出で捜索に当たる事になった次第です」
「そんな事が……それで、セシルについては何か情報が?」
「お二人がこの街にいると言う事は、セシル様がディビジ大森林で目撃された事はご存知と言う事でよろしいでしょうか?」
「はい。そこまでしか知らないです」
「残念ながら我々もその情報までしか手に入れていないのです」
「そうですか……」
ガックリと肩を落とすカーナをロディが肩を軽く引き寄せ、さすってあげる。
「我々の動きを大まかに説明しておきますと、このシルラの街からディビジ大森林に向かって捜索を行う部隊と、アポレ教国からディビジ大森林に向かって捜索を行う部隊の2方面捜索を行います。シルラ領からの捜索隊は国が違う為、人数が少なくなっていますが、アポレ教国方面からの捜索はそれなりの人数が割かれているはずです。さらにトラウデン王国からも捜索の兵士がディビジ大森林に向かったと聞いておりますので、セシル様はきっと見付かりますよ。特に教国南部の騎士は肌が真っ黒で体も大きく精強ですぞ」
司祭はこう言っているが、人間は魔物より上の存在だという思想の問題で、従魔師の才能が開花する者がほぼおらず、従魔師が万年不足している。
移動用ポストスクスがほとんどいないため、教国側からの捜索隊は馬での移動が主となる。
さらに、教国↔王国間の比較的安全な道が他にもある上に帝国とは敵国関係にあるため、ディビジ大森林を通る道を使う事はほぼ無い。
ほぼ使われないこの道が作られた理由は、王国↔帝国間の必要以上の結びつきの監視と、逆に王国と帝国が戦争になった場合に王国をいち早く参戦、援護するためであるが形骸化されている。
その為、普段の利用頻度から道が荒れている事が想定され、馬での移動に加え、道中の整備も加わってくるので困難な捜索になるであろう。
今回、帝国と揉める事も考え、かなりの人数を投入して道の再整備に当てるようだが、どうなるかは分からない。
「そんなにも多くの方が……ありがとうございます」
「ありがとうございます」
「いえ、私は捜索が上手く行く様に祈る事しか出来ませんが、そうだ。時々教会にいらしてください。セシル様の情報があるかもしれませんし」
「それはとても助かります」
「もちろんセシル様の事だけじゃなくても悩みや相談があればいらしてください。アポレ神はいつでもお二人を歓迎してくださいますよ。微力ですが私も相談に乗れますし、お祈りをするだけでも気が晴れる事もあります」
「お言葉に甘えて時々お祈りに来させていただきます」
「聖騎士の方々にもお二人の事はお伝えしておきますので、もし何かありましたらお力になってくれると思います」
「何から何まで申し訳ございません」
「いえいえ、アポレ神のご加護があらんことを」
2人はガナルシェ司祭や聖騎士の振舞いに触れアポレ教の素晴らしさを知り、徐々にアポレ教に精神的な救いを求める様になり少しずつのめり込んで行く事になる。
アポレ教と異なる思想を持ち始めたセシルと、アポレ教にのめり込んでいくロディとカーナ。
ディビジ大森林に終結し始めている各国。
完全に出遅れたカナリアン国。
セシルの知らない内に、セシルを中心として大きな渦が動き始めていた。
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