第11話 初めてのお勉強とイルネの距離感


 セシルは家に帰り井戸水で身体を拭ってゴロゴロしながら、そう言えばイルネ様を呼びに行った方が良いのだろうか?と悩んでいた時、家をノックする音が聞こえた。


「はいっ」

 セシルが返事をしてドアを開けるとイルネが立っていた。


「イルネだ。中に入っても良いかな?」


「あっはい。大丈夫です。こちらへどうぞ」


 綺麗な顔に見とれて部屋に案内するのが遅れてしまった。

 今日は鎧ではなく私服のようだ。

 7分袖のTシャツにロングスカートと言う簡単な格好だが、それでもキリッとしていてとてもカッコイイ。

 慌てて部屋に案内して椅子に座って貰いお茶を出す。

 自分はイルネ様の対面の席に座る。


「よし、では勉強を始める。まずは絵本からだ。読み聞かせをするから文字を一緒に追って声に出しなさい」


「はいっ」


「おいおい。対面に座っていては読みにくいだろう。横に来なさい」


「はい。イルネ様」


「イルネ様か……悪くないが、イルネ姉さまが良い」


「え?」


「イルネ姉さまだ。いや、姉さま……お姉ちゃんがいい」


「……イルネお姉ちゃん……?」


「ふーむ。長いな。イル姉にしよう」


「え?」


「イル姉だ。イルネなしでお姉ちゃんだけでも可だ」


「いるねぇ?」


「よし、これからそう呼ぶように」


「はい……いや、え? きし様にそんな呼び方して良いのですか?」


「うむ。私には敬語もいらん」


「えっ……それは」


「いらん。いいな?」


「はい……あっ、うん」


「よーし良い子だ! お姉ちゃんの近くにおいでヨシヨシしてあげる」


(えっ……えー)

 急にキャラが変わった事に困惑しながらも椅子を持って隣に行く。


「う~ん。横に座るのはちょっと違うな」


「えっ?」


「そうだ! お姉ちゃんの膝の上に座りなさい」


「……きし様の膝の上……ですか?」


 恐る恐る尋ねるとイルネは急に不機嫌な顔になった。


「誰が騎士様だ」


 セシルは恐る恐るイルネを指差す。

 すると、指をガッと掴まれ「違うだろ」と凄まれる。

(こっ……怖い)


「イル姉の膝の上?」


「そうだよぉ。はーいこっちにおいで~」


 イルネはぱっと顔を綻ばせ、セシルの脇の下に手を入れたと思ったらあっという間に膝の上に持ち上げた。


 なぜかイルネの膝の上に乗った状態で勉強が始まる事になってしまった。

 ライムとマーモは椅子の隣でゴロンとしている。


「私に続けて読むんだよ。むかしむかしあるところに「むかしむかしあるところに」そぉ! 上手よ! えらいわ! 良い子ね!」


 褒められ後ろからギュッとされ頬擦りされる。

(何これ。赤ちゃん扱いされてない!?)


 イルネはデレデレの顔をしている。

 そんな甘々な授業を続けていると「失礼する」と言う言葉と共にガチャッと家の玄関が開いた。


 騎士隊長のコルトだ。

 コルトとデレデレ顔のイルネの目が合って『あっ』と声にならない声が2人から同時に出ると、玄関のドアが閉められコルトが見えなくなった。


 数秒の間が開いた後、またガチャッとドアが開けられてコルトが再度現れた。


「……どういう事かな? イルネ」


 冷静になったコルトがイルネに尋ねる。


「ハッ。勉強であります」

 すでにセシルは膝の上から降ろされ、イルネはキリッとした顔で背筋もピンッと伸びている。

 まるで別人のようだとセシルは思わず感心してしまう。


「そんなにくっ付く必要があったのかな? もしかしてそういう……」


「そういう……とは何をおっしゃりたいのか分かりません。一つの本を読むのに都合が良かっただけです。7歳の子にどのような感情を抱こうと言うのでしょうか? そんな発想をしてしまうコルト様に一抹の不安を覚えてしまいますね。これは、ダラス様が厳しい訓練をされていると思い、バランスを取る為に私は優しく指導する方針でありますゆえ。全ては職務を完璧に遂行するためでございます。強いて言うなれば、弟を可愛がる様にと。そう! 弟と思って指導するのであります。そもそも! そもそもですよ? ノックもせずに『失礼する』と言う言葉と同時に家に入るのはどうかと思いますが? ここは他人様の家ですよ? それをノックも無しに玄関を開けるなど問題行動ではないでしょうか?」


 早口でイルネが喋る。


「そっそれは……確かにノックと同時に入るのはまずかったな。すまんかった。勉強で問題は無いかと思って確認しに来たのだった」


「何の問題もございませんのでご安心くださいませ。ワタクシに万事お任せを」


「そうか。それは良かった。しかしあまり距離感を間違えないようにな」


 そう言い残し、コルトは去って行った。

 イルネは玄関のドアに移動し耳を当て足音が遠ざかるのを確認して戻ってきた。


「セシルくぅ~ん。もうびっくりしたね~急に開けるなんてどういう神経しているのかしら、隊長の事なんて気にせずお勉強続けようねぇ」


 デレデレの顔でそう言ってまたお膝乗せ抱っこの状態での勉強が始まった。


(両親もベタベタしてくるタイプだけどお姉ちゃんも良いな)

 と思うセシルだった。


 勉強を続けるていると、いつの間にかお昼ご飯の時間になった。

 農家では基本2食だが「まずは身体作りが大事だ」と言うダラスの計らいで領より援助を受けてお昼はゴロゴロ野菜スープを毎日食べる事になった。

 騎士が増えて魔物を狩るようになると野菜スープにお肉が付けられるだろうとの話だ。

 お肉は食べる機会が少ないのでセシル一家はかなり楽しみにしている。


 料理は勉強の後にイルネがセシルの家で作る事になった。

 大きい鍋と食材も騎士の持ち込みだ。


「お昼がそろそろ出来るのでお父さんお母さんを呼んでくれる?」


「はーい」


「お昼ご飯だよー」と農地まで呼びに行くとすぐ返事が返って来た。


「おお待っていました! もうお腹ペコペコだよ!」


「今日は朝早くから運動したからね。私もペコペコだわ」


 セシルが2人を連れて家に戻ると料理を配膳するイルネの姿があった。

 それを見たロディが

「良い・・・」

 とボソッと呟いてしまいカーナに思いっきり蹴られた。


「わざわざありがとうございます」


「これも仕事だ。気にせず食べてくれ。残りは騎士と大工で食べるから持って行く」


 そう言うと、デカイ鍋を1人で持ち始めた。

 キリッとした騎士イルネに戻っている。


「手伝いますよ! 流石にこの重たいのを女性1人に持たせる訳には」


 ロディが手伝おうと声を掛ける。


「構わない。そんな事で手伝って貰ってはダラス様に叱られてしまう。ああ。玄関だけは開けていただけないだろうか?」


「はっはい!」と慌ててカーナが玄関をあけると

10人分は残っているであろうスープの鍋を1人で持ち運んで行った。


「女性でも騎士様は凄いな。それなりに重量あったと思うんだが。まだ鍋が熱いから身体に寄せて持つことも出来ないのに」


「女性として憧れるわね。いくら訓練してもあんな風になれそうにないわ」


 関心しきっている2人がデレデレした顔のイルネを見たらどう思うのだろうか。


「よし! 冷める前に食べよう。アポレ神の慈しみに感謝を「感謝を」」


 両手を胸の前で組んでアポレ神に祈り食事をする。

 魔法と豊穣を与えてくれるアポレ神がこの村があるトラウデン王国では信仰されている。

 トラウデン国内でも地方により土地神が信仰されている所もあるが、国教がアポレ教となている。


「おいしい!」


「ほんと美味しいわね。後でレシピ教えて貰おうかしら。調味料たくさん使うなら金銭的に難しいけど」


「稼ぎが少なくて申し訳ない」


 ロディがちょっとしょぼくれたように謝罪する。


「ぼくが大人になったらたくさん稼ぐから大丈夫だよ!」


「なんて可愛い子だ!」


 ロディがセシルに抱き付きに行くが「食事中だよ!」と怒って突き放された。


「セシル、お勉強はどう?」


 カーナが聞く。一般的な農家育ちは勉強に馴染みが無いので興味があるのだ。


「ん~よく分かんない。今絵本読んでいるけど、文字読めたり読めなかったり」


「そうか。良かったら父さんと母さんにも夜教えてくれないか? 2人とも買い物する時の言葉くらいなら読めるのだが、手紙や国からのお達しとなると読めないんだよ」


「いいよー教えてあげる!」


「ふふ。セシルに負けてられないわね。そうそうお昼食べた後、セシルはどうするの? 何か言われている?」


「んーん。夜のくんれんまで何もないから、畑仕事手伝うよ」


「そっか! ありがとね! もし疲れていたりしたら休んでもいいのよ?」


「だいじょうぶだよ!」


「もう良い子すぎるわ。流石私たちの子ね」


「そう言ってまた2人で抱き付いていちゃいちゃするんでしょ! もういいよ! 早く畑行こっ!!」


「あらあらバレちゃったわね」


「カーナとセシルに抱き付けないのは残念だが、仕事しないとな! よし行くぞ!」

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