第27話 男爵領への旅路
学院の入学式に合わせる為に余裕を持って1か月半前にトラウス辺境領を出発した。
何も問題が無ければ1か月で王都に着く予定だ。
入学1週間程前にはクラス分けとして試験が行われる。
出発の際には領主の他にもルーレイなども顔を見せに来たが、領民にはバレないよう早朝にこっそり出発した。
馬車は2台で向かう。
従魔による魔車というのも存在するが、従魔師自体が少なく辺境伯領では馬車しかなかった。
セシル、イルネ、サルエルの他、ダラスを含めた騎士が6名の9名での移動だ。
御者も騎士が交代で務める。
イルネはサルエルによる授業がある為、騎士の任務に当たらなくても良いが、イルネはサルエルから逃げる為に事あるごとに斥候の任務が……等と言って抜け出そうとするが、竹棒でピシッと叩かれて泣きながら授業に戻る。
セシルは叩かれたりはせず、なんなら甘い指導を受けているが、イルネがビシバシやられている様子を見て次第にサルエルにビビるようになってしまった。
((はっ早く王都に着いて~))
セシルとイルネの心の叫びである。
王都に着くまでに2つの領地を跨がなければならない為、通過領地の領主への挨拶等で遠回りしなければならず無駄に時間がかかる。
2つの領地は子爵家と男爵家で辺境伯の方が位は高いが、嫌がらせで王都からの連絡や商人の行き来を邪魔されでもしたら大打撃を受けてしまう為、強く出る事が出来ない。トラウス辺境領にとって頭の痛い問題だ。
普通の学生程度ならわざわざ挨拶に行く必要も無いし、むしろ一々領主の時間を取る事が失礼になってしまうが、今回は大賢者の再来などというビッグネームな為、顔を見せる必要がある。
去年はリンドル辺境伯の長男であるリビエールが学院入学で通行する必要があったので挨拶をしている。
実は貴族としての信頼度が高い程、王都から監視の目が届きにくい辺境を任される傾向があり、王都の近くもまた信頼度の高い貴族が治める事が多い。
逆に言うと中途半端な距離は王にとって信頼度の低い貴族が治めている事が多く、通行税を高くするなど自領の利しか考えていなかったり、他領に嫌がらせをしたりするような貴族が数多存在する。
そんな悪徳貴族が通行の要所を抑えていることがこの国の問題点である。
まずはその悪徳貴族の1人と言われている男爵領に向かっている。
道中は深夜に何度か魔物の襲撃があったがダラスを中心に圧倒言う間に倒し、特に問題は起きなかった。
セシルはいつものように熟睡して朝になるまで襲撃に気付かない為、体調は万全でありライムとマーモも新鮮な魔物肉を食べられて、むしろご機嫌だった。
「今どこらへんなの?」
「今はモルザックと言う土地に入っているわ。ジャック=トラール=モルザック男爵領よ」
イルネは騎士として地理関係については詳しい。
「トラール男爵は中々に欲深い性格だと聞いている。セシルを取り込もうとしてくると思うから、あまり会話をしない方が良いかもしれないわ。流石に学院入学前に手を出してくるメリットは無いので身の安全は問題無いと思うけれど、言葉には気を付ける必要があるわ。『学院卒業後はうちに来ないか?』と誘ってくる可能性があるので言質を取られないように」
「言質?」
「えっと……証拠となる言葉の事よ。声を保存する魔道具もあるわ。高級であまり出回ってないけれど、男爵なら用意している可能性もある。だから、曖昧な返事ではなくハッキリと断る必要があるわ」
「う~ん。出来るかな?」
「そうね。誘われるような言葉を掛けられたら『トラウデン王国のお役に立ちたいと考えています』とお答えしたら良いんじゃないかしら?」
「トラウス領じゃなくて良いの?」
「ほんとはそう答えて欲しい所だけれど、それだと王様を蔑ろ……あー蔑ろは分からないわね。えっと王様よりトラウス領を優先しているように見えてしまうわ」
「ん~よく分かんない」
「そうよね。難しいわよね。でも王国の役に立ちたいと答えたら問題ないわ。ただ、宮廷魔術師になりたいのか? と聞かれたら『まだ分かりません』と答えたらいいわ」
「うん。分かった。緊張してきた」
「トラール男爵様のお屋敷に着くまで敬語に戻しましょう。私は侍女兼騎士だけど、男爵の前では騎士としての対応が必要になるわ。平民が侍女に着いているより騎士が侍女に着いている方がセシルの格が上がるからね」
「わかっわかりました」
「それでしたらセシル様が騎士であるイルネ様に対して敬語を使わない方が、セシル様を上だと見せる点でよろしいのではないでしょうか?」
サルエルが意見する。
「そう言えばそうですね……セシル、いやセシル様、敬語じゃなくてよろしいですわ」
「えっ……どっち? セシル様って?」
「セシルは今は平民だけど、学校卒業後は恐らく私より上の立場になると思うの。周りの人にも平民として舐められないように騎士である私が敬語の方が良いかもしれない」
「えっ? イル姉が敬語になるのはいやだよ」
「ふふ。そう言ってもらえると嬉しいですけど、二人きりの時だけ敬語を使わないなんて事をしたら、私間違える自信がありますよ。外では私の事をイル姉ではなくイルネと呼ぶようにしましょう」
「それがよろしいかと」
「わかった……」
残念そうにするセシルを、サルエルとイルネはちょっと寂しくも微笑ましい表情で見ていた。
サルエルもセシルに怯えられているが実は子供が大好きである。
この旅に同行しているのもイルネの指導と言い訳をして、セシルと一緒に居る時間を伸ばそうとした思惑もある。
リンドルやリビエールを指導した時は、立派な領主になれるよう厳しくしなければならなず。泣く泣く怯えられるような指導になってしまっていた。
しかし、今回の生徒であるセシルは平民であり、先日の事件の事もあって優しくするように言われている為、サルエルには願ったり叶ったりの状態であった。
今度こそ子供に怯えられずに済む……むしろ愛されるおばあちゃん的存在でありたい。
と、子供のいないサルエルは夢見ていた。
そこで悪夢の命令が下った。イルネに厳しくしろとの領主命令だ。
その為、直接セシルに対して厳しくしていなくても、いつも通り厳しい姿を見せざるを得ず……結果セシルに怯えられてしまった。
一番不憫な思いをしているのはサルエルかもしれない。
移動期間もセシルの訓練は続く。
朝、夜はダラスのトレーニングを受け、馬車の中では言葉使いやトラール男爵への対応を練習しながら日々を過ごし、ついにトラール男爵家の屋敷があるモルザックの街に辿り着いた。
3~4メートル程の外壁に囲まれたその街の門には行商や冒険者の入場の列が少しだけ続いており、その列を横目に門に直行する。
数時間前に先ぶれを出していたのでスムーズに街に入り、兵士の1人が領主への先ぶれに走り、別の兵士が領主館への案内に付く。
前回のパレードのトラウマがあるセシルは馬車の中からソッと外を見る。通りを歩く人はトルカ村に比べるとかなりの人数がいるが、所狭しと人がいる訳でもなく特に注目を浴びていない事にホッとすると、安心して馬車の木窓を全開にして町を眺め始めた。
トラウス領と違い、他の領地では貴族が身分を振り翳して目を合わせた平民に暴力を振るう事もある為、騎士が付いている様な立派な馬車を平民は極力見ないようにしているのだ。
結果的にセシルには有難い状況となっており、初めてちゃんと見る都会で感動していた。
「うわぁー! 凄いよ! 色んなお店がいっぱいある!! ほらっ! イルネも見てよ!」
無邪気に騒ぐセシルを見ていたイルネやサルエルを含むトラウス辺境領の騎士達は複雑な気持ちだった。
ほんとに良い街は領民が笑顔のトラウス領なのだと言いたいが、トラウス領の領民による好意の目がトラウマになってしまっているであろうセシルには言いにくいのだ。
イルネは勇気を振り絞って小さな声でセシルに伝えることにした。
もちろんこの街の兵士に聞こえようものなら大問題になる為、コッソリとである。
「セシル様、よく見てくださいませ。道行く人がこの馬車から目を逸らしているでしょう?」
「うん。見られて無いからいいね!」
「そうじゃないんだ。いや、そうかもしれないのですが、違うんですよ」
「何が違うの?」
「貴族を恐れて目を逸らしているのです」
「なんで?」
「この街の事は詳しく知らないですけれど、目を合わせただけで罰したりする貴族がいるのです」
「えっ……」
「だから領民が貴族の馬車から目を逸らす町はあまり良い街とは言えません。これはここの領主様に絶対言わないようにお願いしますね。どんないちゃもんを付けられるか分かりませんので」
尚の事コソコソと話す。馬車のガラガラと言う音で外には漏れていないだろう。
「……トラール男爵様は怖い人なの?」
セシルが怯えた表情になる。
あっしまった。――とイルネは思う。
男爵領を出る時に言えば良かったと反省するがもう遅い。
「セシル様は平民ですけど、きっと大丈夫ですよ」
「とっトイレに行きたくなってきた」
「もう少し我慢できますか? 領主館に着いたらすぐお借りしましょう」
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