第21話 軍夫

021 軍夫


1894年(明示27年)日清戦争勃発。

朝鮮半島の支配権をめぐる一連の抗争が引き金となり発生したのである。

朝鮮半島で、日本軍と清軍が激突する。


帝国陸軍は、突然の軍事行動のため、現地人(日本人、朝鮮人)を軍夫として雇用した。

このころから、輜重の重要性を考えていなかったのかもしれないが、後に食料不足に苦しむことになる。


『神の使徒』は、戦争発生により株価が下降したことから全力買いを父親に依頼し、朝鮮半島の土を踏む。関連事業で、一部、軍靴が試用されていた。

是非とも、お試しで使ってくれと試供品を軍に提供していたのである。


自称『神の使徒』とその徒党は、陸軍に紛れ込んで軍夫として働いていた。

腰にはリボルバー拳銃、肩には、連発式小銃などを携行していた。

あくまでも自衛のための装備ということで喧伝されていた。


「なぜ、荷車にうちのタイヤが使われていないのだ」

それは木でできた輪っかに鉄をはりつけたものだった。


道は勿論舗装などなく、土がむき出しであり、しかも、街中は異臭に満ちていた。

下水などはなく、辺りにまき散らされていたから当然である。


「何ともいえんな」異臭に耐えながら。

「だから、辞めよと言うたではないか」保護者の山口が言う。

「まあ、仕方がない、実戦経験はどんな時も大切です」

「お前さん、いくつだよ」

「15歳です」

「嘘ばっかりだな」やれやれだぜと首を振る山口。

本当は数え6歳、満5歳である。

身長だけは、10歳といっても通るくらいには伸びていた。


特別ボーナスを積んだので、猟師隊員2名と丁稚10名がこの部隊に潜り込んでいる。

仕事は、荷駄車(大八車のようなもの)を引くことである。



「ところで、君の力でこの荒地を豊作にすることはできるのかね」と山口が聞いてくる。

荷駄は順番に引いている。神の使徒だけが荷駄の上にチョコンと座っている。

「勿論と言いたいところですが、どうでしょうか」

「さすがに、神の力も届かんのかね」

「そういうことですね、神の力とはあくまでも人々の信仰によるものです、この地の人々は、我等の神を知らないでしょうし、拝みもしませんからね」

「なるほどのう、そういう仕掛けがあるのか」

「まあ、発芽させる程度で良ければ、蓄積されている力では可能ですね」

「ふ~ん」


兎に角、暇だったのである。

平壌付近に清の軍隊が集結しつつあり、我等が属する軍もそこに向かって進んでいるが、進軍速度は遅い。食料は不足しており、皆腹を空かせていた。


我々だけは、奇妙な空間に入った食料をこっそりと食べているので空腹ではなかった。


その時突然、付近の林に鬨の声が上がり、何者かが突撃してくる。

「ウォオオオオオオオオオ~~~~!」何かの幟旗を掲げ突撃してくる民兵らしき人々。


「レジスタンスだ!」

「東学党の奴等だ!」周囲の軍夫が日本語や朝鮮語で叫んでいる。


「散開!伏せ!」山口の命令が飛ぶ。

「射撃用意!」

周囲には、日本兵はいない。我々荷駄隊は、ゆっくり進んでいるからである。

全員が、遮蔽物に身を隠しつつ、薬室に銃弾をボルト操作で送り込む。



「撃て~~!」

バンバンバンバババン!連続する発砲音。

まだ、距離は数百メートルも離れている。

一瞬で十数人が倒れていく。


「日本軍が混じっているぞ!情報がガセだったんだ!」

朝鮮語で、誰かが叫んだ。

「とにかく、突撃しろ!」

「殺せ!殺せ!食料と武器を奪え!」

だが、次の発砲音はすぐに始まった。

「ウワ~~」


彼らの持つライフルはボルトアクションライフルで弾倉式、弾倉には5発が入る。

試験用なので5発しか入れていないのだ。

まだ、銃身や発射機構の強度なども試すために実戦に投入されている。

本来ならば、もっと弾の入った弾倉を用意したいところであったが、技術がまだ確立されていない。


自転車職人が作っている職人の銃である。

完成度が高められれば、大量生産に切り替えるための準備がなされるであろう。


素早く弾倉を取り換えて、撃つ!


敵が退却を開始する。

流石に槍や刀では、厳しいものがあるのだろう。

その退却する民兵に対して容赦ない射撃を行う。

ここで、自慢のスコープが役に立つはずだったのだが、スコープは駄目だった。

熱さからか、スコープ内に曇りが発生した。

気密性が足りないのだった。今までは大事に箱に入れていたが、この暑さに、現場にやられてしまったのだ。(今は夏で非常に暑かった)


しかし、皆さすがに猟師修行で2年もやっているからか、スコープなしでも容赦なく狩っていく。こうして数十人も狩り倒したころに異変に気付いた軍人が駆けつけてくる。


「おお、物資は無事か~」

「よくやってくれた、武器携行を認めてよかった」

軍夫の武器携行についてひと悶着あったのだが、自前の武器であるため特別に認められたのだ。



一日の行進が終わると皆がクタクタである。

特に軍夫は、草履バキのものが多かった。

そんなものでよくやるなと感じながら、干し肉を齧る。

我々の靴は、軍用ブーツである。

勿論、日本軍では採用されていない。

兵達も、編み上げ靴だが、底が薄い。

形も悪いので皆が大変な想いをしているのである。


靴も荷駄車ももっと護謨を使わなくてはならない。

そう結論づけて寝る。





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