月光の提督

九十九@月光の提督・完結

第1話 女神

001 女神


6畳一間がポツリと存在する空間。

そこに、私と美しい女神が佇んでいる。

女神は、死んだ私の転生に関する条件で交渉に臨んできた。


美しい笑顔で仕事を依頼してきた女神、しかし、人間の世界では、報酬が重要になる。報酬もなく働く人間は、ほぼ皆無である。


それに、私は、先ほど死んだばかりなのだ。

まあ、私がそう感じているだけで、もっと時間が経過したのかはわからない。


人間ごときの私が、神族に異を唱えることは不敬であろう。

だが、まず初めに、私は死ぬ直前では、神のように崇められていたということを伝えたい。

世界中に、自らをあがめる信徒がいた。


元が人間だったために、亜神にしかなれなかった。そして元が人間だったために寿命が来たのである。


だからという訳ではないが、私はそもそも、普通の人間でないので、神気をあてられても、何の影響もでないのである。


普通の人間であれば、ひれ伏すところであろうが、私は軽く受け流すのであった。


「できれば他の方を当たっていただけたら嬉しいのですが」

私は、冷静にこう答えた。


<残念なことです>


「申し訳ありません」


<ですが、あなたほどこの仕事に向いている人間はおりません>

何故か女神はこう断言するのである。


「どういうことでしょうか」


<あなたは、あの原初の龍から、スキルを魂に刻まれています>

なるほど、女神は私が昔日本人であったことを知っているようだ。

そう、私は日本人、かつて、日本人であり、その後に、亜神となった半人半神ともいうべき存在であった。


日本から異世界に召喚されたときに、決して忘れないように、魂にスキルを刻まれた存在。

原初の龍の話では、異世界に召喚されるときに、痛みや衝撃その他もろもろが発生した場合、記憶、その他が飛んでしまうことがあるらしい。


そのために、異世界召喚前に、魂にスキルを刻まれたのである。


召喚された後にスキル付与すれば良い?

その通りだ。そんな無茶なことをしなくても、異世界召喚された後に、スキル付与された方が確実である。


だが、その時は、そのような余裕はなかったのだから仕方がない。

原初の龍は、ほぼ力を失いつつあったのだ。

それに、異世界召喚後、龍とそのようなのんびりしたスキル付与をおこなえば、直ちに、私は、殺されていただろう。敵は強大な存在であったからだ。


簡単に、私の居場所を突き止め滅ぼしたことであろう。


因みに、魂にスキルを刻まれる痛みは、頭が裂けて、眼から血の涙を流すくらいには痛いのでお勧めはしない。

また、そのような神の如き行いをおこなえる存在もそれほどは存在しないので安心して暮らしてほしい。


原初の龍は、神すら滅ぼす龍である。


<そのような特別なスキルを刻まれたあなたを私は待っていたのです>


「ありがとうございます、ですが私は、少し疲れておりますので、ご遠慮させていただきたいのです」


<まあ、それならこれをお飲みください>


女神は懐から栄養ドリンクのような瓶を取り出した。


<アムリタ>


*アムリタ 別名、甘露は、インド神話に登場する神秘的な飲料の名で、飲む者に不死を与えるとされる。


女神の今の口調はひょっとして、あれなのだろうか?

きっとあれだ、青い自称猫型ロボットのそれだ。あれを真似たのだろうか?


私は、日本に帰ってきたのだ。

やっと、興奮が沸き起こってきた。

遠き遥か彼方の異世界から帰還した実感を今この時えたのだった。


<これを飲めば、疲れなんて吹き飛ぶはずです>

飲んだら不死身になるくらいなのだから当然だろう。


私は、目の前に現れた、湯飲みに手を伸ばして茶を飲んでみた。

う~んうまいな、やはり番茶はいい。日本はやはり素晴らしい。



<このアムリタを飲んでくださいな>

「いえいえ、これを飲めばあなたに借りができます。そうすれば断ることができなくなります」


座卓テーブルに置かれたアムリタは、ユン〇ルのようなラベルが張られている。

しかし、よくよく見ると、『アムリタ』とカタカナで書かれている。

ディテールが細かい。いい仕事していますね~。久しぶりの日本なのでわたしも切り返す。


私も、女神に触発されて、どこかの鑑定の人の口調を真似てみた。

口には出さないけれど。



「では、私は判決を受ける身ですので失礼します」

私は湯呑を置いて、立ち上がった。


いわゆる地獄が本当にあるのか、できれば天国に行きたいものだと思いはするが、前世を考えれば、なかなかに難しい。私は逆らう者には容赦なく力を振るったからだ。


私を信仰していた者の半分は、祟り神を祀るような心境だったのではなかろうか。

祀らなければ、恐ろしい災害が巻き起こる。そのような強迫観念をもっていたとしても仕方が無いだろう。


私と争っていた者は所謂、元死神であって、当時は強大な帝国の皇帝であり、しかも厄介な魔導甲冑なる物を開発して、私やその家族、友人を害そうと手ぐすね引いて待っていたのだ。


戦場は、自然と破壊と死の嵐が吹き荒れることになった。

関係のない人々はその恐るべき闘争を自然災害のように受け入れるしかなかったのである。



しかし、異世界で死んだ私が、このように閻魔様のところにやってくるとは皮肉なものだ。

やはりそこには、役人の管轄を守るというような意識があるのかもしれない。

あるいは、異世界で死んだすべての人間が、この世界に来るのかもしれないが。


もし、そうであるならばとてつもない数の人間だろう。

私ならば、とても処理できそうもない。やはり神は偉大なのだ。


<仕事の内容くらい聞いてくれてもよさそうなものですけれど>

なるほど、そうかもしれない。


流石に、女神である。

その一言には、強制力を感じる。

人間相手ならば、「忙しい」の一言で切って捨てるのだろうが、妙に説得力がある。


再び座り直す私、無碍にできないところが流石、神の一言である。

「では、どうぞ」


<ここだけのお話なのですが、あなたの知る日本は、某国と戦争し敗北します>

それは、日本ではなく、大日本帝国である。

日本国は、戦争に負けて憲法9条により戦争を仕掛けることができない平和な国へと変貌したのである。私は、若いので、その旧日本を知らない。


憲法9条さえあれば、日本は平和である。

某党の国会議員は、侵略された国があった時に、その国に憲法9条があれば、侵略されなかったともいったという。

憲法9条は、世界平和を実現するための最高の条文なのである。

そう、全ての国が9条を自国の憲法に組み込めばそうなる素晴らしい条文なのである。


<私は、あなたがご存じのとおり、高天原の神々の一柱です>

いえいえ、存じません。


私は、あなたが何の神かどのように判断すればよいと言うのでしょうか。

異世界では、その異世界系の神々がおり、それなりに神話体系が存在するのである。

私は、かつて日本人ではあったが、日本の神々を詳しく勉強させられたことはなかったので、本当にわからないのだ。


<戦後、この国では、信仰心が大いに廃れ、我らを祀る者たちが大きく損なわれたのです、しかも、外地の神が日乃本に入り、それらを祀る者が出る始末です。どうか我らにお力をおかしください>


なるほど、神とは信仰そのものである。

私も、亜神であったために、一部、信仰の力を知っている。

私には、実体があったために問題はなかったが、精神生命体の神などはさぞかし困る事であろう。


祀るものがいなくなれば、力が無くなるということであり、そして、やがて消えていくということである。


逆に、地元民の信仰が強ければ、侵略側の神はそれを悪魔として取り扱うなどは、よくあることである。勝った者が神、負けたものが悪魔となる。

つまり、『勝てば官軍』は神々の世界でも十分に成立するということの証である。


より説明するならば、本来はその負けた神への信仰を抹殺すればよいのだが、根付いていた信仰はなかなかに消すことはできない。


しかし、勝った神には、それでは都合が悪い。

故に、それは悪魔であり、悪魔崇拝はもちろん、禁忌であるから、弾圧してもよい。

時間が立てば、いずれ消されることになる。


それでも、強力な神は、未だに悪魔として名を残しているということである。



<歴史は変えられませんが、作ることはできるのです>

何とも、奇妙な話がはじめられたのである。




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