第136話 講和成立

136 講和成立


裏の事情がどうであれ、日豪は講和を行った。

しかし、PMC民間軍事会社の別動隊(潜入工作部隊)は豪州内に潜伏したままであった。

男にとっては、豪州など約束を平気で反故にするだろうと考えていた。

その時の為に、現地住民を優れたゲリラにする訓練は継続的に行われるのだ。


一方、豪州政府には、英国本国が激怒して書いた書状が送られてきた。

「フン、兵の一兵も寄こさずに、何を本国ぶっているのだ、早くドイツを撃退して、援助物資でもおくってきてから、言いやがれ」その書状は、ゴミ箱に抛りこまれた。


その頃、ニューギニア島は完全に、PMCニューギニア師団に占領され、要塞化工事が全土で進んでいた。

此方も時間がたてばたつほど、奪還不可能な要塞と化すだろう。


島の形状から、中央部には山脈、密林であり、いくらでもゲリラ戦を展開できるような場所である。

恐らく、もう無理であろう。

現地住民もすでに、改宗して、謎の宗教に深く取り込まれ、神の戦士となっていた。

もともとが、非常に能力の高い人々であり、彼等とジャングルで戦えば必ず死ぬことができるに違いなかった。


それは、豪州北部のジャングルでも同じだった。

彼等(原住民)の泣き所は、文明の利器が無かったことである。

しかし、今や大量の武器を手に入れていた。

たとえ、オーストラリア国が永らえても、彼等先住民ゲリラを掃討しつくすことは不可能になっていくだろう。


豪州の講和により、太平洋の勢力図に変更が生じた。

米国政府は、この講和を受けて、次のように考えていた。

我が国も講和を打診すれば可能ではないのか?

そもそもが、こちらが日本を追い込んだのである、それを解除してやれば講和に応じるのでないのか?

黄色い猿には、人類の鉄拳をくらわす必要はあるが、今はその時ではない。

オーストラリアのようにしたたかに、頭を下げる振りをすればよいのではないか。

少なくとも、空母が完成してくるのは、1943年以降である。

今しばし、時間が必要だ。

わが軍は、その間に、ドイツを叩きつぶし、万全の状態で、ハワイの奪回と日本殲滅を行ううべきである。


彼等(米国政府)には、理解できなかった。

勝っている途中でその手を止める馬鹿がいるなどとは。

やはり猿なのだ、毛が三本ほど足りないのだろう。

猿どもを2年後には駆逐してやる。


惻隠そくいんの情』も彼らには通じない。


こうして、米国は諸事情から、日本国政府に講和交渉を開始した。

外務省にそういう申し出が行なわれたのである。


またしても、赤レンガで会議が開かれた。

「あなたたちは、馬鹿なのか!」激昂した別の色の軍服を着た男が、机をたたいた。件の男である。

「無礼であろう!」この部屋には、男よりも上位の将官が複数いるのだ。

「時間稼ぎに決まっているでしょう、空母ができるまでの時間稼ぎです。そんなこともわからないのですか」

「しかし、相手が手を挙げているのだぞ」

「容赦なく切り捨てるべきです」


「陛下は講和を望まれている」

「はっ!直接、聞いてきてください。講和すると言っているのですか?命令したのですか」


「不敬であるぞ」

「増長が甚だしいぞ」軍令部総長、海軍大臣が声を挙げる。


「黙れ!愚か者どもが!貴様等こそ、すぐに切腹して死ね!」

「抗命罪で逮捕するぞ」

「だから、誰の命令で私を逮捕できるのだ、今辞めたら死んでいった兵士たちに顔向けができないと思わないのか!」男は、別に戦場で死んでいった兵士たちにそのような感情は持ち合わせていないが、そのような言葉は、上官たちの心をえぐる。


「陛下の命である、貴様を予備役に編入する」

そこに、百武侍従長が入ってきた。

明らかに謀られていたのである。


「愚か者どもめ、我を止めても、我の意思は止まらぬ。よく覚えておけ、世の中には触れてはならぬものがあるということを」件の中将は、どす黒いオーラを放射していた。それは、呪詛のように人々の心に刻まれれる。


その場の全員が、死を直感するぐらいの恐怖を味わった。

こうして咲夜玄兎中将は予備役に編入された。



そうすると、彼は退役した。

彼の個人的艦隊、連合艦隊第7艦隊は、旭日旗を降ろしたのである。

彼等のほとんどが、信者で構成されていた。

信者以外は、全てオアフ島で降ろされた。

第7艦隊は、真珠湾に居座りを続けるかと思われたが、本国へと帰っていったのだった。(本国とはこの場合、ロシア皇国のことになるようだ)


しかし、ハワイ島の建設部隊は、全く違った。

要塞化工事を勝手に続ける。

ハワイ島の使用権は、第7艦隊が握っていたのだ。

少なくとも契約文書ではそうなっていた。

それに、帝国兵が何かを言おうとするならば、機関銃が此方をうかがっていた。

信者は、教祖猊下を蔑ろにしたという帝国兵に憎しみを募らせていた。


全てが急激に歪んでいく。


急速に日米講和が進む。

つかの間の平和が太平洋に訪れたのである。

期間はかぎられていたのだが・・・。


日本国内では、第7艦隊は危険な存在という意見が大半であった。

解散か接収か、しかし、彼らはすでにロシア皇国太平洋艦隊の旗を掲げていた。

日本国内の企業群も、粗方、満州やロシアへの移動開始していた。。

こうなる事は充分予想されたことなのだろうか。移動の手際は異常に良かったのである。


海軍の実働部隊の将官たちは、憤激していた。

彼等の多くは、命を賭けて戦ってきたのだ。

相手の都合で戦争を開始し、相手の都合で戦争を辞めたのである。

恐らく、件の男でなくても、これは時間稼ぎであることは明らかだと考えていた。


「陛下の意思は絶対なれど、この度の講和だけはしてはならない。彼の物言いはああではあるが、大きく物事を見誤まるような人間ではない。直ちに現場に復帰させ、国家の為に働かせるべきである。彼は悪人だが、国家に献身垂らしむべきである」

正論の人、井上中将は、軍令部に正面切って論戦を挑む。


だが、誰も、受けて立つことができなかった。

それどころか、彼の抜けた穴のせいで大きな問題がたちまち発生しまくっていたのである。

あらゆる場所から、支払い請求書がやってくるようになっていた。

今迄は、軍の予算以上に支出していたのだから当たり前である。


欲しいものはポットマネーで勝っていたのである。

それが突如支払いが滞ったのである。


そして、物資不足が顕著になっていく。

大動脈である輸送船のほとんどが、あの男の系列企業のものであった。


こうして、1941年9月、日豪講和に続き、日米講和がなったのである。


期限2年程度の平和の安らぎを日本は手に入れたのであった。

米国はこの間全力で建艦し、大西洋では、ドイツを撃滅せねばならなかった。


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