第137話 喉元過ぎれば・・・

137 喉元過ぎれば・・・


日本と米国との講和。

日本としては、天皇の意をくみ取るこの行為だったが、日本のことしか考えていなかった。というか自分の意思だけしかなったのだ。


戦略レベルの国家の方針を、その個人的意思によって決定していることを誰もが指摘しない。

大日本帝国憲法では、『天皇は神聖にして犯すべからず』となっているため、誰もが手を出すことができないのである。指摘できないのである。


だが、その天皇が戦略を決定するわけではない。

大本営にも参加しているが、自分の意見を言うことはできないのだ。

臣下が奏上して、許可を与えるのが彼の仕事であった。


つまり、誰もが責任をとりもしない状態が発生していることを誰もが知っているが、修正することもできない状態であった。

今迄がそうなのだから私の時代には変更はしたくない。

そのような意思が働いていた。しかし、この日和見主義的な考えは、国家にとって破滅的な被害を与える可能性もっていた。

そして、そのような際には、誰もが責任を取ろうとしないことであろうも事実であった。


彼等は官僚と同じである。

命令は聞くが、自分には決定権がないのだという。

そして、決定権のある天皇には、意見を述べる機会がないという、なんとも恐ろしい政治形態をとっているからである。


日米講和は、日本人には支持されるかもしれないが、アジアには日本の力により、多くの国が独立を宣言していた。彼らは一体どうなるのだろうか。

特にハワイ王国は、危機感を強くもっていた。

必ず、米国が再度侵攻してくるは確実だと思われたからである。

しかも、米国兵を多く殺していたので物凄い報復が行なわれるに違いない。


日本の外務省には、独立諸国から、『我が国は今後どうしたらよいのか』という、疑問と批難が殺到した。

大東亜共栄圏が揺らいでいた。

無責任極まりない決定であったと言わざるを得ない。

しかし、外務省は、『そのような事を言われても』上の決定に従っているだけなのだ。

軍人たちも、統帥権をもっている人間に従っただけである。

統帥権者は、自分の心の意図を語っていたわけではない。

そもそも、発言しないのだ。

侍従などが、天皇の意思をくみ取って忖度する世界なのだ。


大昔から日本の貴族政治の根本は、君臨すれども統治せずを基本としてる。


そもそも、無責任の上に成り立っている政治形態であったのだ。

誰もが戦略眼を持たずに、その場その場で対処する場当たり的な政治なのである。

ノブレスオブリージュという精神は、日本の貴族には存在しない。

彼等は、権利をもっているが義務はないは持たないのだ。

その点が、西欧貴族との決定的な差である。


だが、その日本とてただでは済まなかった。

日満露蒙の経済ブロックから今急速に日本排除が始まっている。


国内には、日月神教の信者が数千万人も存在していたのだ。

『神の子、神の代理たる、猊下を予備役に編入するなどの暴挙は決して許されることではない!』

教祖という存在があの男とは別に存在していたが、彼は影武者というか偽物である。

口にこそ出さないが、信者は知っているのだ。


『天皇は現人神といわれているが、猊下こそ本当の現人神である。まったくもって不敬である』この国の宗教観から大きく変質した宗教観を信者たちはもっていた。


そして、国内に不穏な空気が充満していく。

さらに、その猊下が満州かロシアに閉じこもったのだ。

天の岩戸伝説のような話になった。

日本国内の太陽ではないが、景気は大打撃を受けたのである。


ハワイ王国が、PMC(民間軍事会社)と契約を結ぶ。

帝国の戦力は、あてにならず。

ハワイは、非常に危機感をもっている。

米軍を撃退できる兵力を、PMCに求めたのである。

そして、摂政として、予備役に編入され、退役した男を迎えると発表された。

彼は、ロシア皇国の高級貴族であり、海軍の長でもある。そのため、このような決定になったのである。

この契約により、真珠湾やハワイ島の工事に正当性が生まれる。

そうすると今度は、日本艦隊の排除が始まる。


その頃、ニューギニア島では、クーデターが発生し、ニューギニア軍事政権が発足する。

明らかに、PMCの息がかかった政権である。

この島には、帝国海兵隊も駐屯していたが、クーデターには参加せず、ともあれ反撃もしなかった。

彼等は、すでに十年以上も親交していたので、武器を向けなかったのである。

海兵隊は、平和裏に本国(日本)へと帰還していった。


ニューギニア島はすでに要塞化され始めてからかなりの時間が経過していた。

この島が、PMCの根拠地となれば、米国、あるいは日本軍が奪取するためには、大量の血を必要とすることは明らかだった。


さらには、旧第7艦隊旗下の潜水艦艦隊の基地も存在していた。

潜水艦が今も、太平洋上へ進出し、徘徊している。

米国からの豪州への輸送船への攻撃は継続していたのである。


米国側から講和条約に違反している旨の激しい抗議があったのだが、すでに、帝国海軍籍でないのだ。何ともならない。

そして、その首魁も予備役となり、今はハワイにいる。


オーストラリアからも日本に抗議が重ねられている。

ポートダーウィンは、今や反政府軍(というか先住民部隊)により占領されており、その支援を活発に行っている日本軍をなぜ取り締まらないのか!という内容だ。


だが、その先住民を扇動しているのは、日本軍ではなかったのだ。

PMCの特殊部隊が扇動し、物資も日本からの輸送船ではなく、ロシア、満州からのものであった。(満州もまた、独立国家への動きが加速していた。そもそも、傀儡とはいえ、独立国家を僭称していたが、関東軍が満州軍となり、日本からの独立を図る動きが顕著となっていた)


日本政府には、彼らを取り締まる権限もなければ力もなかった。

日本は、形式的に講和条約により、平時に戻っていたのだ。

そして、戦中も含めて、内地を攻撃されることは無かったので、人々はまったく戦争に無関心というか、平和ボケの状態になっていた。


講和条約の条件闘争の場では、国民とマスコミはいかにして米国から賠償金を捲き上げるのかという騒動があったが、米国は、1000万ドルの賠償金を対独戦争終結後に支払う旨の条文を書いたので、人々の意識は急速に戦争から離れていったのである。


井上中将などは、これは明らかに時間稼ぎで、再戦の際には、反故にされると、新聞紙上で語っていたが、人々は相手にしなかったのである。


国民は満足したのである。

世界に冠たる米国の太平洋艦隊を撃滅し、賠償金を確保したということで、プライドを大いに満足させたのである。


いかにも、日本的な生ぬるいあり方であった。

喉元過ぎれば熱さを忘れる国民性とでも言おうか。

飽きっぽいというか。なんというか。


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