第61話 偉業

061 偉業


シべリア出兵中の日本軍に凶報が飛び込んでくる。


帝国陸軍が、ソビエト共産党に拘束され行方不明であったロマノフ王家を保護したという物であった。そんなことが可能なのか!国民が驚愕した。



「なんだと!」

時の内閣総理大臣原敬は驚愕した。

まさか、そのような大物をソビエトが逃がすはずがないからである。

ロマノフ王家が健在となれば、各地でバラバラに戦っている白衛軍が結集する可能性がある。


ソビエトにすれば、一旦殺した相手が生き返ったようなものだ。

自分たちが、国家を簒奪したと訴えられる。

国民から見放された王家だから、革命は成功したが、脱出されれば、また元の木阿弥も良いところだった。そういう意味で、今回の事件は共産党の大失敗であった。


ウラジオストクにたどり着いた王家は、ソビエトに対して国土奪還戦争を開始するために臨時政府を結成し、各地の白軍に檄を飛ばしたのだ。


また、縁戚関係の英国に援助を依頼し、隣国日本にも協力を要請してきたというのである。

あわよくば、シベリア権益に食い込めるのでは、スケベ心をもっていた日本にとってはとても迷惑な話であった。(史実では、大量の金と兵士を失い、得るものもなく無様に失敗に終わった)


スターリンの共産党にも大打撃であったろう。

シベリアに集まり始めた各国軍は、皇帝帰還を歓迎した。


「彼らを救出したもの達が日本人であるらしいとはどういうことだ」

「それよりも、ロシア通の明石大将を台湾から呼び戻せ」

対ロシアのエキスパートとして活躍したが、スパイ蔑視の風潮が強く、左遷気味で台湾総督に就任していた、日本最高の防諜組織を作り上げた男が対応することになったのである。


この情報は、最近不調を託っていた明石を欣喜雀躍させ、勇躍ウラジオストクをめざさせることになった。


調査の結果、王家を救出した者たちが、やがて判明する。

民間軍事会社『八咫烏連隊』を名乗る兵士たちということが判明したのだ。


軍令部長室に緊急招集された私は、ドアをノックする。

「入れ」

そこには、軍令部長の島村が鋭い視線で待っていた。


「おい、咲夜、貴様は確か観戦武官で欧州を回っていたのではなかったか」

「はい、部長、その通りです」

「ロシアにはいったか?」

「いいえ」

「八咫烏連隊というのは知っているか」

「はい、実家は、色々な事業を行っているのですが、田畑を必ず豊作にしてくれるというありがたい神様なので、人々が入っていると聞いております、我が家もその宗教です」


「それは、日月神教とかいう新興宗教だろうが」

「はい、その通りです。まったく無害な宗教です」

「それで?」

「八咫烏連隊とは、その宗教における、教祖を守るための兵士たちだときいたことがございます」

「お前は、関係ないのか」

「勿論です、私の実家が多少信心している程度でして、私は全く関係ございません」


嘘も方便というが、ここまで白を切るものはいないだろう。

うそ発見器にかけても反応しないであろうくらいには、本当の嘘なのだ。


「では、その八咫烏がなぜ、ロマノフ家を救出した」

「さあ、なぜでしょうか、教祖様にでも聞かなければわからないと思われます」自分が教祖なのだが、対外的にはそう名乗っていない。


「貴様、聞いてきてくれんか」

「わかりました、親が知り合いだとおもわれますので、交渉してきてよいでしょうか」

「すぐに行け」

「は!」

真っ赤な嘘を然も知らない風に語る男だった。


・・・・・・・・


「父が教祖様にお聞きしたところ、こういわれたそうです。古来より、八咫烏様は、神の使命を帯びて、人々に行き先をお示しになる。ロシアの方々も導かれたのであろうとのことだったようです」


どうやら神武東征についての話で切り返してきたようだった。

「ウラジオストクに臨時政府が設立され、日本も、ロシア復興というか、反共の戦いを展開するために、協調路線をとることに閣議で決まったようだ。貴様はただいまから、公使館附将校としてウラジオストク公使館に行け。明石大将の手伝いをして来い」

「は!」

真赤な嘘を飲み込んで、判断を下さねばならない島村部長の胸中はいかばかりか。


こうして、私は、謎の集団のお蔭で、ロシア臨時政府(旧ロシア帝国)との交渉をする、大日本帝国臨時公使館(ウラジオストクに急遽作られた)で働くよう命令された。

明らかに、機関の謀略の臭いがする。

自分のしたことすらすぐに忘れる百舌鳥並みの記憶力と表現すればいいのだろうか。


私は、軍令部に別れをつげ、新潟を目指す。そこから船でウラジオストクに渡らなければならないからだ。


だが、着任初日から、行使明石大将から呼び出しを受ける。

「君が、海軍の咲夜大尉か」

「は、明石行使そうであります」

「早速だが、君に王族に会いに行ってほしい」


「わかりました」こちらも支払いの確認をしたいと考えていたので丁度よかった。

「君は一体何をしたのかね」

「なんのことでしょうか」

「隠さんでもよい。君が事件の首謀者ということは、聞いている」明石は諜報のプロである。


この救出劇を画策し、支払いが確約された時点で、面倒になり、シベリア出兵してきた陸軍に引き渡しことを言っているのだろうか。


だが、この王家が、この極東で生き残ることには大きな意味がある。

そもそも、王家に反発して革命は成功したのだが、今後、そのつけは飢饉や大粛清という形で民に回ってくる。

それに、王家の軍が、ソビエトと闘うことは、直接、脅威を受ける日本にとっては願ってもない防壁となる。所謂緩衝地帯を手にしたも同じことである。


それに、新ロシアに満州の実権を認めさせ、国際社会に宣伝し、朝鮮半島の利権を確定させ、ウラジオストクまでの陸路部分の実権をも承認させることに成功しているのだ。

明石、嫌日本政府の皆の心のうちでは、恨みごとの一つもあろうが、今はそれどころではないはずだった。もっと、大局を見てほしいものだ。


史実の満州は、日本海を見ることはできなかったが、この世界では、満州は、朝鮮半島を包み込みウラジオストクまで日本海に広がっているのである。

実は、朝鮮半島の一部がすでにロシアに占領されていたりしたのだ。


そして、このことにより、千島樺太すら日本の領土であることが確定するのだ。

まさに偉業と呼ぶにふさわしい大戦果なのである。


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