第127話 ヒュッケバイン

127 ヒュッケバイン


空母ホーネットはB25を発艦させるため、風上へ向かって全力で疾走していた。

本来艦載機でない陸軍の爆撃機を発艦させるというのが今回の作戦の肝である。

爆撃機はあらゆる不用品をはずして軽量化を図っているのだ。


なんとかそれらは発艦していく。

艦長は、なんとか飛び立ったそれらを見上げてほっと一息ついた。


その瞬間に、隣を並走していた駆逐艦が大爆発を起こしたのだ!

爆発音とその衝撃波が艦橋の窓を叩く。


「なんだ!どうした!」

その時、ホーネットも激しい衝撃に見舞われる。

魚雷攻撃!

艦長は何とか、自分を支えたが、副長が倒れていた。

「被害報告、ダメコン急げ!」

額から血を流しながらも副長が立ち上がる。

艦船のダメコンは副長が指揮を執るのだ。


「スクリューがやられました」

「対潜哨戒を徹底させろ!」

「機関室に進水発生」

「閉鎖しろ」


艦橋ではあらゆる命令が飛び交っている。

まだ、夜明けまで時間がある。

酸素魚雷の航跡を発見するのはほぼ絶望的だ。

しかも、第一射の方向ははっきりしない。


それでも、駆逐艦が全速力で其れらしき方向へと向かう。

彼等が近づけば、攻撃を諦めるからである。


空母ヨークタウンに座上するフレッチャー中将はまさに苦虫を嚙み潰したような表情で、パイプを加えていた。

言わんこっちゃない。

ホーネットはスクリュー1本が無力化され、浸水が発生していた。

最大速力が20Knまで後退しているという。

「クソ!駆逐艦に対潜哨戒させろ、早く!」

潜水艦がいるということは、自軍の位置を知られたということである。

早く逃走を開始しないと大変な事態に陥る。


第13任務部隊の全艦が東に向かって回頭を開始する。

一刻も早く西海岸に向かわねばならないからだ。


駆逐艦がソナーから探針音を発している。


件の潜水艦は、魚雷発射後急速潜航しており、海水の温度差域へと逃げ込んでいる。

この温度境界に入ると、発見されにくいということは、教祖から指導されていた。

まんまと探針音は遠ざかっていく。


「ダミー魚雷発射用意」

艦長はまだヤル気だった。

教祖猊下の為に命を賭けるつもりはあった。

しかし、教祖の命を無駄にしてはならないである。

『最期の最後まで粘り切ってそれでも生きて帰るのだ』という教えを実践するのみである。


ダミー魚雷は、発射されると、1Kmも進みそこで空気を噴出して、そこにいることを相手に知らせるのである。



「何かいます!」甲板見張り員が何かを発見したのだ。

「船首を向けろ爆雷攻撃準備!」

駆逐艦が艦首を向け驀進する。

多くの艦がその動きに幻惑された。


潜水艦の聴音手はそれを聴きながら、「敵変針していきます、デコイ成功です」

「よし、魚雷発射深度まで浮上、全門テスラ弾装填」


「発射後は、最大船速で潜航するぞ」

「は!」


艦内はじっとりと汗ばむような空気の中で、緊張と興奮が交錯していた。



これでは作戦は失敗だな、フレッチャーはそうは言わなかったが、内心ではそう確信していた。駆逐艦が殺到して爆雷攻撃を行っている。


「早く仕留めろ、こちらは早くサンフランシスコにたどり着かねばならんのだぞ!」

空母ヨークタウンもワスプも最大船速で逃げ始めたのである。


陸軍航空隊は爆撃後、ミッドウェー島の南西700kmの地点で機を放棄し、海面へとパラシュート降下する予定であり、その地点には、米国潜水艦数隻が派遣されている。



「敵空母に船首を向けろ!」

「了解」

潜望鏡を望かなくても、テ式魚雷は、スクリュー音に向かって推進する機構が備わっている。

空母のスクリュー音の方向に向かって放てば当たる可能性が高い。


「全弾発射」

「1番から6番発射」

全てのスイッチが入れられる。


圧縮空気に押し出される魚雷、その後自ら航走を開始して海の彼方へと猛進していくのだった。

「急速潜航!」

「急速潜航」

もはや彼らの任務はすべて完了している、後は逃げ切るのみであった。


爆雷の音でまたしても発射音は探知されなかった。

相手も、まさか潜望鏡も見ないで魚雷を発射しているなどとはありえないことである。

必至で暗い海面を見つめていたが、それらしきものはまったくなかったのだ。


今度は、ワスプで水柱が発生した。

事態は最悪に向かって直進しているかのようだった。


「ワスプ、魚雷攻撃でスクリューが破壊された模様」

「馬鹿な!」

「駆逐隊は一体なにをしている!」


そもそも、連れてきている駆逐艦は10隻程度なのだ。

隠密作戦でもあり、給油の問題もある。

最小限に絞っていた。


さらに言えば、開戦からこれまで日本潜水艦は数隻しか撃沈されていない。

なかなか、思い通りの結果を出せていなかったのである。


一方で自軍の潜水艦は徹底的に狩られている状況であり、すでに壊滅寸前の状況であった。

夜に、空気を入れ替えている状況で襲われていたことが、後に分析ではっきりしてくる。

だが、この時点では不明だった。



「緊急!ポイントデルタから敵爆撃機が発進した模様。緊急!ポイントデルタから敵爆撃機が発進した模様。迎撃準備、迎撃準備」

ミッドウェー島の航空基地地下待機壕でスピーカーが甲高い声で叫んでいた。

ポイントデルタはミッドウェー島の南1000kmに設定された地点の一つである。

「後2時間もあるのだがな」

「まあ、わからないよりもだいぶんマシです」


「そうだな」

「我々の初仕事だ、皆、あまり無理せぬように」

「は!」

隊員3名が答える。


暗号コード『ヒュッケバイン』

ハインケル社が開発したジェット戦闘機に大幅な改良を加えた戦闘機がハンガーから引っ張り出されてくる。

知っている人間であれば、明らかに某国の戦闘機のパクリであろうと直感させる姿だった。

某国の戦闘機ミグ21とそっくりの外見であった。

ジェット戦闘機の原初の姿はミグ21顔をしていたのであった。



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