第152話 大戦果
152 大戦果
「敵機!直上!」見張り員が絶叫を放つ。空母天城の甲板で其れは起こったのである。
雲の中から突如現れた敵の急降下爆撃機が、一直線で降ってくる。
怖しいほどのエンジン音を響かせて、落ちてくる。
そして、その先には爆弾を搭載するために順番待ちする航空機が、みっちりと並んでいたのである。
ギリギリの瞬間に投弾して体勢をもち直そうとする爆撃機、命中弾を貰った飛行甲板では大爆発が発生した。それは船体を覆い隠すほどの規模である。
最も危ないタイミングで最も悪い状況が発生したのである。
次々と爆弾が誘爆し、艦載機の燃料にも引火していく。瞬く間に飛行甲板が火の海に包まれる。
虚を突かれた彼等がようやく対空機銃を撃ち始める。
もともとは、警戒用のレーダーが備わっていたのだが、整備不良で動いていなかった。
しかし、ある男が異常に執着したため、対空機銃の数は相当多かった。
多数の火砲が猛烈に火を噴き始める。
たちまち、数機の爆撃機が火を噴いて墜落していくが、次々と雲の中から編隊が出現する。
バンバンバンドドドドド!機銃と機関砲が空を薙ぎ払う。曳光弾が空を駆け抜けていく。
しかし、敵の爆撃機は勇猛果敢にも降下してくる。
空母が全速力で回避を開始する。
「投棄せよ!」
「撃て撃て!」
あらゆる命令が錯綜していた。
その中で爆弾だけが冷酷に、甲板を狙っていた。
赤城の甲板で直撃弾が大爆発を起こす。
「何ということだ!」炎に包まれる味方空母を見て、栗田は絶句した。
そして、栗田の座上艦『翔鶴』にもヘルダイバーが急降下を敢行していた。
ボフォース40mm機関砲がたちまちに敵を撃墜する。
ヘルダイバーは角度を変えて海中に落下する。
「甲板上の器材を全部海上へ投棄!全速力で逃げるぞ!」
逃げる栗田の速度は一級品だった。
翔鶴が急速に回頭を始める。
甲板上から次々と航空機が突き落とされる。
「早く、打撃艦隊に援軍を要請しろ!」
「すでに、打電しています」
「何としても、逃げ切れ!」
既に、天城、赤城、蒼龍が大火災を発生させて、誘爆を起こしていた。
これらの艦が速度を上げれば火災がさらにひどくなる。
しかし、栗田はそのような事を考えてはいない。
自分が生き残る事のみを考えていた。
炎上中の空母は、逃げることはできないが、敵を引き付けてくれればよい。
「もっと弾幕を張れ!そのための機関砲だろうが!」
俄然、いきり立って命じる栗田。
随伴艦にも嫌というほど機銃が載せられていた。
次々と火を噴く敵航空機。
猛烈な弾幕が展開された。
「もっともっとだ、いいぞ!」
栗田が叫ぶ。
だが、好事魔多し。
突然砲火が弱まる。
「誰が、止めろと言っているのだ」
「弾切れです!」無情な声が響き渡る。
嘗て、帝国海軍には弾切れなどという概念はなかった。
常に豊富な弾薬を搭載していたのだ。
しかし、金の切れ目が縁の切れ目なのか!
通常の大日本帝国には、それほどの弾薬を常備できる財力はなかったのである。
攻撃が弱まったと見たヘルダイバーがまたしても急降下を開始する。
それも、次々と。
「クソ!なんだ、この馬鹿野郎!」
栗田の悪態が轟く。
どうして、「閣下の御んために粉骨砕身働きます」とあの時言わなかったのだ!
その言葉は自分を罵っていたのである。
「もう駄目だ!」
栗田が叫んだ。
提督がここまで自らをさらけ出すことは、前代未聞だった。
雲間に突然炎の帯が走る。
周囲一帯あらゆるものを焼き尽くす炎。
それは、サ式砲弾の射撃によるものである。
空が赤く染まる。
雲まで焼き尽くす。
大和・武蔵が放ったサ式砲弾が空を燃え上がらせた。
爆炎とその衝撃波で周囲一帯の航空機全てが破壊される。
物凄い破壊力である。
そのサ式砲弾は、かつて第7艦隊在りし日の残弾であった。
46㎝砲はテスラ級戦艦でも使われていた砲であり、その砲弾が大和・武蔵にも回ってきていた。その残りが栗田機動部隊を救ったのである。
そのサ式砲弾ももはや、残り僅かであったが。
「
「しかし、本来餞とは去る側がもらうものだが、まあ、栗田しっかりやれ」
予備役に編入され、去っていく男の後ろ姿が、夕陽に映えていた。
ようやく、栗田提督は救われた。
そして、翔鶴、瑞鶴、飛龍が生き残った。
天城、赤城、蒼龍はまもなく爆沈したのである。
打撃艦隊は、機動部隊の惨状を見て、おとなしく本土に帰還することにしたのである。
世に言うDH作戦は見事に失敗に終わったのである。
しかし、本土では、ダッチハーバー基地を完全に壊滅、本土の危機は救われたと大戦果が報じられたのである。
スプルーアンスは、敵空母3隻を撃沈、その他随伴艦多数を撃沈、大破させ、作戦は見事に成功させて、意気揚々とサンフランシスコへと帰ることにしたのである。
敵空母の撃沈は開戦以来初の出来事として、歴史に刻まれるであろう。
正に、大戦果である。開戦史上初の快挙である。
幸いにして、ダッチハーバー基地への攻撃も地下部分について、ほぼ無傷であった。
すぐに、滑走路を修復し戦線に復帰できるであろうとのことであった。
「よし、これからが我が合衆国の力を示す時だ」
スプルーアンスも司令部員たちも、そう考えていた。
本当の敵第7艦隊は常に、連合艦隊を隠れ蓑にしていたため、あまり知られていない。
彼等にしてみれば、連合艦隊こそが、主敵であった。
そのように、勘違いがなされていたのである。
それが、太陽と月の関係でもあったのだ。
その月が、ルナティック(狂気)として暴れ始めているなど、彼らは知らなかったのだ。
・・・・・・・・・・
「テスラ式酸素魚雷発射準備!」
ルナシスト(月読教徒)の潜水艦イ4139号(太平洋同盟海軍所属)は、サンフランシスコ、アマクナック島(ダッチハーバー基地のある島)間に網を張っていた潜水艦の一隻である。
「発射準備よ~し」
「発射」
潜望鏡による観測の必要がないテ式酸素魚雷6発が発射される。
「次弾装填急げ!」
「装填完了」少し時間をおいて、第2段の装填が完了する。
「発射!」
帝国の酸素魚雷自身はロングランスと呼ばれ恐れられた。
何と10Kmも航走するのである。
その頃の米英の魚雷は長くとも4Kmほどの距離である。
イ4139は、敵機動部隊のスクリュー音を探知して、適当な進行方面に魚雷を遠距離から発射する簡単仕事である。
辺りは昼であった。
しかし、酸素魚雷は航走の後を発見しづらいのだ。
そして、遠距離からの魚雷などそう簡単にあたるはずもないのだ。
何もない方向に向かう魚雷、しかし突然、彼らは方向を変える。
まるで、獲物を見つけた野生動物のように、進行方向を曲げたのである。
それがテスラ式酸素魚雷の恐ろしさである。
獲物を見つけた鮫のように、敵艦隊に向けて突進していく魚雷たち。
アリューシャンの海は黒に近い青である、陽光を反射しても暗さは残っていた。
水面に鮫が潜んでいるなどと誰もが考えていなかった。
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