第163話 赫赫たる戦果

163 赫赫たる戦果


空中退避を行い戦闘の帰趨をうかがっていた攻撃部隊に、非情にも攻撃命令が下る。

護衛に残っているのは、10数機の戦闘機ばかりであり、攻撃をかけるとなったら、大きな被害がでることは間違いない、しかしこのままでは、いずれジリ貧である。


攻撃機隊、爆撃機隊は、決死の覚悟を決めて、敵艦隊上空へと遷移を開始する。


嘗ての第7艦隊の特徴は防空装備の充実である。

当初からハリネズミのように防空装備が積まれている。

対空砲弾が空に花を咲かせ始めると、当たり一面が爆炎に包まれる。

3式弾と呼ばれる対空砲弾が、5インチ砲から次々と発射される。

複数の燃える弾子が飛び散り、辺りのものを貫いていく。


小型のサ式砲弾(燃料気化爆弾)が、周囲に火球を生み出す。

まさに、火の玉が突然出現する様は、下から見えれば美しいが、眼の間に生じれば、失禁しそうな恐怖が襲ってくる。


瞬く間に数機が炎に包まれて墜落していく。

まさに、運が悪ければ自分もそうなったであろう。


そして後方からは、敵の戦闘機が食らいつくように襲ってくる。

「圧倒的に有利だったはず」心の中で数十分前に考えていたことが嘘のようだった。


それでも、数で数百の攻撃部隊が低高度(艦攻)と高高度(艦爆)に分かれれば、敵戦闘機の数にも限度があり、空母の頭上に到達できる艦爆がいた。


そして、それが元米空母であることが判明する。

とてもショックな光景だ、しかも無数の火箭が自分に向かって飛んでくる、火花の滝の中のような世界であった。現実かと疑わずにはいられないが、時間は少ない。

高速のダイブを開始する。


砲弾の破片が胴体に当たってくる。そして銃弾が翼を貫通する。身も縮むような嫌な音があちこちで起こる。


もはや猶予はない。

「おら~~~」

まさに恐れを知らない勇者(ドーントレス)がエンタープライズの甲板を捕らえたことを確信させる。


もはや機銃も追いつかない。

キュ~~ンという効果音と共に、必殺の間合いに入る。

「貰った~~~!」投下索を引くだけだった。

しかしその時、何かが光った。

「ウワ!」

目の前が真っ赤に染まり、パイロットは視界を完全に奪われる。

「見えない!」

操縦桿の手に入らぬ力が入る。

そして、投弾することもできず、よろけた爆撃機は、海面に体当たりした。


パイロットは必殺の間合いに入りながらも、好機を逃し海面に激突して果てたのである。

実はそのようなシーンが随所で発生していた。


それでも、急降下爆撃は、操縦桿さえ動かさねば、甲板に自らぶち当たり、空母に大きなダメージを与えたのである。

2隻の空母の甲板に、体当たりが行なわれ火災が発生していた。


一方の艦攻隊はどうであったのか。


此方は非常に不幸だった。

魚雷を投下する場合は、低高度で侵入する必要があったが、喫水線付近は、機銃がまさに狂ったように発射されていた。

しかも何か、猛烈な勢いで、速射可能な装置が片っ端から友軍機を撃破していく。

避難することもできず次々に海へと落とされていた。機関銃よりもはるかに危険な樽のようなものが、こちらを見据えていた。


それでも、水面をすべるように滑空するアベンジャー攻撃機隊。

海面すれすれでないと機銃の餌食になるため、まさにすれすれを飛んでいく。

波をかぶりそうな高度である。


そして、魚雷投下の瞬間にそれが襲う。

真赤な光がパイロットたちの視界を奪う。

その光撃が手元を狂わせると、瞬く間に水面に激突して機体が破壊される。


・・・・・・・・・・・・・・・


スプルーアンスは空戦の経過を無線で聞いていた。

次々と味方機との交信が途切れていく。

「何かが赤く光った」謎のワードが飛び出したりして非常に苦戦している。

ここを踏ん張れば必ずこちらが有利になるそう信じていた。

「敵空母に友軍機が体当たりした!」

「空母は炎上、中破確実」

ウォオ~~~。歓声が起こる。

しかし、今、確かに体当たりといった。

何故、体当たりなどするのか!米海軍航空隊では、そのような戦闘方法は教えていない。

「魚雷命中!」

ウォオ~~~。

やはり、次々と戦果が届き始める。

これで何とかなる!


だが、現場ではすでに一方的な虐殺が始まっていた。

ついに、戦闘機部隊の大半が撃墜されていた、さらには強力な火砲が彼らを襲う。

敵艦隊の対空砲火は濃密極まりなく、穴が無かった。

攻撃を試みた機はそのことごとくが、穴をあけられていく。

零戦などよりはるかに強靱な機体ではあったが、所詮は航空機、精密機械には厳しい世界である。


敵戦闘機の腕前はこちらをしのぎ、戦闘機自体の性能も互角かそれ以上であることは明らかだった。

強力なエンジンを積んだ戦闘機は、急速な上昇と下降を繰り返し、友軍機を引き離していった。そして、別の敵機が此方の後方に上手く回り込んでいた。

既に数で下回り始めた彼らは崩壊への道をひた走っていた。


また攻撃隊による攻撃も多少は成果を上げた、甲板上に数発の爆弾が命中し、魚雷も数発命中していた。しかし、米国製の空母であったものがそのような攻撃で戦闘不能になることはなかったのである。


「全軍撤退せよ」ついに戦闘機部隊の隊長が決断する、これ以上の攻撃はいたずらに見方を損耗させるだけである。しかし、この執拗な追撃からどれだけの機が帰ることが出来るだろうか。益々、勢いに乗る紫電改部隊が、今も激しく機銃を発射している。


撤退信号の照明弾が空しく宙に舞う。

どれだけの仲間たちが宙に散ったか、どれだけの味方が海に浮かんでいるのか、彼らは一体どうなるのか。

想像するだけでも、涙があふれてくる。

救援できるかといえば、絶望的と言わざるを得ない。

敵艦隊は、ほぼ無傷で生き残っていたからである。





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