第117話 一角獣

117 一角獣


嫌な予感であればハルゼーの方が遥かに感じていた。

弱気をみせないために怒鳴っていたが、明らかに敵の動きはおかしい。

2度目の魚雷攻撃から敵は攻撃をしてこない。


しかもこちら側が撃沈できたような浮遊物はない。

本当は、レキシントンを乗員ごと撃沈して逃げたいところであった。

だが、それは不可能である。

そして、今艦載機を受け入れている。

戦闘機は甲板には下りず直掩警戒に入っている。

手持ちの爆撃機にも機銃弾を装填して発艦させる準備をしている。

戦闘機の代わりに使おうというのである。


レキシントンから攻撃機が発艦したが、やはり風力が足りずに水面に衝突した。

それでも6機が空に飛び立った。

「退艦を急がせろ、早くここを離れるんだ!」


だがその願いは打ち砕かれた。

「レーダーに敵機の反応あり」

「ガッデム!」


直ちに上空の直掩戦闘機は、その方角に向かう。

しかし、レーダーに反応する敵の数は異常であった。

オシロスコープの山が振り切れていたのだ。


戦闘機と爆撃機が迎撃に向かうその数は約40であった。

その数は、第7艦隊の巨大空母1隻分の戦闘機搭載数程度しかない。


赤い戦闘機が急速に降下を開始すれば黒い戦闘機もそれに絡み合うように効果をしていく。

僚機がそれに続く、まさかここにきてこのような行為を行うとは思ってもいなかったのである。


「隊長、軍機違反です」

「リーダー了解!」

了解しながらも急速な降下はやめてはいない。

F4Fの真上から落下するような一撃であった。

たちまち、20mm機関砲がその翼に大穴を開けて火を噴かす。

2機は回転しながら、且つ背中を合わせながらそれをやってのけた。


曲芸飛行である。

無数にも見える戦闘機編隊が、40機に襲いかかる。

イワシの群れを一飲みにするシャチのようなものであった。


赤と黒の紫電改は海面すれすれを空母に向かっている。

その角度は、対空砲を撃てない角度である。

エリコン20mm機銃が弾を撃ちだすが、戦闘機はふわりと横滑りをしてかわしていく。

そして、5インチロケット弾6発を一斉に発射して、甲板上をすり抜けていく。

エンタープライズの舷側機銃群が派手に爆発して飛び散る。

彼等は、ヘルメットしか防御装置をもっていないので、即死である。


彼等に続く僚機6機も同様にロケット弾を発射した。

艦橋を狙った射撃もあり、それが艦橋を大爆発させる。


それにしても、凄まじい技量であった。

艦橋は大惨事になっていた。

指揮所にいたハルゼーは、右腕を吹き飛ばされ、体を計器盤にぶつけて意識不明になっていた。


激しい対空砲火と回避運動を行っている重巡洋艦や駆逐艦に、見事に雷撃が突き刺さる。

たちまち大火災が発生して行き足を止めさせられる。


それでも対空砲を打ち上げる重巡洋艦に容赦ない急降下爆撃が敢行されて、対空砲座が吹き飛ばされる。


明らかに、攻撃は手を抜いて行われていた。

空には、何もせず悠々と飛び交う敵機が無数にいた。


彼等は、無惨に破壊された艦船を見下ろして飛んでいた。

もはや、放火はやんでいた。

撃てば、爆撃されるからだ。

全ての艦が手負いの状態で速度は皆落ちていた。

とても逃げ切れるものではなかった。


昼過ぎについに戦艦が現れた。

途方もない戦艦である。

発光信号で停止するように命令されていた。

主砲が此方に照準している状態である。


猛将ハルゼーであれば決して降伏などしなかったであろう。

その意味で彼らは幸せだった。彼は重傷で意識不明であった。


「米国兵の諸君!私は、帝国第7艦隊司令官の咲夜である。」余裕をぶっこいた挨拶であり、どこか懐かしさを感じる。


「勇戦むなしく君たちは、投降するしかない状態だ。今すぐ武器を捨てなさい。空母を引き渡せば君たちの命だけは保証しよう。駆逐艦2隻にすべての乗員が退避しなさい。今更、抵抗は無駄だ。全員が海の藻屑になりたいというならば、武士の情けで介錯してやろう」

恐らく介錯の意味は伝わってはいない。


多くの将官たちが戦死もしくは負傷で、先任はレキシントン艦長シャーマン大佐である。

彼は、航空機を発艦させるため苦労していたため見逃されたのである。

「艦長、徹底抗戦です、空母を引き渡すなど決して許されない!」参謀が涙を浮かべて抗議する。

「だが、お前達を失う訳にはいかないだろう」シャーマン大佐も涙を流す。

米国では兵の命は日本のように軽くないのである。

戦死者が出れば死体を探し、行方不明者が出れば発見するまで探す。

彼等は、死体を墓に埋める必要があるため、しっかりと探す。


日本の場合は、とても軽くそのまま死んだことになる。


しかし、今回に限ってはそうではなかった。

シャーマン大佐は自分が死にたくなかったのである。

兵士の命よりも自分が大事だった。


「艦長!」全員が泣いていた。


こうして、駆逐艦2隻にこぼれんばかりに兵士たちが乗りこまされる。

重巡2隻(インディアナポリス、アストリア)と空母2隻(エンタープライズ、レキシントン)が鹵獲された。

重巡2隻はかなりのダメージを受けて居たが、第7艦隊の艦船がえい航していく。

エンタープライズは自力走行、レキシントンはえい航されていく。


開戦2日目にして米国太平洋艦隊は、大打撃を受けることに成ってしまったのである。


遠ざかる駆逐艦を眺めながら、長大和級戦艦ニコラ・テスラ艦橋では、不穏な会話が交わされていた。

「猊下、このまま見逃してもよいのですか」

「そうだな、このまま撃沈してやりたいところだが、流石に衆人環視の元で、奴等を殺すことはできん、連合艦隊の奴等が見ているのだぞ」

「そうですが、潜水艦にやらせれば問題ないかと」

「フフフ、そうだな。だが、今回はやめておけ。彼らはこの大戦艦の話を国でしてくれるに違いない。我々は航空優勢を維持するために、戦艦を見せつけに来たのだからな」


それにしても、奇妙な戦艦であった。

船首には、人間を百人は串刺しにできそうな角が生えているのである。

流石に戦艦は浪漫などとほざいているが、まさかの衝角まで備えているなど、時代錯誤も甚だしいのである。


戦死したキンメル大将が夢で見た、一角獣、可能性の獣ではなく。

一角戦艦、しかし米兵はそんなものを見ている余裕などなかったのである。


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