第116話 逃走

116 逃走


夜間に米国空母2部隊は合流し、とにかくほっとしていた。

戦場で仲間に合流できればほっとするのも仕方がない。

オアフ島からは、断片情報しか発信されていない。


司令部は一体何をしている!ハルゼーの怒りは頂点に達していた。

地下に入る前に直撃したため司令部の多くの者が犠牲になっていた。

実質司令部は壊滅していたのである。


そんな感情とは裏腹に、合流した混乱をついて、海に潜むもの達が攻撃を仕掛ける。

2隻の潜水艦が6発ずつの酸素魚雷を発射したのである。

その発射自体を発見することは不可能であり、しかも、航跡も発見できなかった。


一発が駆逐艦を直撃した。

激しい爆発と水柱が巻き起こり、駆逐艦は翻弄され、次の瞬間には回転しながら沈んでいく。


生き残った艦は、運がよかったに過ぎない。

直ちに、他の艦が潜水艦を探し始めるが発見できなかった。


「早くこの海域から脱出せよ、潜水艦だ、ついてはこれんはずだ!」

全艦は逃走を開始する。

この当時の潜水艦は潜航中の速度は4,5ノットしか出ない。

少なくとも米国の潜水艦はそうであった。

浮上すれば砲撃戦で始末できる。

だから潜水艦は戦闘艦相手には浮上しないのである。


あくまでも常識ではそのようになっていた。

敵艦隊のスクリューの出す音を聞きながら、潜水艦は尾行を続けるのであった。

敵艦隊はジグザク走行であったので、距離を稼げない。

そして、この潜水艦は、水中20ノットを出すことができる。

エンジンの性能とシュノーケル、電池、そして何より船体のデザインが水中での速度上げている。


かつての日本軍の潜水艦のように無駄に音も出さなかった。

数時間も航行すれば振り切れるはずだったが、まだ真後ろにしっかりついていた。


「くそ野郎め!」ハルゼーが口汚くののしった。

何とか振り切れたのである。

しかし、撃沈された駆逐艦の乗員救助などをしている間もなかった。


彼等は、オアフ島の北東を航行してサンフランシスコを目指していた。

ジグザク走行を止めて巡行速度で航走を始める。


だが、それは攻撃の再開を意味していたのだ。

またしても12発の魚雷が真後ろから発射される。


運の悪いことに空母レキシントンの後部にまさに魚雷が直撃してしまったのだ。

スクリューと舵が破壊される最悪の展開が発生してしまった。

ニュートン少将は、その攻撃で計器盤にたたきつけられて重傷を負ってしまう。


何が最悪かといっても、艦載機がレキシントンに積まれていたことである。

戦力の艦載機のほとんどが、レキシントンに乗っている。


レキシントンの速度は10ノットまで下がり、まっすぐ走ることも難しい状態である。

早くも、ハルゼーは究極の選択を迫られることになる。

レキシントンを撃沈処分するか、苦難を承知で、えい航するかである。


それにしても、まずは、レキシントンの航空機をエンタープライズに載せねば、自分の防衛も危ない状況であった。

エンタープライズには、ドーントレスが18機しか載っていないのだ。


駆逐艦が気が狂ったように爆雷をばら撒いている。

水中が沸騰するように弾けている。


それにしても、もしそれをしようとすれば夜明けまで待たねばならないのだ。

敵空母群がいるかもしれないこの海域でだ。


ハルゼーは知らない。真珠湾が艦砲射撃で壊滅させられたことを。

彼等は、連合艦隊に近づいていたのである。

そして、今やその敵艦隊は急速に、彼らに向かって驀進している。

彼等の居場所は、潜水艦から通信が発せられているからである。


まだ夜明けまで幾ばくかの時間がある状態であったが、何とか走りながらレキシントンの甲板から戦闘機が飛び立ち始める。

そのために、レキシントンの乗員は最大限の努力を費やしている。

合成風力を得るために風上に向かって必死に操船しているのである。

それでも、爆撃機までしか飛べそうになかった。


攻撃機は重いため、風力が必要になるのだが、とても無理そうだったのだ。

重傷のニュートン少将はすでにエンタープライズに移されている。

艦長のシャーマン大佐は必死で操船していたのである。

そして、彼の直感が何か嫌な感じをかぎ取っていた。


その頃には、連合艦隊から発進した水偵がこの艦隊をレーダーで発見していた。

既に、艦載用のレーダーが実現していたのだ。

アラミド繊維もそうだが、このレーダー小型化の実現の影にトランジスタの発明があった。

突然、ニコラ・テスラが発明するのである。

それは本当に突然である。


一瞬硬直した彼の眼が白目を剥く。

そして、若干痙攣している。その様は、感電しているようにも見える。

痙攣が解けて、その白目が元に戻ると、発明していたのである。

神の子を自称する男も、この奇跡?には恐怖を感じたらしい。


それは本当に発明なのだろうか?

疑問は尽きないのであった。


だが、それらは必要なものであったので敢えて何も言わなかったが。

勿論、男もそれらは知っていたが、作り方自体は全くわからなかったのだ。


そしてレーダーは真空管からトランジスタに置き換わることで劇的に小型化したのである。


連合艦隊の第7艦隊旗下の巨大空母から真っ赤な戦闘機が飛翔していく。

その隣の空母からは真っ黒の戦闘機が駆け上がっていく。

JG71(空母玉兎搭載)、JG72(空母玄兎搭載)の戦闘機隊である。


その他の空母でもそれに少し遅れて発艦作業が始まった。

敵空母を完全に抹殺する任務を帯びて。


水平線にはついに陽が揺らめいて登ろうとしていた。

美しい達磨朝陽が揺らめいている。

この瞬間だけは、美しいと思える情景だった。



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