第55話 撃墜王、撃墜さる。

055 撃墜王、撃墜さる。


切り飛ばされた頭の中から、トビウオが出てくる。

トテトテと歩いて、逃げようとする。

男は素早くそれを捕まえて、何かの牙を埋め込み呪文を唱える。

何故、自分がそのような事をするのかは、わからないが、これが転生者の性質なのかもしれない。


転生者は、このようなことを半自動的に行えるようになるのかもしれない。

何故、どこからなどと気にすることはない。

その牙は、アイテムボックスに偶々入っていたのだ。


トビウオは、輝いて消えていく。

異世界へと帰っていったに違いない。


天界からこの男の所業を見て笑っている連中も、この動きは見落としていた。

トビウオ怪人がやられたところで、批難がポセイドン神に向かっていて見落としていた。

「ちょっと待て、私が率いている者たちは、海の眷属に決まっているだろう」

ポセイドン神は、こう抗弁していたのだ。

「それに、勝っては駄目なのだろう」

まあ、それはそうだろう。


そもそも、この神の暇つぶし計画を成功させるために、危険な男を新しい世界の分岐を作って降下させたのだ。

「今度は、陸でも対応できる奴を送りなさいよ!」月の女神は、案外わがままなのかもしれない。

「さすがに、儂にいうなよ」

「あんたはいないの?」今度は大和装束の男神に絡み始める。

「眷属はいるけど、あいつ死ぬと思うぞ」彼の眷属は『雷獣』である。

人間がそう簡単に勝てるような代物ではない。


そのような会話をしている間に、危険な男は、術を仕込んだトビウオを返していたのだった。


日月神教の教えでは、『やられたら3倍返しで復讐する』と決まっているのだった。

所謂、呪詛返しである。


・・・・・・・


死体が徐々に人間に戻っていく。

そして、気味の悪い動きで、心臓を吐き出す。

素早く、それをつかみ取り仕舞う男。

この男は善人ぶっているが、最後は力で脅迫するのだ。


「大丈夫ですか」ドイツ語で、まだ意識のおぼつかない男に声をかける。

周囲は墓地であるが、この際気にしないことである。

「うう、私は、撃たれたのではなかった」

「大丈夫です、私が治しましたよ」

「なんだと、そんなことができるというのか」

「神薬をたまたま持ち合わせていたのです。よかった、間に合わないところでした」

「そうなのですか。神よ!」


そう、の薬だ。

「さあ、行きましょう」

「え?」

「ここはまだ敵地です。それに、もはやドイツ帝国は瓦解します。すべての破滅から脱出するのです」

生き返ったばかりの彼の頭は混乱していた。

このようなことを通常時に言われれば、こいつ頭おかしんじゃね!と考えることもできたが、彼は、急速に魂を呼び戻されて今の状態すら理解できないのだから仕方がない。


「あなたは、神の使いですか」

「あまりはっきりと言いたくはありませんが、です」

臆面もなく言い放つ男は、自ら『神の使徒』と称している。

但し、彼が信じる神とは別の神だが、勘違いを正してやるような親切心は持ち合わせていない。そして、後光のスキルで光って見せるのだ。

間違いを本当だとその人が騙されても仕方がないのだった。


「さあ、さっそくドイツに帰還し、家族を喜ばせましょうきっと死んだことになっているでしょう。」彼はソンムの戦いで死亡したのだから、当然といえば当然である。

「わかりました、ところであなたは?」

「私は、『神の使徒』大日本帝国海軍大尉、咲夜玄兎です。よろしく、男爵」

生き返った男は、ドイツ帝国のエースパイロット、マンフレート・フォン・リヒトホーフェン大尉その人だった。

勿論、男は彼を狙ってやってきていたのだ。


第一次世界大戦は航空機、戦車が初めて激しい戦いを繰り広げた戦争であり、今後は航空機は、戦闘の花形へと昇り詰めていくのである。

航空機の発展は、戦争の様態を大きく変えていくのだ。


「日本は我がドイツの敵ではなかったのですか?」

「まあ、そこらへんの話も道々、お話しましょう。」

日本は、ドイツに宣戦布告し、アジア・太平洋に存在するドイツ植民地を片っ端から奪っていったのである。


荷馬車で揺られながら話をしている。

かれらは、紛争地を避けながらゆっくりと進んでいる。

「神の予言では、後にドイツは、日本と同盟を結ぶのです」

「なんですと」

「ですから、今次大戦では敵ですが、本当は味方なのです。そこは信用していただいてもよいでしょう、つまり、味方の領土を保全したと同じことなのです。それにこの戦争で、ドイツ帝国は滅び、新しい政権が樹立されるのですが、それが、かなり危険な思想をもっているのです」


男は、さも見てきたかのように、ナチスドイツの悪行などを語って聞かせる。

自分も相当危険な思想をもっていることは、全く語らないのは勿論である。

「ですので、皆さまは、日本へ国外退去されるのが一番良いのです。私は、こう見えても、かなり裕福です。日本で不自由はさせませんので」


「いいのですか?」

「勿論です、ドイツ人は友人なのです。それに、これからのドイツは各国から莫大な賠償金を要求されます。その悪影響でドイツは大変な状態になります。一旦国を離れる方が良いのです」

「しかし、それでは、」

「人間には、雌伏の時が必要なのです。その後に、飛躍するための我慢の時期だと考えましょう」


こうして、ドイツ本国の故郷に着くころには、すっかり、観念させられたマンフレートは、一族に国外退避をするように説得して回る羽目に陥っていた。


戦後、ドイツ人の集団が、シベリア鉄道で移動するのが目撃された。

彼らは、神に導かれ黄金の国ヤーパンへと向かうと言うばかりだった。


いかなる神か誰も知らなかったが。



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