第177話 狙い通り
177 狙い通り
米国内の富裕層・知識層は反戦に舵を切っていた。
彼等の子弟が前線に行くことは無いが、彼等の同胞がオーストラリアで保護されているからである。
そう、ユダヤ人である。
ナチスの死の工場の製造ラインから買い取られて、オーストラリアの地で何とか生きている。親類縁者に金持ちがいる場合は、一般国民(二等国民のこと)としての地位を買い取ることが出来た。
やはり、命あっての物種である。
だが、そこはオーストラリアではなく神聖月読皇国を名乗る異形の国家である。
思想統制も厳しい。
少なくとも子供たちは、親から引き離されて教育と扶養を受けることになる。
親にも、極端な信仰は控えるようにキャンプ(砂漠のど真ん中)で教育される。
神教以外を奉じることは、法王にたいする不敬であり、逮捕されても文句は言えないと教えられるのだ。
出来たばかりのこの国では、暴力で解決する場合が多いのである。
そして、警察権を握っているのは、所謂ルナティクス(親衛隊、ルナシストなどともよばれる狂信者)であるため、通常の理は理解してもらえない。
それでも、一般国民になった者たちに、オーストラリアの砂漠の一画が与えられ自治を認められる。ユダヤ人自治区(彼等をしてイスラエルと呼んでいる、法王もここがイスラエルであると宣言した土地がある)である。
信仰を棄てずに拝むことが出来る方法もある。
それが、この新興宗教のウマイところである。
つまり、今の法王がその神の生まれ変わりであると考えれば辻褄が合うというものである。
少なくとも子供たちにはそのように教えられている。
正に、なりすましである。
君たちが拝んでいた神の生まれ変わり(法王のこと)が現世に出現した。
つまり、法王を拝んでも何も問題などない。法王を拝むことが正しいのである。
聖書(この場合は一般的に旧約聖書と呼ばれるもの)に現れる神と同じものなのであると捻じ曲げているのである。
聖書に現れる神の生まれ変わりが新約聖書の神である。
その後に、アラーが預言者に言葉を伝えるのだが、これがアラーである。
アラーとは神という意味の言葉である。
アラーという名の神ではなく。神そのものを指している。
そしてこの神教では、その神が再び現世に救世主として再臨したのであると。
教義を挿げ替えて宗教侵略を開始していたのである。
そもそも、月の女神の代理だったはずなのだが、いつの間にか、一神教の神の生まれ変わりに成りすましていたのである。
このような教義の大変更、大改革にも関わらず、親衛隊はまったく動揺していない。
彼等の法王は父であり、神であるからである。
どのような名義の神であろうとも、彼等にとっては、さしたる問題ではなかったのである。
それほど強力な心理的強制が掛かっていたということである。
神であろうが邪神であろうが彼らは、父に従うのである。
話は戻るのだが、米国の上流階層(富裕層、知識層)には、ユダヤ人が数多くいる。
それが、反戦に舵を切ったことには、大きな意味がある。
彼等の動きが選挙に直結するからである。
トルーマンはその意味でも追い詰められつつあった。
戦局、政治局面両方で、追い詰められつつあったのである。
そして、国内には、各地にネイティブ(インディアン)が盤踞していた。
彼等は密かに、ワシントン州から武器を密輸して各地で、ゲリラ戦を開始していた。
戦艦や空母には、金がかかるが、銃や機関銃、爆弾などの原価は安いのでいくらでも作ることが出来る。
そして、兎印の銃が大量に西海岸に上陸していたのである。
今や世界最大の銃器メーカーがこのブ兎ローニングである。
恐るべきことに、この銃が黒人にもわたっていた。
この時代には、未だ黒人差別が激しく(今でも根深く存在しているが)、黒人たちは、理由もなく、殺されて、吊るされたりしていた。
彼等にも親切に銃を配る人間たちがいた所為で、各地で黒人による発砲事件が多発し始めたのである。
米国は広い、そのため各地で問題が発生すると、なかなか鎮圧するのが難しいのである。
追い打ちをかけるように、西海岸上陸軍も戦闘を拡大させている。
上陸軍は、いくらでも押し寄せてくる。
中国にもアラブ諸国にも国を奪われた人々がいくらでもいたからである。
「自分たちの国をここで作れ、切り取り放題である」戦国時代の大名のように法王は命じた。
人海戦術とはまさにこのこと。
死んでも死んでも兵士が進んでくる。(進まないと督戦隊に銃撃される)
米兵は恐怖に駆られる始末である。
メギド作戦で、上陸軍を始末するはずであったが、その作戦軍は、核攻撃(正史では『神の炎』、所謂天罰)により壊滅し、国土の防衛には大穴が開いていた。
太平洋艦隊による敵の輸送を断ち切る必要は急務となっていた。
その意味でも、今ある艦艇総力を挙げて決戦しなければならない。
そのためにも、空母不足を補うために、英国海軍の空母が必要なのであった。
というかぶっちゃけ、英国の所為でこのような事態に陥ったのであるから、責任の一端でもとらせなければ気が済まないというのが、トルーマンの気持ちの本当のところであった。
そもそも、米国は第一次世界大戦に巻き込まれて、多くの国民(米国兵)が死んだ経験から、モンロー主義を掲げて反戦一色であったのだ。
しかし、反戦を掲げて三選したローズベルト大統領は突如、その看板を外して民主主義を守るために、戦争に参加する意志を示し始める。
民主主義を守るために、反戦の看板を外しても、それは民主主義を守るというよりは、民主主義の破壊に等しい行動である。民主主義とは、選挙である、その公約をたがえるというのは、許されざる行為なのである。(とある国では、いまでも当然のように行われている。というか、当選すれば公約そのものが失効するかのように消えていくのだが。)
そして、その行為を正当化するために、日本に戦争を仕掛けさせる工作がなされたのである。
石油のほとんどを米国からの輸入に頼る日本がその米国から石油を禁輸されれば、暴発もするというものである。その参戦を強く望んだのがチャーチルであり、応諾したのがローズベルトなのである。
正に、それは狙い通りに進んだのである。
そう狙い通りに。
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