第89話 血盟団事件
089 血盟団事件
日本は照和恐慌と呼ばれる経済恐慌に巻き込まれていた。
日本では、東北地方で凶作が発生し飢饉になる予定だったが、多くの農家では豊作だった。
そして、仙台港で大規模な工事が行われ投資が潤沢であったため、他の地方と違いここだけは、恐慌に見舞われていなかった。
仕事にありつくためには、一つの決まりがあり、ある新興宗教に入信しなければならなかったという。
港湾整備の次は、造船事業であり、倉庫事業であり、石油タンク事業とかなり巨大なプロジェクトである。
信者たちは、金融恐慌を恐れていたが、月兎信用金庫に金を預けていた。
地元の信用金庫である。
この時代、銀行が次々と取り付け騒ぎを起こし潰れている。
そのため、財閥系銀行に預金が集中する現象が起こっていたが、彼らは地元信用金庫から決して金を引き出したりはしない。
月兎信金のバックには、ロシア中央銀行のロマノフ銀行が控えている。
ロマノフ銀行は、米国の株式相場で多額の利益を得ていたと専らの評判であった。
そして、日本では、一部の人間が不満を募らせていた。
この不況で儲けている不義の人間たちがおり、それは財閥銀行の人間たちであり、一部の政治家である。それらは国家に寄生する害虫であり、天皇の政治を壟断している輩なのである。
(そもそもこの国では、親政など行われていないので壟断などできない。)君側の奸を誅して親政を行わねばならない。
そして、その考えに賛同するもの達が、茨城県の某寺に参集していた。
茨城では、まだ例の宗教が来ていなくて不作だったりしていた。
「財閥系銀行の者、内閣に参与する大臣、そして許されない邪教を崇拝し民心を惑わす軍人に天誅を下さねばならない」
「はい!」
「まずは、邪教を立ち上げ、操り、日本を露西亜に売り渡さんとしている売国奴、咲夜を何としても暗殺するのだ」
こうして、日本の片隅で暗殺計画が始まっていた。
何故、この男が最初のターゲットなのか。
それは、新興宗教の教祖(一応父親が教祖となっているが、皆それを信じていない)であることと、居場所が、わかりやすいことがあった。
この男の場合、ウラジオストクの大使館、郊外の自宅にいることが確実にわかっていたからである。
この寺の坊主は、日蓮宗なので他教徒はゆるすことができない質である。
井上陽召という。
井上陽召は、不思議な夢を見た。
そこで、神々しい何かに、言葉を掛けられたのである。
『悪魔どもを聖絶せよ』と。
聖絶とは恐るべき言葉であった。
殺すだけではなく、彼らの持つもの全ても焼き尽くさねばならないということである。
そして、眼が覚めると、堂宇の仏像には、首飾りが輝いていた。
神々しい『何か』が約束してくれた、悪魔を滅する武器が、この首飾りから現れるという。
首飾りのペンダントトップは、宝石を埋め込まれた十字架であった。
彼は、右翼ではあったが、オカルトではなかった。
そして、明らかにこれはオカルトであった。
彼が、単純に喜んだかはわからない。
彼は日蓮宗だが、十字架を重んじているわけではない。彼からすれば十字教、これも邪教なのだ。
「君たちにやってもらう」
それは、海軍士官である。彼らは、軍縮条約について不満をもっていた。
統帥権干犯問題(海軍が天皇に承諾なく比率を決めたことが、それにあたるとされる)は起こらなかった。伊藤元老の力によって。
しかし、彼らは、それが不満であった。
そして、その軍縮条約に帯同した男がその男であることもわかっていた。
「ロシアのスパイ、咲夜大佐を誅すべし」
拳銃が渡される。それは奇しくも兎印のブローニング拳銃だった。
「これをもって行きなさい、加護を得ることができるであろう」
それは、金の首飾り、十字架がついている。
「これは、十字教では?」
「この際気にするな、これは神の計画なのだ」
「はい」
藤井中尉、三上中尉が銃を取った。
そして、ウラジオストクへと新潟から船で渡る。
世にいう『血盟団事件』の嚆矢となる暗殺計画がこれで始まった。
だが、大いに残念なことに、彼等は海軍兵学校を卒業していたが、その男がどのように狂暴で手が付けられないかということを直接しる機会がなかった。
その男が卒業してから、かなり伝説として語られていたのだが、彼らは与太話程度としか思っていなかったのである。
ウラジオストク日本大使館
かなり豪華な建物である。石造りの西洋風建物。
周囲を鉄柵で囲まれており、正門には、衛兵の詰所がおり、日本軍ではない軍人が立っている。
二人の海軍軍人が訪れた。
衛兵が、身分確認と用事を確認してくる。
遠くに監視用の塔があり、こちらに機銃を向けるのが見えた。
怖ろしく厳重だった。
「海軍中尉藤井と三上です、咲夜大佐殿に相談したいことが有りまかり越しました」
「内容は?」
「さすがに、ここでは申し上げられません」
「閣下に確認しますのでお待ちください」
詰所から電話で来訪を告げられ、何かを話している。
「おはいりください、閣下の執務室の場所は、受付で聞いてください」
「はい」
持ち物検査さえ受けずに、中に入ることができた。
やはり海軍の軍服を着ていて正解だった。藤井は快哉を叫んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます