第53話 『マネーの兎』

053 マネーの兎


「しかしながら、海軍大臣がどうしても、我々陸軍にお願いするということであれば、我々も、手を貸してもよいと考えている次第です」

岡陸軍大臣が、貸しを作るようにと言ってくる。


「ありがとうございます、しかしお時間をいただいて、考えさせてください」

矢代海軍大臣は時間を稼いだ。簡単に借りを作る訳にはいかない。


だが、なぜか実態は意想外な場所に着地する。

「陸海軍がやる気が無いのなら、私が知り合いにお願いするとしよう」

業を煮やした伊藤が、妙なことを言い始めたのである。

「儂の知り合いに、精鋭を持つ傭兵団がいるのだ、彼等ならやってくれるに違いない!」その瞳には、強い光が宿っていた。


果たして、日本に傭兵団が存在してよいのだろうかというか、すでに存在しているのか?


その部隊の本拠はすでに大連に移動させられていた。中国領土といえばよいのか。

国籍は、中国?籍ということであろうか。それとも満州籍?なのか。


そもそも、この奇妙な話を吹き込んだのも、その傭兵経由なのである。

それは誰あろう、自称『月の女神の使徒』である。


ニューギニアをこの機会に奪取する。

このころの世界の認識では、ニューギニアには、人も住んでおらず使い道もないというものであった。


だが、使徒は知っている。この島が大きな意味を持つことを。

そして、この島に資源も埋まっていることを。


サイパンや、トラック島よりも先にここを占領し、事実状の領土化を図ることが最も重要なことになるのだ。少なくとも使徒の頭の中ではそうなっていたのである。

この島を先に手に入れれば、米豪分断に大きく寄与することは間違いない。

海軍将官の多くは、対米艦隊という認識をもっていたはずだが、まさか本当に戦争するなどとは夢にも思っていなかったのである。


「伊藤閣下のお言葉ながら軍以外の武装勢力をお使いになるなど私は反対です」岡陸軍大臣が言った。

「我々には、陸軍特殊部隊が存在していますので、彼らに任せようと思いますが」

このような話の具合では、妙な方向に行きかねないと感じた岡陸軍大臣は考えた。


「そうか、陸軍は協力してくれるのだな」と伊藤は顔をほころばせる。

「しかし、その特殊部隊の創設者こそが、儂の推す部隊の創設者の関係者なのだ」


現在、陸軍特殊部隊、陸軍203特殊戦術連隊の第1中隊長をしている人間は、乃木大尉(兄)である。

彼ら、兄弟はその道のプロとなるべく訓練行っていた。

同じく第3中隊長が乃木弟(同じく大尉)である。


「特殊部隊と八咫烏部隊とが共同して、ニューギニアを占領し、領有するのだ。そして世界に認めさせるのだ、これが日本の為になるのだから、問題ないだろう。

ああ、船は海軍が手配せよ!すぐに実行するのだ」伊藤がこの場を仕切っていた。


そもそも、各所の占領作戦で、ニューギニア島のような占領する甲斐のない島などにかまけている余裕はなかったので、両大臣もホッとした。

しかし、軍の統帥は天皇陛下が行なうのではなかったのか。

この場では、伊藤が命令しているようなものである。

だが、元老とは、陛下の隠れた意思を代弁するもののこと、彼らはそれを了承したのである。



この大戦は、日本にとって対岸の火事であり、絶好の火事場泥棒の瞬間であったことは間違いない。


こうして着々とドイツの領土は、削り取られていった。

そして、この大戦が、世界的な物資不足を発生させ、空前の大好況を日本や米国に生むことになる。


世界最大の債権国であった英国はこの戦争で窮し、没落を始めることになり、米国は最大の債権国となり世界の工場となっていくのである。


そして、使も今や史上空前の大戦景気の風を十二分に受けていた。

もっている船がどんどん価値を上げ、輸送に掛かる費用もどんどんあがった。


その上がった船の価値に対して、それを担保にさらに金を借りて、船を買うという。

バブル作戦が展開されている。

担保の金で作っている最中の船にも担保を設定し、新しく金を借りるのだ。

まさに、船バブルが最高潮で膨れ上がっていくのであった。


戦争前に発注していた船の半分は未竣工だが、契約自体は完成しているので、それらすら担保にして銀行家から金を借り入れる。


無理やり借りて、さらに船を作る契約をし、それを担保に金を借りる。

戦争が終われば、一気に弾けるバブルの最先端を走っていたが、その心配はない。

戦争を終わる時期をしっているからだ。

それに、造船価格が跳ね上がれば、それらの造船指示はストップするようにも命じられていた。


それらで作られた金の一部は、爆発的に値段を上げる汽船会社の株に廻され、こちらも大好況で、ものすごい配当を叩きだしていた。


それ以外にも、兎印の武器(重機関銃、ライフル、拳銃など)弾薬、軍服、軍靴も爆発的に売れていた。

一丁5000円の機関銃が、5万円でも買い手がついた。

それだけ、ブローニング重機関銃の性能はよかったし、とにかく武器が必要だったのだ。

大戦とは、まさに各国の総力戦の様相を呈していたのだ。


造船投資に掛かる資金は当初3000万円だったが、大戦終結の頃には、30億円になっていた実に100倍と儲けに儲けた。


武器等の販売でも、1億円以上の利益を荒稼ぎすることにも成功したのである。

そして、大戦が終わる頃には、借金ゼロで、新造の貨物船50隻以上が残ってもいた。

剰余金31億円と貨物船50隻。


月の女神の使徒は、経済戦争では無類の強さを見せつけたといえるだろう。


まあ、タイミングさえわかれば誰でもできることなのかもしれない。

しかし、信者たちは当然そのような考えをもつことは無い。


彼こそが、『神の使徒』いや、すでににも等しいのだ!とさらに信仰を深くしたのである。

彼等はもう、引き返すことなどできはしない。

そのように、完全に教育されてきたからに他ならない。


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