第65話  亡命

065 亡命


(牢獄内部)

壁の向こうの男は納得したようだ。

ロシアは貴族以外のほとんどの者がまずしいのだ。

優しくはない。だから裏切らねばならないのだ。


「私には、娘がいる。娘を人質にしてはどうだ」案外酷い話なのだが、彼が一生懸命働けば、彼女は助かるだろう。それに腕には自信がある。ロシア初の4発爆撃機を製造したのは、この私なのだから。


「ダバイ!」それがいいと男は言った。


「これを着ろ」若い男が扉の前に現れた。

何事もなかったように、扉を開けて出てきたのである。

「これは、八咫烏連隊の軍服だ」

「時間がない早く着ろ、見張りが来れば貴様は助からん」

「わかった」必死で準備をするシコルスキー。


八咫烏連隊の軍服は、迷彩色である。

ヘルメットも独特の形である。(このころのものとは全く違い、現代の形になっている。)

「ヘルメットを深くかぶれ、ばれないようにな」


襟章に八咫烏がついている。しかしこの襟章はこの新ロシアで大きな意味を持つ。

この国の発端は、この部隊が作ったのだ。


階段を上がって、監獄に入る鉄の扉の前で、彼らは堂々と開けるように守衛に命令する。

扉はチェック一つなく開く。それだけ、八咫烏連隊の威光が轟いているのだ。


今回の場合は、出来レースなのだが・・・。

そもそもが、猿芝居なのだから、誰も止める者などいるはずもない。

こうして、シコルスキーからすれば命からがら脱出に成功したように思えたのである。


彼等は、偽のパスポートでシベリア鉄道に乗り、奉天経由で大連に脱出することに成功した。

偽のパスポートだが、新ロシアが発給しているので、偽情報以外は本物そのものである。

だから、いつでも使うことができる。


「ああ、助かった」

「おいおい、こちらとの約束はまだ残っているぞ」

「わかっている、飛行機づくりならだれにも負けない自負がある」

「そうか、ならば、我等ヤーパンの為に働いてもらうからな」

「わかっている、だが、金が無ければ作ることもできんぞ」

今度は、シコルスキーがふんぞり返る番らしい。


「金はあるから問題ない。貴様には、私の手の者を付けるから妙な真似はするな。サボタージュを行う場合は、人質に危害が及ぶ可能性があることに注意することだ」

その時シコルスキーは初めて知った。

目の前の男は、何のためらいもなく、自分や娘を殺すということを。

眼が本気というよりは、何の感情ももっていないという方が正しいのだろうか。



「ああ」思わずビビッて答えてしまった。

逃げたら間違いなく捕獲されて、魚の餌にでもされそうに感じた。

「あんたが、ちゃんと働けば、皆が幸せになる。そうでないときは皆が不幸になる」

「わかった。娘に手紙を書く、旅費がいる」

「任せろ、娘の写真と住所を言えば、我々が探して連れてきてやる」

「一生会えないのか?」

「嫌、同居させてやる、皆がうまくやれるようにな」男はウォッカの瓶を取り出して渡してきた。

ダスビダーニャあばよ」男は笑って手を振り歩いて消えていった。

シコルスキーは私服姿の兵士数人と一緒に残された。


まあ、命がある分儲けものだ、シコルスキーは、ウォッカを一口呷った。

腹の底から熱が昇ってくる。


「まずは、事務所が欲しいな」

「は、それは準備されておりますので、そこでお聞きします」

ロシア語が堪能な、若い兵士が敬礼して答える。


こうして、シコルスキーの亡命生活が始まったのだ。


・・・・・・・・・

「おお、咲夜君、ずいぶんと久しいね、休めたいかい」明石大将が皮肉交じりに声をかけてくる。

「閣下、私は帝国の為に、工作活動を行ってきたのです。休みを取っていたわけではないのですが」


「まあいい、私もサボるときはサボったからね。ところでさっそくで悪いのだが、王室に向かってくれ。アレクセイ皇太子から話があるそうだ」

「明石大将が、相手をしてくれませんか」

「何を言っている。支払いの話らしい。私が聞いてもよいなら聞いてくるが?」


「行ってきます」

「よろしい。とにかく、情報を集めてきてくれ」

「わかりました」

今や明石大将の情報収集員となっている私である。


支払いとは救出の報酬になるのだろう。

流石に、命の危機を感じるほど脅しつけておいたから、払わないということはあるまいて。


此方のつかんだ情報では、100億ポンドは、イングランド銀行に預けていたという。

つまり50億ポンドは私のものも同然だ。

因みに、100億ポンドは1000億ルーブルで2,000億円ということになる。

そう、私は1000億円を手に入れたということだ。


大戦景気でも、30億円の資金を手に入れた私は、もはや、超大富豪である。

全てを投げ捨てて、南の島に逃げよう!


もう、ちまちまと金を儲けることも、激しい投機に使うこともしなければ、1000年は安泰だろう。

まさに千年王国ミレニアムが完成したのである。私の寿命が、1000年あっても大丈~夫なのである。


まあ、それは置いておくとして、請求に赴こう。

こうして、王家エリアに足を踏み入れる。

豪華な屋敷を接収して、王家の館として使用している。

流石に、広大な屋敷も、ウラジオストクにはあったようだ。


「あなた~!」玄関の車寄せで娘が叫んでいる。

君の感情は、吊り橋効果による、勘違いなのだ。

やはく、現実に戻り給え。

そのように説明してはいるが、思い込みの激しい家族なのか、どうしても受け入れないのであった。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る