第64話 スパイ

064 スパイ


1919年(太正8年)

ようやく第一次世界大戦が終結したが、世界、特にロシアでは内戦の真っ盛りであり、火種があちこちにくすぶり続けている。


ウラジオストクにできたロシア皇国(新ロシア)は、内戦でもめているさなかに発足し、バイカル湖周辺まで素早く兵を展開し、防御陣地を構築している。

地獄のように寒い冬では、戦いなどできず、氷雪が解ければ泥ねいになる。

その気候風土の特性を利用して遅延戦術を展開しているのだ。


ロシア皇国は、ニコライ2世が自らの治世を反省した結果、退位し、アレクセイが王となり、民主主義により統治する形をとることになった。

だが、現在は戦時特例で、ニコライ2世が軍権を握っている。


未だ、ソビエト軍主力は、国内の敵性勢力撲滅に力を入れており、バイカル湖周辺には展開できていない。


そのお陰で新ロシアの新兵たちは充分な訓練期間を取ることができた。

民間軍事会社から来た精鋭たちが戦術を叩き込み、新型の銃や機関銃なども提供されている。

時間が立てば、民間軍事会社の航空機による偵察や爆撃も行われるとのことだった。

今は、ひたすらゲリラ戦でシベリア鉄道の線路を破壊し、防御陣地で時間を稼ぐことだけに集中していた。


何故、そこまで遅滞戦術にこだわるのか知る者はすくなかったが、新兵がそんなことを気にしている時間はなかった。


そんな防御陣地には、逃亡ロシア人が数多く訪れることも珍しくなかった。

スパイが紛れ込んでいる可能性があるため、一旦一か月は身柄を拘束される。

その間に、分別が終わる。誰もその方法は分からないが、なぜかスパイは逮捕され拷問を受けて死ぬのであった。


そんな身柄拘束者の中に一人の男がいた。

グレゴリー・シコールスキイという男である。

彼は、ロシア革命で身の危険を感じ、それほど皇帝は好きではなかったが、新ロシアを目指した。

彼は、新ロシアがよく無ければ、そこからアメリカに渡ろうと考えていたのだ。

だが、それは彼の運命を激しく捻じ曲げることになってしまった。


彼の名を知る男が、網を張っていたからだ。

その男は、ロシア革命でその男が米国に向かうことを知っていた。(信者は予知と呼んでいる)

ひょっとすると、まずは、このロシアに来るかもしれないと考えていたのだ。

そこで、明石大将に依頼して彼の情報部に動いてもらっていた。


明石大将は、私が王家をたすけ新ロシアを樹立させたことを喜んでいた。

やはり、単身(日本単独)でソビエトと戦うよりも、新ロシアを盾として、互いに消耗させることは、理にかなった戦術であると考えていたからである。


我々は、陸海軍という枠を離れて、親交を温めた。

八咫烏連隊の兵士に、情報戦の技術を教えてもらい、こちらは実力行使の場面では、戦力として戦うことになった。


武器・資金も提供している。

もともと、陸軍には乃木将軍一派との伝手もあり、すぐに打ち解けたのである。


なお、彼の息子たちは、ニューギニアで、展開中であり、我が神教青年部も同様に、島での活動に従事していた。乃木部隊の協力を得て、公然と活動しているということだ。


基地建設と全島支配のための攻略作戦の構築と部隊の演習等である。

その際、現地住民にも接触を試み、味方に引き入れるように、資金や物資を提供している。


日本は、300年間の鎖国により、世界の誰にも知られていない民族である。

この際、現地人を懐柔し、味方軍として機能させるように働きかけていくという段取りだった。


因みにニューギニアの委任統治権問題(一旦は解決したが再燃した)はいまだ国連で決着していない。

それどころか、その問題を提起されるたびに、人種差別撤廃条項を提案し、否決され、甚だ遺憾と議論を進めない戦法が取られている。(牛歩戦術に似た戦術)


話を戻す。


拘束されたシコルスキー氏の元に、ロシア皇国情報部員が訪れる。

「貴様には、共産党のスパイ疑惑の嫌疑がかかっている」

「そんなことはありません」もちろん根も葉もない事である。


しかし、ソビエトでもそうだが、秘密警察の言うことなどは根拠など必要ない。

なくても簡単に逮捕されるのだ。それが、それらの国の恐るべきところなのである。


「貴様は、スパイ罪で、ラーゲリ送りになるだろう、我が国の為に金を掘って貢献してくれ、そうすれば、貴様の無実が証明されるだろう」

ラーゲリとはソビエトが始めた強制収容所である。

極寒の地で、金の採掘などを行わせられる。簡単に言うと、大概、病気か飢餓で死ぬ。

そういう施設だ。というか一種の刑務所のようなものである。


「そんな馬鹿なことが」確かに馬鹿なことなのだが、この国(旧ロシア、ソビエト)では、日常茶飯で行われているのも事実だった。


「私は本当にスパイではないのです」シコルスキーの精魂込めた声であった。

「スパイは皆そういうのだ」全く取りつく島もないあしらいであった。


取調べが終わると、独房に移される。

独房は、いくつも並んでおり、やはり身分照会まちなのか、スパイ容疑の者なのかはわからなかったが人の気配はした。


「あんたスパイなんだろ。俺を一緒に助けてくれないか」

独房の向こうから声がする。

「違う!断じて!私は飛行機製造の技師なんだ、エンジニアなんだよ」

「じゃあ、鍵なんか簡単に開けられるんじゃんえか?」


「私は盗人の真似などしたことは無い」

「そうなのか、せっかく助けてもらおうとしたのに残念だ」

「それについては、私も同感だ、ラーゲリに送られればもう駄目だ。凍死か飢え死にだ」

「よく知ってるな」

「それによく似たものは、すでにあったからな」

「へえ~」

「お前、ロシア人じゃないのか」シベリアの金山の採掘は昔からあり、犯罪者などが送り込まれていた。

「俺か、俺はヤーパンのスパイだからな」


「私を助けてくれないか、私の技術はこれから必ず役に立つ。飛行機はこれからの戦場の主役になるにちがいない」シコルスキーは必死だった。


「それについては、全く同感だ。助けるのはやぶさかではないが、ロシア人はどうも信用ならんのだ」

「ふん、まあ、人を信じていては生きていけないからじゃないか」とシコルスキーは吐き捨てた。


「なるほどな」ヤーパンのスパイは納得したという声を出したのだった。



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