第66話 降嫁
066 降嫁
その部屋には、皇帝家の多くがそこにはいた。
そして私は、取り立て屋である。
さあ、払うてもらおか!渋いだみ声で請求するべきなのだろうか。
払えんちゅうやったら、マグロ船に乗り込んでもらうことになるけど、ええでっか。
勿論、娘はソープに沈めることになりまっせ。
そのような心配は無用である。
元世界一の金持ちなのだ。だが、残念なことに革命により多くの現物の金や宝物は失われていた。
それでも、英国銀行には唸るほど金が残されているはずなのだ。
「やあ、日本人の庶民よ」元皇帝が言う。
「まあ、その通りですから文句は言いませんが、アレがどうなっても知りませんよ」
アレとは、心臓である。
「いや、そうではない。ところで、あの金のことなのだがな」
どうもうまくいっていないような雰囲気が漂っている。
先ほどの科白の練習が効果を発揮しそうだった。
「どうしたのですか、元ロシア皇帝陛下」
「う」
尊敬の念の欠片もない言いように言葉を詰まらせる元皇帝。
まあ、違う国の元皇帝なのだから、敬う意味などないのだ。
「少し支払い方法を変えてほしいのだ」
「・・・・」視線が鋭く、冷たくなっていく。
「分割払いを希望する」
「・・・・」
「私はきちんと支払おうとしているのだ。しかし、英国銀行が急にそのような額を支払えるだけの金がないといってきたのだ」
「何やと!」まるで、誰かが憑りついたかのような返事をする。
「少し落ち着いてくださいあなた」娘が腕を取ってくる。
この話は、実は真実であったようだ。
英国銀行は、ロシア皇帝家が全財産を払い出せと言ったことに対し、支払いを留保した。
皇帝家は半分を私に対する支払いのため、半分を国土奪還戦争(大祖国戦争と呼称)の為に必要があったのである。
しかし、この時英国でも大変な事態が発生していたのである。
第一次大戦には、恐るべき金額の戦費を費やしていた英国が、簡単に言うと、皇帝家の金を使いこんでいたのである。
彼等は、皇帝家がソビエトに拉致されたときに、その手法を思いついた。
多額の負債を背負う英国の起死回生の一手になるはず妙手だったのだが。
忌々しいことに、彼らを救出するという暴挙がなされた。
なんという失態、スターリン許さずまじ!英国首相は、デスクを叩きつけたという。(ほんまかいな!)
こうして、2000億円(円換算)に登る金が使いこまれ、急には支払うことができない状態になったのである。そもそも、銀行は、預けられた金を貸し付けて利息を取るので、急に元金を返せと押し寄せられると、取り付け騒ぎが起こったりするのだ。
それだけの額ということでもある。
「相手側から年1回の10回払いでといわれてしまったのだ」
「勿論、利息をつけてくれるんでしょうな」
まあ、こちらもすぐに、1000億円もらっても使いきれないので、かまわないところもある。
10年であればギリギリで間に合うくらいだ。
「ああ、そこで、娘をそちに降稼させる。それで勘弁してくれ」
「ああ、私は、人質であなたの妻になってしまうのです」なんとも嬉しそうな表情の娘、中身は人質なのだがな。
「利息は別の話でしょう、英国銀行に、10%は要求すべきです」
「わかった、その線で進める」
「それと、嫁はいりません」
その時、私は得も言われぬ凶悪な気配を感じ取った。
「呪いますよ」耳元で囁かれた声は、本気だった。
金剛不壊によって守られた体に、ナイフが刺さっていた。
極浅くだが、恐るべき切れ味のナイフだった。
なんらかの呪詛が込められた逸品なのか、このまま押されれば、流石の私でも串刺しになりそうな予感がしたのだった。
「嫁に欲しいのですよね、だってね、もう」
耳元で娘は囁く。
そう、あれは一夜の夢だったのだ。
何もなかった。少し酔っていたが、何もなかったのだ。
無敵の五行神功が!金剛不壊が!ナイフが微妙にさらに突き刺さる。
これはヤバい!!
殺される!周囲からは、娘がべったりと私に張り付いているようにしか見えないようだが、今、私は、殺されようとしていた。
「その通りだ、私は、彼女と結婚したいと思っていたのだが、流石に、私は庶民なので、無理であろうと考えている」
冷や汗が流れる。
「そうなのだ、私もその通りだと思っている。我等ロマノフ家は代々ロシアを支配した正当なる支配者、その高貴なる家のその娘が、見も知らぬ、東洋の小国の倭人などと結婚できるはずがない」
「あははは、その通り、私も小国の国民として大国の元王家などと婚姻しようなどとは、考えてもおりませんでしたとも、いただくものをいただけば、さっさとおさらばしたいものですな」
流石に、頭に来たが。
娘のナイフがグリグリと動く。
一方、皇帝の方は、母親やそのほかの娘達から、冷凍光線を浴びている。
彼等の息子は、私の治療なくして健康を保つことが難しい難病を患っているのだ。
母親は、その一点でわたしを決して手放すことは無い。
そう、たとえ夫を隔離してでも。
「そこで、あなたを我が国の貴族に叙爵します」皇后が、話を引取った。
「そうですわ、あなたは私たちの命の恩人ですもの、それだけの大きな功績を挙げたのです」
「そして、我が娘と婚姻をしてください。娘がおりますから、お金を取りぱっぐれはないでしょう」
娘を人質として、借金の支払いのかたにもっておけということらしい。
「不束者ですが、よろしくお願いしますとヤーパンではいうのですよね」と娘が笑顔でいう。
その通りだ、だから早くナイフを仕舞え、気の利かない者のことをそう呼ぶのだぞ!
冷や汗と血が流れ出る、応接間での出来事であった。
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