第188話 最後の海戦
188 最後の海戦
「死ね死ねジャップ!波にのまれて海の藻屑となれ!」巨大な波に乗る戦艦モンタナの艦橋で、ハルゼーは狂ったように狂喜乱舞していた。
猿を殲滅して初めて地球に安らかな平和が戻るのだ。
眼下に敵の戦艦が見える。
「ハハハ!ざまあ、見ろ!猿が人間に楯突いて生きていけると思ったか!」
敵戦艦群はこの巨大波にもまれて転覆沈没することは間違いなかった。
波の力はそれだけ大きく致命的な威力をもっている。
ハルゼーは確信していた。
・・・・・・・・・・・
「全艦衝撃に備えよ!」艦長が吠える。
だが、その中でも未だに悪あがきをしているものがいた。
「主砲一番二番斉射!」法王が、絶叫する。
一番二番砲塔は、上方60度を睨んでおり、その行く手には波が飛沫をふりまきながら波がしらを巻き始める。
ダダダダ~~~~~ン!連続的に発射される。強力な主砲が火を噴く。
その衝撃は艦に下方向へのベクトルを加える。
グワンと下へ沈もうとする戦艦。
それは波が艦首を今まさに巻き込もうとする瞬間だった。
波に対して直角の戦艦の艦首が波を切り裂く。
水の壁が圧倒的な物量で艦を飲み込んでいく。
ゴボゴボ。艦橋の外が青い世界に飲み込まれる。
辺りが水色の世界に変わっていく。神秘的な風景ではあるが致命的でもあった。
波の力が戦艦を捲き上げようとするが、艦はまっすぐに突き進む。
一方、発射された主砲弾は、『モンタナ』の艦底を易々と突き破っていた。
何と、この瞬間に攻撃を仕掛けていたのである。
6発の主砲弾が見事に『モンタナ』の赤く塗装された腹を貫いていた。
その一瞬のうちに大爆発が発生する。
波に乗っていたモンタナがバランスを崩して、落下する。
波の高いところから落ちると、その波に巻き込まれることになる。
爆発しながら、波の中で回転する『モンタナ』。
艦底から突入した砲弾の一発は、艦橋を刺し貫いた。
その時、ハルゼーはようやく神の国へと帰っていったのである。
まさに壮絶な死闘の瞬間であった。
一方の先に波にのまれた戦艦も無事でないはずだった。
津波の破壊力は尋常ではない。
10万人の命で作り出された大魔術(神の奇跡)である。
連邦艦隊遊撃部隊(戦艦6隻)には1万5千人ほどの乗組員がいた。
その1万5千を殺すために、10万人の命を捧げたのである。
これこそまさしく死闘であろう。
狂気の沙汰というやつである。
どのように考えれば、そのような無謀なことを行おうと考えるだろうか。
しかし、戦争の狂気とはたやすくそのような行動をとらせるのだ。
だが、その必死の魔術の大津波をくぐり抜けて戦艦が海面へと飛び出したのである。潜水艦が浮上するように悠然と艦首を空に向けながら。
もしハルゼーが生きていたならば、『馬鹿な!』と声も無かったであろう。
しかし、その馬鹿なことが起こっていた。
そして、すぐに津波は消し去られた。
件の法王の魔法が発動したのである。ハルゼーが消し飛んだことにより、法王の魔術が発動したのである。
流石に、全く無事という訳にはいかなかった。
レーダーなどは水圧で引きちぎられていたが、艦自体はまったく傷を負っていなかった。
通常は、波で揉まれて転覆は逃れることはできないはずだった。
しかし、なぜか、それは無事でくぐり抜けていたのである。
奇跡の連続であったことは確かである。
本当に奇跡なのか?
知っていれば、それはなんということは無い。
ドルフィン・スルーである。
大波に向かうサーファーは、波の部分を避けて沖に出るが、それもできないときは、波に対して自ら潜ってそれをやり過ごすのである。
そして、この大戦艦をして、ドルフィン・スルーをやってみせたのである。
勿論、ドルフィン・スルーのように腹を見せて潜ることはできないため、危険はあった。
しかし、男はそれを見事なタイミングでやってのけたのである。
水圧で艦首や艦橋が吹き飛んでいたかもしれないが・・・。
友鶴事件こそ起こらなかったが、造船技術は非情に鍛えられていた成果である。
幸いにして、造船技術が優秀であったため、艦首も艦橋も生き残った。
主砲にも浸水があったが水を抜けば問題ない。
主砲の発射で船の前部分を沈めたことが功を奏したのである。
それと同時に、敵を粉砕し、脱出後に直ちに、海面を凪にして見せるという活躍を人知れず行ったのである。
終わってみれば、完勝である。
津波により米国第5艦隊水上打撃群は壊滅。
また、米国機動部隊も壊滅状態に追いやられていた。
勿論、英国空母も同様な運命をたどる。
連邦航空隊の攻撃により敗北を喫し南方へと逃走していたが、ホーン岬周辺には当然逃走してくる艦艇を待ち受ける潜水艦艦隊が存在していた。
そして、そこで一方的な雷撃を受けることになる。
ほとんどの艦がここで撃沈される運命をたどる。
そして何とか逃げ延びて、アルゼンチンに逃げ込んだ部隊は、そこで秘密裡に拘束される運命が待ち受けていた。
アルゼンチンはそもそも、第三帝国側なのである。
少数では、侮られて、秘密警察に拘束されてしまったのである。
こうして、誰一人、米国に帰るもののない戦いとなった。
「我々は、我らが神、法王猊下の敵を見事平らげたのである。これも神の嘉し給うお蔭である。法王猊下万歳!」宣伝省となったギーレンが通信機器を握り絶叫している。
万歳!万歳!万々歳!
艦隊には喜びの声が溢れた。
こうして米国は、乾坤一擲の大反撃のはずだったが、見事失敗に終わったのである。
これで、米国西海岸の奪還は非常に難しい情勢となった。
「全力をもって造艦に当たるのだ!」トルーマンはその報告を聞いて、気を失いかけたが何とか意識を保ち、命令を下した。
米国の工業力を舐めるなよ!猿如きすぐに撃滅してくれるわ!
そう心に期するのであった。
だが、その造船能力を危険視するものがいた。
勿論、件の法王である。
そして、それに対抗すべき手段も打っていた。
そう、この海戦は最後の海戦である。
連邦の幹部たちは皆そのように言っていたことを思い出していいただきたい。
何らかの手段で、もう次の海戦はなくなるはずであるという確信があったのである。
トルーマンの背中にひたひたと恐怖が這い寄っていた。首の後ろがチリチリとして何か嫌な雰囲気を感じる。
トルーマンは、そのいやな雰囲気を何とか気にせずに、造船指示の命令書にサインしていくのだった。
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