第189話 恐怖の大王
189 恐怖の大王
10万人の人間が突如、変死するという悪魔の所業のような奇跡が起こったニューヨーク。
これは、彼らの神が起こした奇跡である。
敵を撃滅するために起こした奇跡である。
だが、結果は惨憺たるものであった。
信者10万人が殉難したが、敵はその奇跡の御業を切り抜けてしまった。
聖人の死体だけが累々と積みあげられたのである。
十字教の為に殉死したため、のちには、聖人の認定を受けるに違いない。
そう考えずにはいられない程、無駄な死になってしまった。
トルーマンは恐怖(謎の十万人死亡事件及び第5艦隊の全滅)から恐慌状態に陥っていたが、それを表に出さずに、報復するための全力造船を命じていた。
米国には、何ものにも屈しない強い大統領が必要とされている。
東海岸の造船所は今までも十分に稼働していたが、施設を拡張してでも新たな艦船を建造しなければならない。
近ごろは、ドイツ第三帝国海軍機動部隊の攻撃や英国からやってくる爆撃機がそれらの施設を攻撃しており、被害が着実に増えていた。
10万人の死者の中には、造船関係者も当然いた。
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連邦海軍の潜水艦イ6600(イ6000輸送潜水艦の改良型)型数隻とイ400型一隻が、地中海を経てドイツ帝国フランス領のブレスト海軍基地へと遣ってきていた。
スエズ運河は連邦所属のエジプトにより支配されており、地中海は第三帝国の航空支配を受けて居たので、簡単に遣ってくることが出来たのである。
ブレストには強固なブンカーが建築されており、英国からの攻撃も無かったので非常に安全な旅となった。
ブレスト基地では、ドイツ海軍のデーニッツ海軍元帥が、潜水艦隊の司令官、小松輝久大将を出迎えた。
その場には、『モルトケの再来』といわれる空軍上級大将(ウーデッドのこと)も同行していた。
既に、連邦とのパイプ役を一手にせざるを得ない状態であった。
彼自身は、ひそかに連邦への亡命を打診していたが、未だ色よい返事は届いていない。
狂人(ナチス親衛隊)と狂信者(ルナシスト)の間に立つのは非常に神経を削られるのだ。
一歩間違えれば処刑(暗殺)されてしまうという、薄氷を踏むような行為の連続である。
おかしくなりそうだ。
デーニッツは、連邦製の潜水艦(巨艦)を見て驚いている。
自国のものと形や大きさが全く違うからである。連邦製の潜水艦は葉巻型である。
ドイツのUボートは鋭くとがった形をしているからである。
「ようこそ、アドミラル小松。私がドイツ海軍総司令官のデーニッツだ」
鋭い風貌のデーニッツが小松に挨拶を行う。
「総司令官、自らのお出迎え痛み入る」
小松が返す。
「次期作戦までの間少し、碇泊と補給をさせていたただきたい」
「それは、上級大将から聞いている。どうかごゆるりと、補給も必要なものは言ってくれれば用意する」
デーニッツは、海軍総司令官ではあったが、元は潜水艦乗り(サブマリナ―)であり、連邦の潜水艦技術に興味を抱いていた。
デーニッツは、連邦にたいして友好的な態度を示した。
それゆえ、自らこの異端の艦隊を歓迎するためにやってきたのである。
他の者にさせても全く問題ないのだが、興味が勝った。
連邦の爆撃機は帝国の爆撃機をはるかに上回る技術をもっている。
当然、潜水艦技術も何かあるかもしれない。そういう意味でも興味があったのである。
「是非、貴国の潜水艦を見学させてくれないだろうか?」
「それは、流石に軍事機密ですので憚られますが、通常の潜水艦であれば、閣下のみ見ていただいてもよいでしょう」
「あれは駄目なのか?」
ブンカーに接岸されているイ6600の方を指さす。
「あれは決して見せられません。無理やりの場合は自沈しますので、どうかご遠慮ください」
通常の葉巻型潜水艦なら良いのに、輸送型が嫌だとはずいぶん変わっている。
勿論、イ6600が輸送型などとは、デーニッツは知らない。小松が乗ってきていたのは通常の攻撃型潜水艦(イ400型とされているもの)であり、見せてはならない部品は外されていた。見学可としてきたのである。
特に、特殊技術のスクリューはわざわざ、大日本帝国謹製のペラに付け替えてやってきたのである。そのためうるさくなってしまった。
その所為で、小松の艦の攻撃力は大幅に低下していた。(静音性と速度の低下)
まあ、潜水艦による戦闘を行うために来たのではなかったのだが・・・。
兎にも角にも、小松ら連邦潜水艦艦隊の人間は好意的に歓迎された。
彼等は、同じ潜水艦乗りであり、その苦難の行を知っていたからである。
昭和の時代には、敵の監視を欺いて、ドイツの技術を手にいれるために長駆潜航してきた帝国軍(日本)の潜水艦があった。
とてつもない、偉業であった。
しかし、彼らの場合はそれほどでもなかった。
既にインド洋もスエズ運河も地中海も敵勢力圏ではなかったからである。
たやすく達成されたのである。
そして、彼らは作戦決行までの間、しばらくの休暇を得ることになった。
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昼夜を分かたず米国東海岸の工業地帯は動いていた。
それは米国工業力の潜在能力を発現させつつあった。
やはり、大日本帝国の10倍の工業力は伊達ではなかったのだ。
だが、連邦の工業力はほぼそれに匹敵するほどには成長していた。
太平洋の各地で興業していたからである。
このころの日本は平和国家として静かに暮らしていることが出来た。
小さな幸せを満喫することが出来たのである。
但し、相当数の国民が海外移住し人口は激減していたのだが。
貧しく、質素、清貧な平和であった。
英国から発進した重爆撃機ツポレフB1(『飛龍』と命名される)部隊が東海岸への攻撃に向かっている。
頻繁に行われるようになった爆撃で米国の工業力はダメージを受けつつあった。
高高度からの絨毯爆撃であり、命中精度はなかったが、それでも被害は甚大である。
迎撃戦闘機が向かうが、高高度の夜間戦闘は難しかったのである。
そのようなときは高度を下げて、充分に狙いをつけて爆撃してくる。
その時の被害はさらに重大であった。
そのうちの一機が爆撃コースから大きく外れて海上に向かう。
「猊下本当にやるのですか?」
「勿論だ、私がやらねば誰がやるのだ」まるで何かの科白のようだ。
爆撃機は高度を大きく下げ、速度も限界まで下げていく。
そして件の男は飛行スーツを着ており、背中には、パラシュートを背負っている。
まさかの夜間降下をしようとしていたのであった。
「しかし、危険すぎます」
「大丈夫だ、こう見えても降下猟兵としての訓練も受けて居るのだ」
そのような話は聞いたことが無かったが、今更である。
そもそも、パラシュートなしで落下しても死なないかもしれない。
本人はそう考えていた。
それほど人間離れが激しかったのだ。
ブレストから発進した小松の艦が、大西洋上にペイントで印をつけている。
夜間スコープがそれを発見。降下ランプがグリーンに変わる。
「猊下、サインを発見しました。降下準備願います」
畿内放送が告げる。
「法王猊下、御武運を!」親衛隊員が敬礼する。
止めても無駄なのはわかっている。
「ゴー!」親衛隊員が、法王を機外へと突き飛ばした。
法王は夜の空に飛びだしていった。
真っ暗な世界でゴーゴーと風切り音だけが耳に届く、開傘高度に達すれば自動でパラシュートが開く。
男の眼には、印が見えている。男の眼は特別製で人には見えぬものすら見えるのだ。
男は、パラシュートを操作しそちらの方向へ降下していくのだった。
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