第40話 来賓

040 来賓


1907年(明示40年)1月10日 

兵学校の始業式に、乃木陸軍大将が参観することになる。

海軍の東郷、陸軍の乃木と呼ばれる双璧と呼ばれるようになった彼が、日ごろ仲の悪い海軍の為に、やってきたのである。


の乃木は、日露戦争においてその神算鬼謀により203高地を速やかに奪取し機銃陣地を構築し、28糎砲の観測射撃により、ロシア第1太平洋艦隊を撃滅し、ロシア兵の士気を大いにそぎ、旅順要塞を墜とした戦功第1位の軍人として確固たる地位を築いていた。


さらに言えば、の乃木は、その戦争中に二人の息子を失っているのに比べ、このの世界では、二人とも元気で生きていた。

特に、長男は腹に貫通銃創を貰い、すでに死にかかっていたところから復活したのである。

望外の幸運であった。


第3軍の中では、民間軍事会社『八咫烏部隊』の存在が大きく影響したことを知っているものがいたが、その他の部隊には知られていない。

簡単に言うと戦功をほぼ譲ってもらった形なのであった。


28糎砲をもっていけ、203高地を奪取する、観測射撃を行えとは皆彼らの考えた作戦であった。


故に、乃木はこの『八咫烏部隊』に多いに感謝していたことは言うまでもない。


そして、この海軍兵学校には、大いに世話になった、士官候補生が存在していたのである。

しかも、それ以来ブローニング重機関銃は、陸軍に正式採用され、納入され始めている。

また、彼らの使った浸透作戦を実戦で発揮するための、大隊が新設され、息子勝典が率いている。


第205特殊戦術大隊。第2師団(仙台)所属の部隊となる。

武器の供給と戦術の指導を受けるため丁度良かったので、第2師団付きとなった。


その乃木大将が始業式にやってきて挨拶をすることになったのだ。

「我々陸軍の精鋭に勝るとも劣らない貴君らの健勝を祈念申し上げます」

長々、祝辞を述べた乃木がさらに続けて何かを言い始めたのだ。


「先年行われた、日露戦争において、勲功一等の名誉を誇示した、旅順攻囲戦の英雄たる咲夜玄兎君が、なぜに海軍兵学校を目指したのか、是非とも陸軍士官学校に来てほしかったことだけが非常に心の残りであります。陸軍にこそ、同じ釜の飯を食った私や、そして命を救ってくれた息子たちがいたことを是非とも思い起こしてほしかった。この一事が大変悔やまれるのであります」


延々と泣き言を言い出す始末で、島本校長が止めに入る事態に陥った。

「今からでも遅くない、我が陸軍士官学校に是非とも・・・・うお~」

最期は引きずられて、追い出されてしまった。


式を終えると「三号生徒、咲夜玄兎は直ちに校長室に出頭せよ」

スピーカーから不穏な示達が行なわれた。


校長室には、これで2度目の入室だ。

一回目は、棒倒し事件の時に厳しい注意を受けたのである。


しかし、今回は私が悪いわけではない。

乃木大将が暴走しただけだ、何も恐れることは無い。

勇気を奮い起こして、扉をノックする。


「おお、咲夜か、入れ」

校長が声をかけてくる。

「いやあ、面目ない。咲夜学生にも迷惑をかけてしまった。しかし、どうしてもというか、必ず陸士に来てくれると信じていたので、裏切られた心境になってしまった。君は、我が同胞なのだからな」

「咲夜、先ほどの日露戦争の話は本当か?」実は島村校長も東郷艦隊の一員として出征していたのである。

「あまり大きな声で言いたくありませんが、本当の話です。私は家業の手伝いのため、陸軍さんに実験部隊として参加しました」


「お前、ほんの子どもだったろう」

「いや、現実はもっとすごいのです」乃木が語り始める。

それは、日清戦争までさかのぼる大河ドラマのような話だった。


流石に、恐るべき殺人鬼『日本鬼子』については、語られなかったが、軍夫として働いており、その流れで、軍靴を陸軍に納めることになったのである。

乃木は戦後に第2師団長となったので、『日本鬼子』事件については知らなかった。

そして、その軍靴の伝手で、実験隊として新兵器をテストしていたのだという。


しかも、卓抜な識見から、敵の薄い203高地に着目し、そこを占領、機銃陣地を作り要塞から出てくるロシア兵を皆殺しにしてのけた手腕は、正に鬼神も恐れるほどのすごさだったのだと語る乃木の眼には、熱がこもっていた。


話は終わらない。実は、第三軍の出発時点で、息子勝典がひん死の重傷を受け、軍医は匙を投げたのだが、何と咲夜の見舞いの功があってか、翌日には、峠を越えたのだという。

にわかには、信じがたい話だった。


こうして、功績を挙げたにも関わらず、全てを第3軍の功績にと譲ったとても、奥ゆかしい人間なのだそうだ。島村はほんまかいなと思った。


そして今や、重機関銃が一部導入され、狙撃による軍部隊の行動の阻害効果、そして陣地構築、浸透戦術(守りの固い場所は、残して回り込んで進んでいく戦術)を実戦するための部隊が構築され、その指揮に息子勝典(長男)が抜擢されたのである。


「この乃木は、咲夜君に足を向けて寝ることができないほどの恩を負ってしまったのです」


「いえいえ、お蔭で、軍靴、銃、ヘルメットを一部採用いただきこちらも助かっています」

陸軍はとにかく兵数が多いので、一部でも相当に利益を見込めることができるのである。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る