第39話 名物 棒倒し

039 名物 棒倒し


1907年(明示40年)11月24日、我々は、海軍兵学校第37期で入学した。

兵学校校長は、海軍少将島村速雄が着任したばかりである。

第37期生徒180名入校のうちには、小沢治三郎、草鹿任一、皇族から臣籍降下した小松輝久などがいた。


入学時は3号生徒(3号と呼ばれる)であり、初めの一週間程度を人間らしく生活できるのだが、その後は、1号、2号から様々な修正(鉄拳制裁)を受けることになる。


それ以外にも、時間5分前には必ず、命令待機状態でその場所にいなければならないなど厳しい生活と訓練が始まった。


本来であれば、皇族の小松輝久が皇族順位で1位というところだが、彼は一般人と同じ扱いを求めたため、席次1位は私となった。

これは第1分隊の3号の先任ということになる。

成績2位の井上君は第2分隊の3号の先任となった。

この第1分隊は、1号から3号までの一つの団体になってすべての活動を一緒に行うのだ。


井上君は、私の家で、学問を進めていたので、当然一位で入るべき人間だったのだが、私が邪魔してしまったのだ。

午前は座学、午後は、体を酷使するような訓練を行う。


短艇を漕ぐのは、大変に厳しい訓練であった。


私は、すでに相当の修正を浴びていたが、近ごろそれは減っていた。

何故なら、殴ると怪我をする人間が出てきたからである。

そもそも、『神の使徒』たる私を殴ろうなどとは、天に唾する行為と同義である。

しかし、悲しいかな、彼らはその事実を理解することができないのであった。


それに、彼らは、ことあるごとに、「貴様たるんど~る!」「しゃばけが抜けておらんのだな!」などと難癖をつけてくる。

たるんでいるのは、貴様の頭だろうと思いながらもすかさず、『金剛不壊』を発動すれば、グキリと嫌な音がする。


「ぐああ!」

「鍛え方が足りないのでは」

「貴様!その物言いはなんだ、我々は貴様ら3号の事を思って鍛えてやっているものを!修正してやる」


やはり修正が入るらしい。

しかし、結局結果は同じだ。


「ぐああ!」

こうして第1分隊はけが人を複数出す騒ぎになる。


・・・・・

「本日は棒倒しの見学だ」

練兵場に1号生、2号生が紅白に分かれて棒を守り、または攻撃しようとする。

訓練である。これは今でも某大学で行われているのではなかろうか。


3号はまだ体ができていないために見学するのだという。

この棒倒しでは、号を気にせず攻撃できるという。


「近ごろ、勉強ばかりで体が鈍っているので第1分隊咲夜、棒倒しに参加したく存じます。」


「貴様、怪我をしても知らんぞ、1号2号の体を見てみるがいい」

そう、彼らはここ1,2年で相当の鍛錬で筋肉質(細マッチョ)である。


「私も、鍛えてきましたので、得に棒倒しをするためにかなり入念な鍛錬を行っております」


流石に、ここまで言うのだから、修正してやるしかないと皆が思ったろう。

「では、1分隊なので白組に入れ」

「了解しました」


異質の3号が練兵場に入ってくる。

「貴様は、何を考えている、勝たねばならんだぞ」

白組のほかの生徒が怒鳴るが、1分隊の1号2号は、何も言わない。

腕をくじかれたことは、他の分隊には秘密にされていた。


「何か言われましたか」どこ吹く風の3号生。

本当なら、ここで修正の嵐が吹き荒れるところだが、「咲夜は、攻撃隊へ入れ!」

第1分隊長が命じる。


「では、3号一人が増えたのだから、2分隊の3号からも一人入れ!」

「井上入れ!」

思わぬところから、声が起こり井上は動揺した。

何、勝手なことをしているんだよ。僕が巻き込まれたじゃないか!

心中ではそう叫びつつも、逆らうことは許されない。それこそ、修正の嵐に見舞われる。


「全員含めて、修正してやろう」不遜な呟きが聞こえ、殺気のような気配が周囲を圧する。

そもそも、兵学校の生徒は優秀であったが、戦場にでたことが有る訳もない。

しかも、人を殺したこともない。


だが、ここにいる男は、朝鮮戦争時に、『日本鬼子』として、平壌城の妖怪として伝説として今でも語られている。日露戦争では、対物ライフルで、人間をぶち殺し、重機関銃で、203高地を死守した修羅である。すでに二けたはあの世に送り込んだ死神である。


殺してきた数が違う。まさに違いが判る男なのだ。


「棒倒しでは、号の区別が無いと聞く。今から恐怖を心に刻め!」

1号2号生徒の眼には、目の前の3号の眼が赤く光っているように見えた。


「これでは、我等3号は、安心して、先輩方を見送る(卒業させる)ことができません」

既に、十数人が殴り倒されていた。

「こんなひ弱で戦場で戦えるのだろうか、情けない!」

もはや、赤も白もない。


全てがなぎ倒されていく。

拳を躱し、足を引っかけて倒す。

蹴りを見切って、裏拳を撃ち込む。

右を上段蹴りすれば、その返しで左を蹴撃する。

まさに、100人組手の状態だが、倒れるのは1号2号ばかりである。


「温い、温すぎる、これでは大日本帝国が倒れてしまうではないか!」

攻撃組の生徒の悉くが倒され、棒に向かい走り出す。


「ロケットダイブ!」

男が飛んだ、グルグルと回転しながら飛んでいく。守備の生徒が弾き飛ばされる。

守備を弾き飛ばしながら男は、別の守備生徒の背中を踏みながら、棒に向かって飛び上がっていく。

そして棒の頂上に立つとそのまま、頂をつかんで自分の体を回して棒に強力な遠心力をかける。棒は簡単に倒れた。


それ以降、この3号生に修正を加えてやろうとする、1号2号はいなくなったという。

軽傷者122名、重傷者32名。死屍累々の惨状だった。


その男は、校長に呼び出しを受けることになったという。







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