第9話 『安綱』
009 『安綱』
「すごいですな、たった一人で」
庄屋があきれるほどの事なのだろう。一人で山を切り開くような人間はいないだろう。
「乳飲み子を抱えながらとは」
私は、できるだけ動かないように気を付けている。
それにしても、庄屋の家はかなり大きい。いわゆる金持ちなのだろう。
「ところで、その腰のものは」
オ~っと、父よ、なぜよりにもよって、刀を差しているのだ。
ああ、私が与えたのでした、これは不味いな。
廃刀令により、一般人は刀を持つことができなくなっていたのである。
私の場合は、身を守るために女神から賜ったものであるので仕方がない。
だからいつも、アイテムボックスに入れていたのだが、このアイテムボックスにまつわるバグにより、刀増殖を可能ならしめたのだが、それが
下手をすると逮捕されるかもしれない。
そうなれば、働き手が一人少なくなってしまうな。
少し困ったことになった。
だが、私は、知らぬ顔の半兵衛を決め込むことにした。
まあ、それほど厳しい罪にはならないだろう。
少し前までは、皆が刀を持ち歩いていたのだ。
それにしても、父はそれを知らないようだ。
この刀は、太刀である。
差すものではなく佩くものなのだ。
「それは太刀のようですね」
さすが庄屋、よくわかっている。そうそれは太刀なのだよ。
源頼光(先祖という設定なっている)が使ったという、有名な太刀である。
しかも、それの完全コピー品なのだ。
『童子切ってない安綱』である。
「すいません、山には危険な動物がでますので、もって行ったのです」
そうだ、機関のエージェントもいるのだ、油断は禁物だ。
この前は、あの世に贈られる寸前までいったのだった。
「見せていただいても」
庄屋は、刀を早く見せろと手をだしている。
こいつ、好事家だな!
私はすぐにピンときた。
110番だ。
わからない?この顔にピンと来たら110番てポスターに書いて町中に貼ってあった時期があったのです。ハイ。古い?さあ~。
鞘から半分も抜き出せば、その刀身の美しさが大業物であることが知れる。
「これは!」庄屋は声が出なかった。
おい、早く帰るぞ。
私は、父に視線を送る。
おなかがすいた。早く母の乳を吸いたいぞ。
勿論、ご飯も食べるのだが、母がどうしても飲まそうとしてくるので好きにさせている。
別におかしいことではあるまい。私はまだ、満一歳にもなっていないのだ。
父はその姿を羨ましそうに見ている。
あなたの奥さんなんだから、自分も吸えばいいでしょうに。
私も、自分の言うことを良くきく弟が欲しいと思うぞ。
手駒が欲しい。
お金も欲しい。
良く動く体が欲しい。
そうだ、この力で、金儲けだけして、海外に逃亡するのはどうだろうか。
日本は戦争に負けて、荒野と化すが、復活するのだ。
私は、どこか静かな楽園のような島で過ごす。
実にいい考えではないだろうか。WINWINの関係では無かろうか。
何も、殺し合うばかりが人生ではない。
「これはすごい!」
私の果てしない無想を打ち破る庄屋の声。
それは、そうだろう。
天下五剣の一つなのだ。
だが、御先祖さまのお宝を売るわけにはいかないだろう。
そういう設定なのだから。
しかし、すでに三本(三振り)もあるのだ、バグで無限増殖できそうではある。
そこで問題になるのは、この刀がそこら中に現れたらどうなるのだろう。
需給バランスが崩れて、価格が暴落する?
いやいや、そもそも、安綱がそんなにあるとも思えない。
それに、完コピだから切れ味などは同じはず。
それに、火をつかい精魂込めてつくる刀だが、いまや太刀を作れる人間はいないのではないのだろうか。
そもそも、この青みがかった、美しい刀身を作り出すことができない。
戦国時代、鉄砲全盛期、刀鍛冶は皆鉄砲鍛冶へと移り変わった。
そのせいで、刀鍛冶の技術の多くが喪失したのである。
故に、江戸時代以降の刀では、青みが無くなった。
出そうにも出せないのだ。
失伝したのである。
材料になんらかの物が混じっていたらしいが、それが何なのかわからないのである。
ということは、この刀が偽物でも、平安、鎌倉時代の作ということになり、それなりの価値はあることになる。
「どうか譲ってくれないだろうか」
庄屋は物好きなのか、儲けの機会をみいだしたのか、そういった。
「30万円です」
子供がズイと身を乗り出して、破格の値段を宣言する。
30万円は、現在の価値にして3億円である。
「!」庄屋はあっけにとられて口がきけない。
「この刀は、平安時代の刀工大原安綱が、世界平和を祈念して打ちし刀、その刀は破邪顕正の力を宿すといわれています。我が先祖は安綱の剣をつかい鬼を退治したということでも有名な刀匠です。」と設定を告げる私、自称源氏など腐るほどいるから、かまわないよね。
ここでのポイントは、眼前の剣と先祖の使った剣は別物ですときちんと説明しているところである。同じ刀匠ですと言っているのだ。決して先祖が使った刀とは言っていない。
聞く人によっては混同しそうだが、私は嘘が大嫌いのなので、キチンと説明しておく。
設定では、家の先祖は清和源氏なので、嘘は言っていない。
源頼光さんは、源氏の直系なのである。
設定自体は神様が作ったので、私は嘘をついていない。
教えられた通り語っただけである。
嘘であったとしても、それを知らないのだから仕方がないのだ。
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