第149話 大東亜共栄圏

149 大東亜共栄圏


豪州に聖絶の炎が街に吹き荒れる。

聖絶とは、聖なる炎ですべての穢れを焼き尽くすということである。

悪魔の信徒たち自身はもとより、家財、家畜など関連するもの全てを焼き尽くすことを意味する。一切合切がサ式弾(燃料気化爆弾)の炎で焼き尽くされる。


そこには、兵士、民間人など区別があろうはずがない。

宗教的な意味で他宗教をあがめる人間たちすべてを殲滅するための言葉が『聖絶』なのである。


もともと月読教は、月の女神を信仰する宗教であり、さらに言えば、八百万の一柱である。

それ以外の神々の存在も十分に許容できるはずだったのだが、男の予備役編入以降から他宗教排斥の意識が急激に高まっていた。それは、八百万の一柱の一つ、天照の子孫の現人神から拒絶された故である。


それは男が自らを神と名乗り始めた頃と重なる。


宗教は、緩いより烈しい方が、信者を操りやすいと気づいたのかもしれない。

というよりは、自分への絶対的忠誠を求め始めた結果なのかもしれない。


オーストラリア東岸の諸都市が次々と砲撃を浴びる。

砲撃の後に、空母艦載機による爆撃とアリススプリングスからの爆撃機と、様々に死の使いが街を来訪する。そこには、壮絶な地獄絵図が出現するのだが、それはのちやってくる陸軍部隊しか知る由も無い。


オーストラリアで行われている大虐殺は、世界のほとんどで知られていない。

知らせる方法が無かったのである。


怖しい虐殺を批難されたところで、「悪魔の信徒どもを滅ぼしているだけである」

既に、国際政治ではなく、宗教戦争なのである。

かつて、十字教が中東に向けて行った十字軍遠征を、今、訳の分からない新興宗教が始めたのである。

正に宗教の戦いであった。


そして、新興宗教軍は圧倒的に有利な立場にあった。

自らを神と名乗る男が始めた宗教。

月読教。

これぞ、ルナティック(常軌を逸したさま)。

恐るべき狂気が豪州を席捲していたのである。


日に日に、オーストラリアは疲弊していく。

インドネシア兵(工業製品を輸入するため、その対価として兵士を供出していた)を中心とする軍団がついに、東海岸に到着。

主要都市めがけて、陸軍兵力が南下を開始しつつあった。


彼等は、艦砲射撃を交わして内陸に逃げ込んでいた人々を殲滅しつつ、とどめを差しつつ進む。

抵抗できるものはほとんどいなかったという。

強力な戦車や榴弾砲、支援航空攻撃あらゆるものが、人々を殺すために活用されていた。


・・・・・・・・・・


このような事態が南半球で起きていた頃、大日本帝国でも動きがあった。

講和条約を破った米国大使を非難したものの、「日本国を対手とせず」米国の回答はこうであった。簡単に言うと、猿の言うことなど聞く必要がないというものであった。勿論、先の賠償などは、猿と契約ができるはずがないとすげないものであった。


もはや、米国の復讐戦の準備は整いつつあった。

そして、緩み切った日本を討ち破ろうと、米国は動いていたのである。


ようやく事態の真相に気が付いた日本政府は、国家防衛のための戦争をせねばならないことに気が付いたのである。


幸いにも、帝国艦隊は健在であり、前大戦の戦力は保持されていた。

連合艦隊司令長官に、井上成美大将が親補された。


嘗ての海軍の将官の多くが、他国の軍事顧問として日本を後にしていた。

井上成美は、どちらかというと軍政向きの人間であり、司令長官として向いているということは無かったが、他に候補が無かったのである。


戦争向きの人間の多くが、例の宗教関連の軍に入っていた。

戦争を継続していたからである。

ロシア、オーストラリア方面では、戦争はずっと続いていた。

決して平和な世界ではなかったのである。


ロシアは、ウラル山脈以東の全域を奪還していた。

ミカエル・トハチェフスキー元帥の率いる軍団は、圧倒的な力で、ソビエト兵を踏み潰して進んでいた。

そして、バクー油田を占領、その軍は、ウラル山脈を警戒しながら、中東を目指していたのである。明らかに、意思をもって軍の主力を中東に向けていた。

石油の奪取である。

ミカエル・トハチェフスキーには、絶対命令が届いていた。

彼の目的は、スターリンおよび赤軍の殲滅であるが、ウラル山脈に到着した場合、軍の方向を中東に向けるようにあらかじめ命令が届いていたのである。


悔し涙を流しながら、彼は軍を変針せねばならなかった。

そうしなければ、復讐をつづけること不可能になるからである。

あの男の命令は絶対である。

「己!兎男め!」死んだ赤軍兵士に何度もサーベルを突き刺して絶叫する、狂気の元帥を見た兵士が数十人もいたという。


満州国、国家元首に就任した石原莞爾は、ついに軍を動かす。

近隣からソビエトが消えたためである。

ロシア軍の猛攻で、ソビエトは一気にその数を減らした。

そしてモンゴル国境は安定を取り戻す。


こうして、彼の敵は中国一国となった。

満洲国国家元首は大東亜共栄圏には、巨大な中国を必要としていない。

幸いにも、中国は国民党と共産党が泥沼の戦いを続けており疲弊している。


漁夫の利を狙うべく、石原は早くから、モンゴルを経由して、チベットへと連絡をつけていた。

モンゴルとチベットは宗教的に兄弟も同然である。(ラマ教の兄弟国家である。)

モンゴル国はラマ教の国家である。

チベット国はラマ教の総本山である。そういう間柄なのである。

ダライラマとパンチェンラマの関係といえばよいのであろうか。


アジア各国から、新鋭の武器がチベットに流れ込んでいる。

これは、中国によるチベット侵攻を防ぐ目的で行われていた。


だが、今やチベット軍が、中国国境を突破し侵入を開始した。

時を同じく、モンゴル、ベトナム、満州国境からも軍隊が侵攻を開始した。

『シナ(中国の事)挟撃作戦』が開始されたのである。


各国ともこの乱世を生き抜くために協力しなければならない。

そう、これこそが大東亜共栄思想なのである。

そして、満州こそが、その中心となるのである。

本来石原の構想では、日本が務める役目だったのだが、いち早く責任を放棄して、日本は一国だけの平和を手に入れてしまったのである。


仕方なく石原は自身が満州の国家元首を捏造し、自らが軍を掌握し、侵略を開始したのである。

今や、関東軍と呼ばれた軍隊は、日本色が随分と抜け満州人の軍隊になっている。

その分容赦なく中国人を殺すが。

漢民族が満州人を容赦なく殺すのと同じで満州人、モンゴル人も容赦なく漢民族を殺すのである。これが大陸的な特性である。


シナ(中国)では今や各地で激戦が繰り広げられていた。



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