第158話 売買

158 売買


ウーデッド上級大将が、絶滅収容所にいるユダヤ人捕虜に向けて、厳しい口調でこれからの苦難について語っている。


だが、聞いている彼等も、薄々感じていた。

日々、帰らない仲間が発生していた。

そして、向こうに見える煙突からは、いつも煙が出ていた。

明らかに不穏だった。しかし、それを騒げば、今度は自分が連れていかれて煙になる事が早まるばかりである。


そんなときに現れた、奴隷話である。

死ぬことと奴隷になること、どちらがましかわからない。

だが、ここに居れば間違いなく、いつか煙になる番が回ってくるに違いない。


多くの人間が流刑→奴隷のコンボを選んだ。

余地がなかったのである。何も感じない連中は、小屋に戻っていったが、感じている者は残った。


奴隷契約書(本来は、労働契約)にサインする。

案外多くの人間たちが残ったことに、ウーデッドは唸る。

彼等の価格は、一万円(現在価値の1000万円)である。

吹っ掛けた値段とは、一万円である。

零戦の価格が8万円ほどであるので、8人も売れば零戦が買える値段の設定である。

それが、数百人もいた。零戦100機を購入することが出来る。

向こうから言ってきたことだが、本当にこれでいいのかという考えが頭をよぎる。


「とりあえず、列車に乗るだけで良い」

彼等は、シベリア鉄道で新ロシアに送られることになっていたのだ。

既に、ソビエトの影響力はなく、シベリア鉄道が全線復活していた。

モスクワからウラジオストクまで開通していた。


一両に100人、20両編成で2000人。

それが、脱出できる人数となった。

まさに、命の列車である。


子供か働ける男女を優先するようにウーデッドに通信が届く。

流石の彼も、法王には、世話になっているので頭が上がらない。

モルトケに成れたのは、法王の入れ知恵のお蔭だった。


2000万円分の金塊が列車で届く。

それに、ユダヤ人が載せられる。

ウーデッドは、その列車にできるだけユダヤ人を詰め込んだ。

収容所で袖の下を掴ませて、脱出できる人間の数をふやしていたのだ。


2000人(実は8000人搭乗)の列車が発車する。

ユダヤ人の多くが、ウーデッドに感謝し涙を流した。

彼は、親衛隊の横やりが入らないように、モスクワ駅まで来て彼らを見送ったのだ。


それに味を占めたのか、次発の列車が用意される。

またしても、2000万円分の金塊が届く。

親衛隊の情報部はウーデッドが余分にユダヤ人を逃がしていることをキャッチしていた。

その事実はすぐにヒトラー総統に伝えられた。

「くれてやれ、燃料は貴重だ、しかも金塊が届くのだ、この金で世界を出来るだけ征服するのだ」総統はそう吐き捨てた。


そのようなことが10回も続く。

支払われた金額は、2億円(現代価値で2000億円)である。


ウーデッド上級大将は、ユダヤ人の救い主になったのである。

脱出できたユダヤ人は8万人にも上る。


それらの奴隷たちは、ウラジオストクから船便で新天地、月読神聖皇国の聖都へと到着した。

シドニーである。


広大な広場に、彼らが土下座している。

「法王様ご来臨」マイクの声が会場に広がる。

「表を上げよ、これから君たちは我が皇国の3等臣民となる。私が法王『月読つくよみ』である。」

そんな名前ではなかったが、すっかりそれらしく振舞うことを覚えて、法王ごっこを満喫していた。


「さて、君たちは3等臣民という階梯であるが、働きをもって実力を示したものには、1等臣民となる道が開けていることだろう。先ずは、死での旅路から脱出できたこと、おめでとう」

法王が現実を突きつける。

やはり、煙になる道しかなかったようだ。


「ところで、ドイツ帝国領内(すでに第三帝国を名乗り始めている)には、まだ君たちの同胞が多くとらわれている。私ができることは、君たちの密かな英雄ウーデッド上級大将と交渉する位しかできないこと、誠に心苦しく思う。我が皇国は君たちを買いとるために、大金を支払った。国の発展のために、もはや余計な支出をすることはできないのが現状である」


全くの嘘である。

月読皇国は、全アジア地域に武器を販売して莫大な富を得ていたのである。

武器売買により、様々な資源をも収奪していた。


「どうだろうか、君たちの親類縁者からの寄付をいただけるようなら、君たちの同胞の解放に力を貸したいと思うのだが」


ユダヤ人が嫌われていた一因は、商売に秀でており、富がその手に流れ込むからである。

当然、米国の資本はユダヤ人が握っていたのだ。

その金をこちらに廻せば交渉してやろうという意味なのである。

自分たちの同胞は自分達の金で買い戻せということである。

そして、このような交渉を出来るのは、この男(法王)しかいなかったことも事実であった。


当然に、親類縁者が米国、英国で成功している者が複数含まれていた。


このようにして、法王との初めての接触が終わった。

いかにも、金の話しかしない、何という宗教なのであろうか!

だが、話相手たちは早速、事務局(神国親衛隊)と交渉を開始する。


3等臣民とは、奴隷階級である。

2等臣民とは、皇国の同盟国の人々で皇国にいる人間のことである。

1等臣民とは、親衛隊とほぼ同じ位置づけである。


買いとられた値段の倍を払えば、2等臣民に成れるのである。

そして、米国の有名財閥の縁者も当然いた。


ロシア銀行の特定の口座に金が振り込まれれば、3等臣民から解放されることになっていた。

そして、ドイツ帝国に捕えられた同胞を憂う者も多くいたのである。

同胞救済基金に世界各国から金が振り込まれていく。


「ウーデッド上級大将殿、金が出来ましたので、奴隷を送ってください」

通信がドイツ帝国に届く。

ユダヤ人の救い主、ウーデッドはまたして、ため息を吐いた。

「ああ、満州でいた方が1万倍マシだった」げっそりしていた。胃に穴が開きそうだが、法王の命令は絶対だ。嫌だとナチス親衛隊にどんな嘘情報が流されるかもしれない。


一方、米国に届いたユダヤ人の手紙には、金を送ってほしいという内容と共に、一文が添えられていた。

「親愛なる〇〇、米国西海岸にいるなら、どうか中部なり東海岸に避難してください。」



そう、皇国はすでに攻撃態勢を整えていたのである。





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