第159話 『クリスマス作戦』
159 『クリスマス作戦』
その類の手紙は、かなりの数が米国内の資産家に届いていた。
ドイツ帝国にとらわれていたユダヤ人が救い出されたことは、米国情報部でも突き止めていた。なんでも、金で買い取ったらしい。
次の段階が、買い取った人間の関係者に金を送らせるという、非常に悪質な処置であった。
買いとった価格の倍の金額で奴隷から解放されるということである。
ドイツ帝国内において、ユダヤ人がどのような待遇を受けて居るかは、米国側でも察知していた。だが、交戦国であるためどうしようもなかったのだ。
しかし、その打開策が示されたのである。
ユダヤ資本家たちは、ロシア銀行に金を支払ったのである。
金で命を買えるなら安いものである。
しかし、交渉できる相手が、オーストラリアを滅ぼした国しかない。
本当に開放されるのか?疑心暗鬼はあったが、多少の金で様子を見ることしたのである。
3等臣民はすぐに2等臣民となった。
そして、列車一台分の金ができると、列車がモスクワに向かう。
流石に、厳しくなり、2000人しか解放されなかったが、列車は、2000人を救出したのである。そういう意味では、約束は守られた。
但し、ドイツとの契約で彼らは、オーストラリアからでることはできない。
ユダヤ人たちは、その地で再教育を受ける、神教の教えを身をもって教え込まれていく。
真の信徒となれば、3等から1等臣民に昇格可能でもあった。
それは、神の為に戦う兵士になるという意味ではあるが。
最低限の教えを実践できない人間は、神学校(収容所)から出ることもかなわないのだ。
そういう意味でも、ルナシストたちは今日も狂っていた。
レイトンが注目したのは、勿論、手紙に書かれている西海岸の危機である。
恐らくは、敵の艦隊が、西海岸に攻めてくるのであろう。
米国陸軍も海軍も西海岸に入念な防備を固めるように指示を出していた。
敵艦隊を発見するために、哨戒機が忙しく海上を飛びまわっていた。
1943年(照和18年)12月23日午後6時(ハワイ標準時)。ハワイ島爆撃機基地。
『クリスマス作戦』が発動する。
ツポレフB1による米国西海岸爆撃作戦である。
米国太平洋標準時のクリスマスイブに合わせて、プレゼントを投下するという基本計画である。
今回は、特別なプレゼントという意味を込めて、新ロシア皇国が開発した超大型爆弾『ツアーリボンバー』が用意されている。これは、ロシア兵器技術省が、スターリン爆殺の為に開発した超大型爆弾である。(発展型がバンカーバスターとなった)
約4トンの火薬が詰められた巨大なものにである。
これを4発ほど投下する計画となっている。
目標地点は、米海軍サンフランシスコ基地ハンターズポイントである。
その作戦の陽動の為に、まずはサンディエゴ基地を空爆する。
そして、注意がそれたところで、サンフランシスコへと爆弾を投下するのだ。
ツポレフは20機用意されているため、陽動作戦に10機がサンディエゴへ向かい、残り10機がサンフランシスコへと向かうことになる。
爆音を響かせながら、全長3000mの滑走路を巨体の飛行機が滑走を開始していく。
黒に塗られているため、夜間では非常にわかりにくい。
次々とそれが舞い上がっていく。
ツアーリボンバーを搭載している機は、滑走路の最後まで使い切りようやく離陸していく。
それ以外のツポレフは、通常爆弾を多数腹の中に抱えている。
これも、ターボプロップエンジンの馬力のお蔭である。
一応、援護の為に、途中までは、空母艦隊による艦載機の護衛、玄武水上爆撃機の援護も用意されている。
時速800Km程度で飛べば5時間ほどで、クリスマスイブを迎えた、西海岸に到着し、プレゼントできるという段取りになっている。
このころ米軍では、未だ夜間戦闘機P-61 ブラックウィドウは実戦配備されていなかった。
サンディエゴ基地のレーダーが大型爆撃機を200Kmの海上に発見する。
空襲警報が発令され、戦闘機が発進するが、やはり的を射ていなかった。
流石に、訓練なしで夜間戦闘には無理があったのだ。
対空砲の準備がなされ投光器が夜空を照らす。
しかし、時速800Kmで航空を飛ぶ大型機を捕らえることは、其れがたとえ大型であったとしても非常に難しい。
しかも、敵機は高空1万メーターを飛行していたのである。
一方、ツポレフ側でも、レーダー波を逆探知しており、自らが発見されたため、高空へと遷移していく。
敵には、夜間戦闘機があったとしても、高度1万メートルならば、迎撃されないと予想されていた。
今回はあくまでも、プレゼントを届けに来ただけ、戦果を期待しているわけではない。
光学レンズと赤外線カメラにより、夜間の敵地の様子が見て取れる。
対空砲火が空を彩り始める。さすがは、米国海軍の基地である。
さらに高度を上げる。
対空砲火を避けるため、一直線の飛行は諦め、進路を変えながら爆撃コースに入る。こうすると目標にあてることはほぼできない。
だが、弾倉を開放、爆弾を投下し始める。
怖ろしい落下音を響かせながら、爆弾が落下を開始する。
ヒュ~~~、ヒュ~~ンという音がするように作られているのだ。
耳をつんざくような、体をかきむしるような気色の悪い、恐ろしい音がするのだ。
西海岸にある防空司令部が、サンディエゴに向かった敵爆撃機を発見し、周囲の基地から、応援を出せるか、命令している。
勿論、夜間戦闘機がないので無理である。
サンディエゴの防空を担っていた戦闘機が、無暗に離陸したが、その高度まで達する前に、爆撃機は通り過ぎていた。そして、味方の対空砲により撃墜されている。
敵機は、爆撃後、太平洋側に回頭して帰投していった。
ありえない現実をつきつけられた気分である。
まさか、ハワイ島(基地を作り航空機の発着も確認していた)から来たとでも言うのか!
そのまさかであった。
しかし、まさかには続きが存在する。
サンディエゴの街が炎に包まれていた。
米軍の意識は完全にそちらに行ってしまった。
無理やりにでも、迎撃戦闘機を飛ばす基地があった。
しかし、それは、南西方面からサンフランシスコに接近する航空機を自軍機と勘違いさせる原因となる。
ツポレフB1の第2隊は、サンフランシスコに対して大きく回り込むコースを選択し、時間を稼いでいたのだ。
それが、サンディエゴの混乱でさらに隙ができる。
南西から侵入した爆撃機は、対空砲を浴びることもなく、爆撃コースに侵入していた。
高高度からの照準器による爆撃。
地上からは、管制が、こちらの所属を聞いてくるが、無視している。まさか、神国戦略爆撃機群所属と答えることもできなかった。
「メリークリスマス!」
弾倉が開き、ツアーリボンバーが、投下される。
暗闇に投下される爆弾。
その爆発は猛烈な閃光を発し、周囲を光で包む。
衝撃波の雲が生まれ、周囲をなぎ倒してその力をつたえていく。
巨大な火柱が発生し、その後、きのこ雲が発生する。
周囲数百メートルの建物が被害を受ける。
2発がハンターズポイントに命中、2発が街に命中した。
数百人の人間がその4発の爆弾により死亡した。
それ以外にも、別の機の絨毯爆撃により火災があちこちで発生する。
街は大混乱に陥った。
あまりにも、無惨なプレゼントであった。
だが、西海岸の人々の心に恐怖を刻みつけるのに十分な効果があった。
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