第192話 燃えるゲヘナ
192 燃えるゲヘナ
『ゲヘナ作戦』
チリ沖大海戦が起こる前、既に計画されていたものである。
チリ沖では、圧倒的な戦力差で米国艦隊を完封し、この作戦を実施する手はずになっていた。
そのため、イ6600型特殊任務潜水艦が建造され、艦腹に爆弾を搭載して、スエズを渡り、第三帝国の基地ブレストで補給を受けた。
爆弾は非常に大きなものであったため、積み込んだ状態で建造するという離れ業をやってのけた。(ブロック工法なのでさして難しいわけではない)
連邦では、米国艦隊をたびたび破ったが、敵はその都度艦船を作り反撃してくる。
これでは、いくら倒して尽きることが無い。そういう意味でこの『ゲヘナ作戦』は、米国の東海岸の海軍造船所を破壊するというために策定されたものである。
特殊潜水艦には、原子爆弾を搭載させ敵造船所に突入させるという作戦である。
しかし、敵の本土に近づくことは簡単ではなく、突入部隊も必死である(必ず死ぬという意味で)。
親衛隊の兵士は勿論、それでもやると言い張ったが、法王は奇跡を起こし、潜水艦を霧に隠して見せると言い始めたのである。
この霧には、電波を吸収する特性があり、レーダーも回避できる。
また、目視からも隠しおおせることから、法王主導の作戦となった。
そのため法王は、自ら落下傘降下をしたのである。
進入直後に起爆すればさすがに隊員も死ぬため、絶対解除不能のタイマーを設置し、一時間の時間的猶予を作る、その間に乗員は霧にまぎれてゴムボートで逃げるというものである。
原爆の破壊力から考えれば、20Kmも離れれば、死ぬこともないと考えられた。
◇◇◇
「また、『ばか者。』と言うような者は燃えるゲヘナに投げ込まれます。」
(マタイによる福音書)聖書のこの一説からなづけられたという。
◇◇◇
潜水艦はそれぞれ、イ6606D、E、V、I、Lという番号を割り振られた。
そして艦名は、ボックスカー、エノラゲイ、ローズベルト、トルーマン、ルメイとされたのである。
その艦の1隻はブルックリン海軍工廠、後続の艦もニューポートニューズ(バージニア州)、ボストン、ニュージャージーなどの造船所に割り振られた。
米国の造船所は数多い。それでも、造船力の7割以上は完全に破壊されることを見込んでいた。
爆発は完爆するとみこまれていた。
以前の爆弾投下により、完全爆発したものを採用しているからである。
大西洋に少しだけ存在した霧が晴れていく。
そこには、イ4000型潜水艦が存在していた。
その甲板に一人の男が立っている。
「さあ、彼らの独立を一緒に祝おうではないか!」両手を広げ、大声で叫ぶ男。
それは、神聖皇国の法王その人である。
黒めの軍服に金の縁取り。その顔には、なんとも言えない笑みが浮かんでいる。
彼はかなり頭に来ていた。なぜなら、チリ沖海戦で危うく殺されかかったからである。
戦争であるため当然に死の危機を感じるものであるが、彼は明らかに、敵側からの異質の悪意を感じ取っていた。
ついに、『敵』が私を直接に抹殺せんとしていた。
今迄、『機関』に襲われたことはあったが、『機関』の攻撃はいつも面白半分だった。
しかし、今回の攻撃は明らかに、『敵』が本気でこちらを襲ってきた。
人知を超えたところの攻勢が垣間見えた。
もはや、『我』も容赦しない。
『敵』の信者共を殲滅する。
ブルックリン海軍工廠は、悪いことにニューヨークのど真ん中にあった。
マンハッタン島の目の前なのである。
東部時間12:00。
突入した米国湾岸警備隊が見たものは、無人の潜水艦の中にある大きな丸い物体である。
タイマーが刻々と減っていた。
既に一分を切っている。
「退避!退避!」
退避しても遅かった。
10Kmは離れなければならないのだ。
その時、水面で激しい閃光が発生した。
ゴゴゴゴゴゴゴ~~~~~~~~~~!
たちまち激しい火柱が発生し、周囲を包み込む。
自由の女神が高熱で溶かされる。
海軍工廠も爆炎に包まれる。
マンハッタン島も包まれる。
爆轟がたちまち周囲の建物をなぎ倒す。
ゴゴゴゴゴゴゴ~~~~~~~~~~!
巨大なキノコ雲を作りながら轟音と衝撃波が海に広がってくる。
全てが破壊されていく。
全てを破壊していく。
ニューヨーク受難の奇跡も冷めやらぬ中で、その悲劇は起こった。
爆心地は、マンハッタン島のすぐ先。
救いのない場所での原子爆発は起こった。
洋上の潜水艦で其れを眺める男は狂気の笑みを浮かべている。
そこからは、5発の爆発のキノコ雲を見ることが出来た。
全て海岸沿いの造船所であったからである。
「十字の神ヨ、思い知ったか!」絶叫し唾を飛ばして、空に叫ぶ。
ワシントンDCからも数発の爆発のキノコ雲を確認することが出来た。
爆音は、大統領官邸にも届いたのである。
トルーマンは庭にでてそれを見た。
明らかに、未だできていない我が軍の完成させていない爆弾が使用されたことを確信する。
「神はおられぬのか」彼は呟いて、崩れ落ちた。
後に、各地の海軍の造船所で5発もの原子爆弾が爆発したことが報告される。
それはもはや回復不能の損害であった。
そして、その意味するところは、敵は自由に原子爆弾を目標地点に投下することが出来るということでもあった。
未だ、潜水艦爆弾であることを知らなかった。
『ゲヘナ作戦』は多くの罪なき人々を地獄に突き落とした。
しかし、皇国では、『我が神国は、敵造船所に痛撃を与えることに成功した。』と新聞で報じられたのみであった。確かに造船所を目標とされた攻撃であり、海軍造船所が狙われた。
だが、その爆弾の威力は辺りの一般市民も当然に攻撃するのである。
国連(国際連盟)で非難する米国外交官だったが、「爆弾に眼がついているわけではなく、造船所をターゲットにしたものである。そもそも、今回の戦争は、米国軍の卑怯な奇襲攻撃から始まったものであり、米国がそのような愚行を行わなければ、人々も死ぬことは無かった。我々は市民の殺戮を狙ったのではなく、たまたま攻撃目標の近くに市民が多く居住していただけである。その市民が艦船を製造していたことは明らかである。軍需工場で働く市民は軍人も同様である。当神国に何らの落ち度はない」
皇国の外交官はそのように切って捨てたのである。
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