第193話 暗い影

193 暗い影


米国大統領トルーマンは病に臥せってしまった。

あまりの衝撃で精神をやられてしまったのである。


米国の造船能力(軍事部門)はほぼ壊滅させられてしまった。

攻撃方法は未だ特定できていなかった、が恐らく原子爆弾ではないかと推測されていた。

ブルックリンの工員ジョンが見たものは、誰にも伝えられなかった。

ジョンも、沿岸警備隊も全てが跡形もなく蒸発して消えてしまったからである。


副大統領は、急速に和平へと傾いていく。世論がこれ以上の市民に対する被害を許さない。ただでさえ、戦死した兵士の家族から、息子はいつかえるのだと矢の催促が送られてきていた。(勿論、帰ることなどありはしない、チリ沖で現在も戦闘している筈だ、海底で)


もはや戦争継続することは不可能である。

防空隊にも大きな損害が発生し、爆撃機の侵入にたいしても、迎撃能力が数段落ちた。


米国はスイスやバチカンを通じて和平交渉に入るよう動き始めた。


これに気を良くしたのは、第三帝国のヒトラーである。

もはや米国に力はない。

とすれば、英国にも力がないということである。

一気にアフリカ侵攻に圧力をかける。

自由フランスなどが窮地に追い込まれていく。


残念なことは、南アフリカはすでに連邦の一部になり、中央アフリカの資源地域にも続々と連邦の部隊が入ってきていた。


「己、見逃してやっていれば調子に乗りおって、類人猿ごときが!」

ドイツが日本人を仲間だと考えていたかどうかは分からない。しかし、本心では、敵を叩き潰した後は、アジア人が収容所に送られることになっていたのではなかろうか。


「おい、奴をよべ、ウーデッド上級大将だ。」ヒトラーが命令を発した。

「ハイルヒトラー!」

総統府の一室でこのようなやり取りが行なわれていたのである。


総統府の一室を訪れたウーデッドの前には、ヒトラー、ルーデンドルフ、ヒムラー、ハイドリヒなど親衛隊上級将校が並んでいる。


ウーデッドは嫌な予感しかしなかった。

「何用でしょうか、総統閣下!」例の敬礼をしつつウーデッドは聞く。

「ウーデッド上級大将は、今回の連邦の作戦の主要なところを担ったと聞いたのだが?」総統はいかにも怪しんでいるという風に、ウーデッドに聞いてくる。


「総統閣下、一体何のことでしょうか」今回の連邦の作戦の起点は、ブレストにあった。

「とぼけているのか、ブレストで補給をしたことは明らかだろう」親衛隊長ヒムラーが詰る。


潜水艦部隊の補給はフランス領ブレスト基地で行われたのは確かで、口をきいたのは自分である。しかし、作戦の内容など教えてくれるはずがない。余計なことを知れば殺される。

彼等は、狂信者である。ナチスもヤバいが彼等もヤバいのだ。


「補給の口利きはしましたが、作戦内容など勿論しりませんし、教えてくれるはずなどないでしょう。それに、我が国に何か不利なことが起こったのですか?」

何も、第三帝国にとって不利は発生していない。

英国への支援がますます弱まるだけである。

もはや、英国(カナダにある臨時政府)は本土を奪還することは不可能であろう。


「ウーデッド君、君も第三帝国の軍人ならわかると思うが、」

ウーデッドはドイツ国防軍軍人であっても第三帝国とやらは知らない。

近ごろ、ヒトラーユーゲントなる若造どもが新貴族などと偉そうに威張り散らすような事態になっていた。


「東洋の猿だけが幅を利かしている。我々も何か軍事的な成功が必要だと思わないのかね」

「北アフリカでは、ロンメル将軍が勝利を手にしていると聞いています」

ヒトラーがギロリとウーデッドを睨む。

その事実を嬉しく思っていないことは明らかだった。


「ウーデッド君、英国の爆撃機(連邦製爆撃機『飛龍』と最近呼ばれることになったB25に似た爆撃機)はどうなっているのかね」

それは予測されていた質問でもあった。


彼は、連邦の爆撃機の購入を指示されていた。

ヒトラーからも親衛隊からもである。

特に親衛隊からは、購入が無理なら、英国の基地に突入して奪い取るだけだとまで言われていた。(連邦は売却を拒否している。)


そんなことをすれば、ウラル山脈からロシアが攻めてくるので待つように、と答えていた。

そして今、強敵の米国が大きく力を失った。

聞くところによれば、皇国との和平の動きがあるという。


情勢は動いた、第三帝国も強敵米国の弱体化がチャンスであると考えても仕方が無かったであろう。そう、さらなる侵略のチャンスなのだ。


北米大陸を攻撃するためには、大西洋を往復できる爆撃機はどうしても欲しいところである。

そこで英国内の連邦基地が目標となってくる。

そこに、爆撃機は存在する。しかし、和平がなればそれは帰ってしまうことだろう。

買えるのか、強奪せねばならないのか。今が思案のしどころということ訳である。


その判断は如何?とヒトラーはウーデッドを脅しているのである。

お前、まさか連邦の肩を持つ気なのか?と。


ウーデッドの前には、収容所が口を大きく開けて自分を待ち受けているように思われた。

もう、絶対あそこには近づかないと彼は心に決めていた。


「そのことにつきましては、内密に総統閣下に申し上げたいことがございました」観念したウーデッドが口を開いた。

収容か暗殺か。ルナシストはどのような人種にも存在する。目の前の親衛隊だけが危険な訳ではないのだ。


世界各国の孤児を育てているため、どのような人種も網羅している。

ドイツにも当然孤児はいたであろうから、故にスパイが紛れ込んでいるのは間違いない。


この秘密を口にすれば自分はルナシストに暗殺される可能性が極めて高いのである。

暗殺方法は、手段を択ばない、教信者は自らの生死を度外視しているのでどのような事でもする、また、周囲の無関係な人間も躊躇なく巻き込むのである。


「わかった、私の執務室で聞こうではないか」

人間の数を絞るということである。

親衛隊の中にすら紛れ込んでいる可能性がある。


ヒトラーユーゲントに中にすら存在していたが、ウーデッドはその事実すら知らなかったであろう。


不吉な影は広まるばかりであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る