第191話 祝日

191 祝日


西暦1946年7月

米国の奇襲攻撃に端を発する第2次太平洋戦は未だ続けられていた。(1945年には終結しなかったのだ)


当初米国は、大日本帝国こそ真の敵であると信じて日本に対する本土爆撃を企図していたが、大日本帝国が真の敵でないことがのちに明らかとなっていく。


米国最大の敵は、オーストラリアを占領し、神聖皇国を名乗る賊軍であると後に知ることになる。


しかし、この賊軍は驚異的な力を有し、太平洋一帯を組み入れる謎の同盟軍を組織し、その後に太平洋の植民地各国を開放、そしてそれらの独立国が連邦を組織するという、奇怪な成長を遂げ、米国の脅威へと爆速で進化していったのである。


米国は、真の敵はこの連邦であることは疑わなかったが、日本をついでに破滅させることを諦めたわけではなった。折あらば日本を壊滅し植民地化しようと考えていた。


だが、圧倒的な戦力に成長した連邦は、太平洋の要衝ハワイを要塞化し、難攻不落要塞へと変貌させた。そして自国オーストラリアを神聖皇国と称し、これまた軍事拠点化するのであった。


西海岸を連邦の植民地兵(旧中華民国兵、旧アラビア諸国兵その他、1級国民となることが出来ない民族の兵士たち)が襲うなか、西海岸の海軍戦力殲滅を達成するため米国は大艦隊を派遣したが、チリ沖海戦において、そのほぼすべての艦船が不帰の人となったのである。



米国東部時間

7月4日、この日は合衆国の独立を祝う祝日であった。

戦時にも関わらず国力の横溢した米国では、未だに様々なお祭りやパレードなどが各地で行なわれていた。それは、最近10万人の不審死を出したニューヨークも同じであった。


この不審死あるいは怪死事件は、ハルゼーが執行した奇跡ではあったが、米国内ではそのような事情を知る者はなく、明らかに神聖皇国を名乗る賊の兵器によるものではないかと考えられていた。


それを裏付けるように、神聖皇国(旧オーストラリア)からの親族、友人らの手紙には、『神罰が落ちるのだ』というような暗喩が込められたものが複数米国内に届いていた。

それを知った、ユダヤ人以外の米国民(主に白人)はユダヤ人こそ、本当の敵ではないのかと密かに考え始めていた。

(このころ黒人は、武器をもって米国南部で暴動を起こしていた)




休みを返上して、ニューヨーク市ブルックリン海軍工廠の造船所で空母を建造していた工員のジョンは、海を見つめる。本来ならば、今日はくそったれな、猿どもをたおして彼女と共に、パレードでも見物するはずだった。


アメリカ人の多くは、第2次太平洋戦争に賛成していた。

米国が負けたままにしておくなどできるはずがない。

特に、劣等種の類人猿などに負けてはならないと考えていた。


戦争は嫌だったが、猿に負けることは許されることではない。

人類として、獣を駆逐しなければならないのだ、使命感を持っていたのだ。


空には太陽が輝き絶好のパレード日和である。

ビール片手に踊りたかった。


だが、海側を見ると、天候は晴れにも関わらず、霧が出ていた。

霧自体は珍しいことではないが、空が真っ青に晴れているにも関わらず、沖は霧というのは、珍しいことであった。ここ数年でこのような気象現象を見た覚えはなかった。


空には、祭りを祝うためではない、航空機が警戒に当たっている。

連邦の重爆撃機は英国本土から飛来し、東海岸の造船所たびたび狙ってくる。

ジョンは何度も空襲警報で、作業を中断され、防空壕に入らされることになった。




霧は徐々にハドソン川をさかのぼるように押し寄せてくる。

何とも気持ちの悪い霧である。


ジョンのいるブルックリンはマンハッタン島の反対側である。

生き物のような霧は、川からブルックリンにも及んできて、瞬く間にジョンの周囲も霧に包まれていく。


ジョンはハドソン川のマンハッタン島の先の辺りに何かが見えることに気づいた。

「あれはなんだ!」ジョンは叫んだが、それはどう見ても、潜水艦のセール部分である。

彼は、造船所でそれらも見たことが有る。


米国のそれではないことは明らかだった。

艦橋部分にフィンがついている。

米国潜水艦にはそのような形状の物はないのだ。


「誰か!あれは敵だ!オ~~イ!」

周囲の工員に向けてジョンは叫んだ。


潜水艦からはクルーらしき人間が今まさに、ゴムボートで逃走しようとしていた。

霧のお蔭で、見事に沿岸警備隊の警備をすり抜けて、潜水艦は、自由の女神周辺までやってきたのである。


ジョンの声で警備兵のボートが敵潜水艦へと向かっていく。

しかし、その頃には、敵兵のゴムボートは遥か彼方に消えており、霧の所為でみることは不可能だった。

ゴムボートでは、レーダーにも映ることは無いのだ。


警備兵は、追走を諦めて、潜水艦に乗り移り捜索を開始する。

何故、このようなところに潜水艦でやってきたのか。しかも、乗り捨てて逃げるなど正気の沙汰とも思えない。


ハッチを開けて兵士が続々と侵入していく。

既に、ジョンの発見から数十分の時間が経過しており、霧は徐々に晴れてきていた。

巨大な潜水艦が、ハドソン川に浮かんでいた。それは、大きさだけでいえば米国の潜水艦よりも大振りであった。


イ6606-D

Bocks Car(ボックスカー)


連邦のイ6000型輸送潜水艦の改良型。

特務作戦仕様。イ6600型6番艦。


最小人員で霧の中を進んできた潜水艦。

そして、今、最後の人員も自由の女神の足元から、霧の中を全速力でボートを走らせている。

残された時間は少ないのだ。


この作戦の肝である霧は、法王猊下自らが、大西洋の潜水艦イ4000型の指揮艦の甲板で奇跡を起こして見せた。


彼等はそのイ4000に合流すべく高速で走っているのである。

米国東海岸には、いくつもの造船所が存在する。

猊下の奇跡は遍く、5隻の潜水艦を覆い隠しているという。


何という、御力!我々はその猊下の奇跡に報いるため、命を賭けた突入を試みたのであった。

そして、見事マンハッタン島の先にボックスカーを届けた。


他の部隊も届けていることだろう。

エノラゲイ、ルメイ、ローズベルト、トルーマンの4隻を。


我らの猊下の奇跡を遍く異教徒に届けることになるだろう。

猊下万歳!


ボートに乗る親衛隊員は涙を流しながら、ボートにしがみつきながら法王の奇跡に歓喜の涙を流し続けるのであった。



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