第147話 元の木阿弥

147 元の木阿弥


特使の山本五十六は目的を達することができなかった。

そもそも、常識が通じない男であったが、今や狂気の世界に住まいしているようだった。

自らが神になるなどと本気で信じているのである。

正に、狂気としか言いようがなかった。


それにしても困った。

どうしたものであろうか?

我が連合艦隊にも、機動部隊は存在する。

未だ、負けたわけでもないのに、既に負けたかのような動きである。

その気力の不足こそが問題であった。

日本人は一旦、気をそらされると著しく、やる気を失う民族性なのだろう。


問題はそれだけではない。

戦時中の優秀な人材はほとんどが予備役へと退いている。

そして、その予備役は、同盟士官として戦闘艦に乗っている。

所謂、咲夜派と呼ばれ排斥された人々である。


陛下の意思により、咲夜派と見做される将官の多くが予備役に編入されたのである。

彼等は、戦争の継続を主張した抗戦派である。

中には、米国の意図を知っていて声を挙げていた者も多かったのだ。

かくいう山本元長官もそれは承知していたが、陛下の御心に従うことこそ兵士の心構えというものである。

しかし、その彼も十把一絡げで咲夜派として、現役から退かされたのである。


現役だった将官のほとんどが、咲夜派でなくても米国の意図を予見していた。

それは、咲夜が常々そのように言っていたからである。

結果、職を失い咲夜派に拾われることになる。


まるで、予期していたかのような動きであった。


「閣下も、我が艦隊に来ていただいてその手腕を発揮していただけませんか」

別れ際に、男はそういった。


「儂くらいは、お国に残らねばならないだろう」

「閣下、そのような考えの様式が日本を敗戦に導いていくのです。上の意思に背かないといのは美徳ですが、現実に正しいとは限りません。正しいこととは、日本国民を守ることです。陛下の意思を優先するのは、あくまでもそれが達成される場合のみです。間違った意見であれば、誰の意見であれ、正さねばなりません。」


「陛下は、現人神であり無謬むびゅうの存在である」

「本当の神ならば、戦争に巻き込まれるはずがないではありませんか」ニヤリと冷たい笑みを浮かべる男がその意思を表している。寝言は寝て言えと。


「お前というやつは」

「閣下、井上君によろしくお伝えください」

「ああ、わかった」


井上も予備役編入されたが、日本で隠棲していた。

勿論、仲間になるように誘われたが、「私は一度帝国の兵士となったからには、最後まで帝国の兵士であります。それに予備役です。現役復帰があるかもしれない。お国が私を必要とするかもしれない」

「井上君、武運長久を」

「咲夜君、ありがとう」二人は、握手をして別れたのである。

井上は筋を通す男であった。

彼こそ武士のようなまっすぐな男なのだ。


こうして、日本に必要とされた井上成美は現役に復帰することになる。

しかし、人材難は明らかであり、井上中将が、機動部隊の指揮をとることになる。

山口多聞、大西瀧治郎、小沢治三郎などの航空畑の人間はことごとく、同盟艦隊へと入隊していたのである。


さらに、歴戦のパイロットの多くが、破格の給与につられて、同盟艦隊の航空隊へと志願していった。


形こそ、南雲機動部隊(今や井上機動部隊)の形を保っているが、内実ははるかに質を下げてしまっていたのである。


戦争という状態は異常な状態ではあるが、その間は圧縮された時間の流れが進む為、技術などが大きく進む。(その反面反動が必ず起こる)熱しやすく冷めやすい日本人はまさに、その戦争が終わったことで大きく後退してしまった。


件の男らは、戦争継続こそが必要と主張し、不興を買って予備役へと編入された。

日本では、戦争に関する兵器や技術の進歩の速度も通常に戻ってしまった。


米国は、ドイツとの戦争を継続するという名目で、戦時体制を継続させたために進化を続けていた。


それが、零戦が適わなかった理由でもある。


「海軍が、ダッチハーバーを攻撃するしかないのでないか」

戦前、戦中においては、件の男が陸軍に対しても大きな影響力を発揮して、協力体制が、曲がりなりにもできていたが、男がいなくなり、陸軍の現場指揮官も各国(同盟の国々)の軍隊へと引き抜かれたことにより、陸海軍は以前のように、仲の悪い関係へと戻っていた。


「ダッチハーバーを殲滅していただければ、陸軍が部隊を送り込み占領します」

陸軍参謀総長は、敵海軍壊滅は、海軍の仕事であり、それを当然であると考えていた。


勿論そうなのだが、ここまで無責任に言われるは、心外だった。

「そう簡単にできるわけがないでしょう」


「な~に、海軍の南雲機動部隊があればたやすいでしょう。戦中はその名しか聞きませんでしたし」圧倒的に名声を得た部隊である。不思議にも第7艦隊の名前は聞かれることが無かった。教団の情報統制が掛かっていたからである。陸軍としては面白いわけがなかった。ただし、件の男が、陸軍にも巨大な影を投げかけていたため、そのような発言をするものはその頃はいなかった。


戦間期には、勝利の象徴は、南雲機動部隊と連合艦隊である。

最も働いた第7艦隊の名は、知られることはなかったのだ。

また、寄港地もウラジオストクなので、日本人が見かけることもほぼなかった。

知っているのは、艦隊勤務していた者たちくらいである。


確かに機動部隊は残っていた。

しかし、その指揮官やパイロットたちが問題だった。

戦間期の彼らは特訓に次ぐ特訓で物凄い練度を誇っていた。

しかし、戦争終結と当時に、多くが流出し、その欠員をうめるような厳しい訓練は行われてはいなかった。


その引き抜かれた彼等こそが、同盟艦隊の主力であった。

そして、その同盟には、大日本帝国は入っていなかった。


やられたら3倍返し、この教えは例の教団の教えである。

教祖にされた仕打ちを簡単に忘れるような不信神者はいないであろう。

彼らは、熱狂的な信者なのである。


「海軍内で検討し、何とかダッチハーバーと艦隊を撃滅するよう努力します」

海軍軍令部総長はそういうのがやっとだった。


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