第94話 鳥
094 鳥
昭和の時代には、『友鶴事件』、その後に『第4艦隊事件』という事態が発生する。
軍縮条約により、艦艇の建造に様々な制限が掛けられた結果、小さい艦により大きな武装を積むということにより、トップヘビーが起こり、復元力の低下や船体の弱体化によって引き起こされた事件である。
一方照和では、このような事態が起こりうることは、秘密結社『兎の穴』で情報共有されていた。
そもそも、あまり知られていないが、艦艇は他国で建造されており、海軍の欲しい数というものはかなり揃うので、そんなに無理やりに武装を積むことは必要ないと結社内では議論もされていたのである。
この事件の責任者である、造船将校藤本大佐は、秘密結社に加入させられた人間である。
軍側の厳しい要求は、結社の会長、山本五十六などが諫めてくれていた。
そもそも、艦艇建造の権威、平賀譲は名前とは反対で決して譲らない性格であったから、軍側も藤本にお願いする態勢が出来上がってしまったのだ。
それにより、平賀は、海外視察中に、建造部門から外されるという事件が起こるのである。
だが、失意の平賀はすぐに、十六夜造船の取締役社長、兼造船部長として迎え入れられた。
彼は、本来の設計をここでいくらでも行えることになったのである。
そして、後に結社に入会する。
そのような、結社の動きのお蔭で、上記のような事件は起こらなった。
そして、そのお陰で、藤本は急死することもなかったのである。
ついに、海軍の休日は終わり、軍縮時代は終わる。
ブロック経済の次は、戦争である。
景気を何とかするためには、他人から奪い取るのが一番なのだ。
これぞ帝国主義の真骨頂なのである。
日本は、第2次ロンドン軍縮条約には加入せず脱退する。
予備交渉で不調に終わっていたのである。
1935年(照和10年)
私は、少将に昇級した。
海軍航空本部、総務部長として出仕することになった。
いよいよ、本格的な戦争準備期間の始まりだった。
本部長は、結社会長の山本五十六中将がついた。
いち早く、「十二試艦上戦闘機計画要求書」を提出し、開発を早めるためである。
所謂のちの零戦と呼ばれる艦上戦闘機のことである。
兎の穴では、この空母艦載機が問題になっていた。
「戦艦を作るよりも、航空機こそ必要なのだ」会長の山本が航空主兵の先鋒である。
「閣下、航空機よりも空母の方が遥かに問題なのです」
「それは分かっている」
「閣下、今の空母では、艦載機を多く載せることができません」
「できるだけ数を用意するしかあるまい」
「閣下、数が増えればそれでよいとは片腹痛いですぞ」
「咲夜、何を言いたいのだ」
残念ながらこの結社の最高階級は山本である。
後の者は、私の同期か一つ上が関の山である。
「飛行機というものには、翼があるのです」
「私を馬鹿にしているのか?」
「鳥にも翼があるのです」
「貴様!」さすがの山本も腹を立てる。
周囲の者、例えば、有栖川宮や井上君が山本を静止する。
手を出すと手首をくじくので止めているのだ。彼らは理解している。殴るだけ無駄なのだということを。そして殴りつけたところで考えを変えることは決してないのだと。
「まあ、閣下落ち着いてください。そんなことは当たり前ですが、鳥は止まっているとき翼を開いて止まっていますか?」
「あ!」山本が口をぽかんと開けた。
「さすがは、我等の閣下その通りです、翼を常に広げていては、多くが同じ場所に留まることができません。これは非常に大事な事なのです。」
「つまり、羽根をたたんでより多く載せるということか」
「その通り、そして、空母の飛行甲板はできるだけ広い方が、離発着に便利なのです。」
「お前!」
「勿論、訓練は重要です。しかし、全ての兵は精兵にはなれません。そして、日本には選んでいる余裕はありません、精鋭でなくとも離発着しやすい環境が必要なのです」
「あの空母はそういうことなのか!」
山本はかつて改造空母「加賀」「土佐」を見学したことが有る。
「できれば、防御の薄い空母にバルジを取り付けて、その上に甲板を引くのです」
「そんなことをすれば、速度が低下する」
「だから、船体延長しているのです」
船の速度は、縦と横の比率に関係する。5対1程度であれば高速を維持できるのだ。
「そんなことをすれば、折れるかもしれない」そこに、件の藤本技師が口を入れる。
「だから、折れないようにしっかりと結合し、補強を入れてほしいのだ」
「咲夜、君の意見の真意がわかった。しかし、現状では、無理だろう。新型空母もうすぐ竣工するだろうからな」
「まあ、そうですが、我が造船部には、修繕可能なドックをもっていますが?」
「金があるわけないだろう」
「タダでもやりたいくらいですが、諦めるしかないですか」男は肩を落とす。
その時点で海軍には、天城、赤城、蒼龍、飛龍、龍驤が存在した。(鳳翔は入れない)
その他にも、改造前提の客船や潜水母艦なども数隻存在していた。
条約の眼をかいくぐる策略は用意されていたのだ。
それらが、祥鳳、瑞鳳などになる。その他にも、軍艦の改造によるものも存在した。
水上機母艦などの改造による空母に、龍鳳などが存在する。
これらも、即座に空母に改造する計画の上に建造されているのである。
天城、赤城、蒼龍、飛龍の拡幅、船体延長をおこなえば、さらに数多くの艦載機が搭載できることは確実だったが、流石に、人の物にまで簡単に手を出す訳にもいかない。
ここは、ゼロ戦の折り畳み翼(翼を折り曲げる工夫)、甲板の幅拡幅、対空火器増設、艦首の拡大、電探の搭載で話は落ち着かせたのである。
ええ!とても膨大な要求?それくらいはそもそもあって当たり前なのだから仕方がない。
斯くして、「十二試艦上戦闘機計画要求書」には折り畳み翼の項目が追加されていくことになり、さらには、艦攻、艦爆も当然に要求されることになっていくのである。
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