第58話 チェーカーの地下室
058 チェーカーの地下室
トラックの着く前から彼等、女子ども含めて十一人は地下に集められていた。
安全な場所に移動するために、起こされ着替えさせられていた。
そして、安全な場所に行くために、地下室に集められていたのだった。
銃殺隊を連れた、秘密警察(チェーカー)のユロフスキーが入ってきた。
「ニコライ・アレクサンドロヴィチ。あなたの親族がソビエト・ロシアに対する攻撃を継続しているという事実を考慮して、ウラル・ソビエト執行委員会はあなたを処刑することを決定した」と命令書らしきものを読み終える。
「何だって!」ニコライ・アレクサンドロヴィチとは、ニコライ2世の名前である。
かつてロシア帝国の皇帝であり、最後の皇帝でもある。
「子供たちだけは助けてくれ」ニコライは手を広げて、ユロフスキーめがけてとびかかった。
銃殺隊もユロフスキーも全員が、ニコライを撃った。
反射的な行動だったのか、家族に対する熱い愛情だったのか。
銃殺隊やユロフスキーは、別々のターゲットを撃ち殺す手はずだったが、思わぬ行動で皆が一斉に、ニコライ2世を射撃してしまった。
地下室に轟音を火花が飛び散り、濛々と発射煙が発生する。
そもそも、まだ無煙火薬は一部にしか出回っていないので、周囲は煙でかすんで見えない状態になっている。
一手遅れた、突入部隊が、白刃を煌めかせて突進してくる。
彼等の後ろに来たのに気づかない。
恐るべき剛腕が唸り、銃殺隊の隊士を真っ二つに縦切りにした。
そのあとは、血風の吹きすさぶ凄まじい乱戦だった。
絶叫が上がり、血が吹き上がる。
まさに、血の池地獄を作り出していく。
地下室の絶叫が止まった時、そこには、何かわけのわからない物体になり果てた死体が散乱していた。
それだけ、男の怒りは凄まじかったということである。
面倒な事をしやがって、おっさんが死んでるじゃねえか!
呪詛を頭の中で吐き散らしながら、チェーカーの死体だったものを蹴りつける。
王家の娘は4人もおり、それ以外にも女がいた。
あまりにも血が飛び散っているので、彼女らは悲鳴を上げていた。
「あなた!」王妃が、もはや死んでいる王を抱いて泣き叫ぶ。
「どうか、夫を助けてください」王妃が誰ともわからぬ殺人者にお願いする。
助けに来たと勝手に思っているようだ。
しかし、実際はそうではない。
助ける代わりに、隠し財産の半分を出せという契約を取りに来ているだけだ。
人助けなどではなく、ビジネスのためにきているのだ。
まあ、王妃さえ生きていたら何とでもなるだろう。
「残念ですが、もはや死んでいます」
「どうか、まだ息があります」
どう見ても、眼がカッと空を睨んでいるし、死んでいる。
「なんでも、なんでも言うことを聞きます。どうかどうか助けてください」
「なんでも」その一言に男が反応する。
その一言を待っていたのである。
そう、男は知っている。
彼等というか彼女らは、依存心が強いのだ。
彼等の帝国が崩壊した原因の一つに、それが関係しているといわれている。
怪僧ラスプーチンである。
彼女の息子は、血友病で症状が重かった。
そこに現れたのが、超能力で治療できると評判になっていたラスプーチンだった。
治療程度なら何の問題もない。しかし、彼らは、この男を厚遇し国政に参加させるようなところまで信頼してしまう。
他人が見ればどうやっても怪しい男を心酔して厚遇し、優遇する。
金も使う、身分も与える。
この一挙が、反発を産み、帝国を崩壊へと導いたという説がある。
しかし、その彼も、暗殺された。
噂では、心臓に弾を食らってもまだ生きて戦っていたなどという与太話があるほど、エピソードが豊富ではあった。
故に、彼女らは、とにかく縋りつきやすい精神状態なのであった。
死を間近に感じて、突然助けに現れた男に縋りつきたかったのだろう。
彼女らというのは、娘達もラスプーチンに心酔していたらしい。
「わかりました。しかし、これは我の秘術故、必ず約束を守っていただけなければなりません」流暢なロシア語で怪しい話を繰り出す男に。
「はい、どうかお願いします」抱いてくれと言わんばかりに、抱き付く王妃。
いやいや、どうせなら娘達の方がうれしいのだが。
「それでは、まずこれから起こるであろうことは、神の秘術故にお見せすることはできません」
「はい」
「次に、もしも仮に生き返るとすると、おそらく若いころの容貌に変貌していることが有ります、その事について、承知していただきたいのです。自分だけ若くなるというのは、陛下も複雑なお気持ちになるでしょうが、それは我慢できますか」
「はい、夫が生き返るなら」
「わかりました、とりあえず危機はすぐそこまで迫っています。あなた方は、表のトラック、あなた方の死体を運ぶためのものですが、それで近くの山間に隠れてください。私は、おそらく生き返った皇帝陛下とそちらにゆくでしょう」
自分たちの死体といわれたことで彼女たちは、青くなった。
自分たちの現実を理解させるためにわざといったのだ。
「さあ、早く脱出してください」
敵の増援部隊が無いとは言い切れない。
「ああ、どうか父をお願いします。神様」娘の一人はそういって私の口にキスをして出ていった。これも役得というものであろうか。
それにしても、血みどろだな。自分が作り出しておきながらそんな感想しか男は抱かなかった。
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