第140話 現人神
140 現人神
経済活動の中で、露骨な日本はずしが始まっていた。
信者たちの動きは明確であった。
東北地方には、信者が相当数いたのである。
そして、日本有数の企業は東北に数多く存在する。しかもそれは、件の男の関連企業である。
農民の間でも、豊作を約束された土地に不穏な噂が流れていた。
『神子様を排斥した軍部や皇室の所為で、もはや、加護は失われたのである』
『神子様の力で豊作になっていたのに、大和(日本のこと)の現人神はなぜ豊作にしてくれないのか』
『本当の神とは、我々の豊作を守ってくれる者のことである』
現人神論争が始まっていたのである。
流石に、神聖にして犯すべからずの存在であろうと、土地を豊作にする力は持ち合わせていない。戦争に負けて、人間宣言をさせられてしまったのである、そもそも神であるはずがない。
また、現人神ならば、負けるはずもない。
そもそも、神通力で負ける戦争を予知するであろうから、戦争を回避するだろう。
自らの財産のほとんどを連合国に接収される始末である。
そもそも、どうやっても人間なのである。
昔(神代)は、天皇は何百年の齢をもっていたというが、現代では、普通に生まれ死んでいるのだった。
東北地方では、警察が信者を逮捕しようとして、逆に射殺される事件が頻発した。
信者は、武器をもっている場合が多いのだ。
神教の関連企業も次々と本土から撤退を開始していた。
働き口を失う多くの人間が不満を持った。
圧倒的に有利に戦争を進めて、講和したというのに、国内にはあっという間に不穏な空気が満ちた。戦勝気分は雲散霧消する。
「信者たちよ!やがて全てが明らかに成る。奴らは再び日本を襲うことだろう、だが、残念なことに、もはや、加護を得ることはかなうまい」
「神の国日本は加護を失ったのである」司教がまたしても、テレビ放送で絶叫していた。ギーレン・ザビーネ司教はロシア人らしいが日本がとてもうまい。
あの放送でも、逮捕されなかったのであろうか?
特高警察は、神教には甘かったのだ。食い込まれていたためである。
神教が最も得意なプロパガンダ戦では、日本軍部では対抗できなかった。
テレビ局自体が、神教の物であったのだ。
本来は、特高辺りが制御するところであったが、できていなかった。
あまりにも、更迭の代償は大きかったのだ。
神教の教えは、『三倍返し』その嫌がらせはとどまることを知らなかったのである。
関東軍は、石原莞爾大将が実権を握っており、海軍の考え方と異なる見解をもっていた。
彼の考えでは、日本はがアジアの盟主となって共栄圏を作らねばならなかったのである。
それを我が身可愛さに、アジアの独立国を見捨てても講和をするなどとは、もってのほかである。
それに、彼ら(米国)の時間稼ぎは明らかだった。
彼等が太平洋の覇権を手放すはずなどないではないか!
この部分については、全く同意見であった。
関東軍はすでに、満州国軍へとその姿を変えた。
連合艦隊第7艦隊は、ロシア太平洋艦隊に戻り、真珠湾に本拠地に定めていた。
そして旗下の潜水艦隊は、ニューギニア島にその本拠を移し、活動を継続していた。
今やニューギニアとハワイが、独立国家群を纏める、太平洋国家群連邦を作り上げようとしていた。
海軍では、不敬罪の男に加担する将官の更迭も行おうとしていたが、あまりにも影響が大きすぎた。大半の将官が、実戦部隊の司令官であったのでやめさせることができないほどになっていた。
件の男は、ハワイ王国摂政、ロシア皇国軍元帥という大役に抜擢され、今、西へ東へと忙しい日々を送っていた。
ニューギニア島は独立を宣言した。
ハワイ王国は、先住民優先原則なるものを掲げて、オーストラリアに宣戦を布告した。
先住民優先原則とは、先に住んでいた者がその国の真の住民であり、国民であるというものである。それに従えば、オーストラリアの現在の状況は、白人種が武力によって、その地を略奪しているということになる。
そして、それを正すために、戦うのだという。
この原則はのちに様々な問題の火種になっていくのである。
明らかに、戦争を仕掛けるための屁理屈であった。
もっとも問題なのは、ハワイ王国に駐屯するロシア太平洋艦隊の戦力は無視できないものであったということである。
その戦力は、太平洋最大となっていた、帝国の連合艦隊にも匹敵するものであった。
そして、信者たちが荒れ狂っている状態で、帝国連合艦隊は簡単に動くことができない状態へと混沌を深めていく。
連合艦隊の乗組員にも東北出身者か多いのだ。
そして、恐れた通り、その年の収穫は壊滅的に不作となってしまったのである。
東北地方では、『神の祟り』は間違いない事実であると、各地で米騒動が勃発する。
早く、月の神子に謝罪し、高い位でお迎えしないと大変なことが起こると大騒ぎが発生していたのだ。
照和の現人神はなぜ、国土に不作をもたらすのか!
豊作と不作などは自然現象であったにも関わらず大変な問題に発展していた。
しかし、その自然現象をも超えて、これまで、豊作を続けてきたこともまた事実であった。
豊作が続きすぎて、米価格が暴落したこともあったほどに。
今や、その反動で極端な不作であった。
一瞬で、食料不足が発生するほどの不作が日本を襲う。
これまでの借りをかえさせるかのような不作である。
そして、それは今後十年以上は続くだろう。
つまり、それが自然というものなのだ。
今迄が、借り過ぎていたのである。
「もはや、国を離れて新たな土地へと向かうしかない」
それは、宗教でよく見られる逸話であった。
神は、『約束の地』を用意してくれるらしいのだが、そこがどこははっきりしない。
さらには、選ばれた人間たちしか行けない、苦難に満ちた旅をせねばたどり着けないのである。
ましてや、そこには先に人間が住んでいるのだ。
争いを起こさずにはいられまいというものだ。
無責任な政治はいつも人々を不幸にしかしない。
この国の場合はそれに輪をかけて、奇妙な新興宗教すらも絡んで訳が分からない状況へと落下していく。
危うし大日本帝国!
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