第139話 絶叫の司教
139 絶叫の司教
1941年6月22日ドイツ軍、バルバロッサ作戦発動。
突如ドイツ軍がソビエトに牙をむいた。
もともと信用していたわけではなかったが、それはあまりに突然の裏切りであった。
スターリンは、その情報を聞いて激怒した。
「敵の動きもわからなかった愚かものは誰だ、粛清してやる!」
だが、悲劇はそれだけには終わらない。
同時刻、遥か東方のロシア皇国が休戦条約を破棄し、攻撃を開始する。この情報は、伝わる迄に若干の時間差があった。
ソビエトは非常に長くて大きい国なのだ。
クラスノヤルスク、ノボシビルスクなどの主要都市がロシア皇国の爆撃機による爆撃を受ける。
ポリカルポフI16戦闘機が迎撃に向かうが全く歯が立たなかった。
I16戦闘機は戦闘機なのに、爆撃機に手も足も出ず、撃ち落とされていた。
それどころか、爆弾を投下した後の玄武に追い回される始末だった。
屈辱であった。
「空軍の司令官を粛清せよ!」スターリンが吠える。
徹底的な空爆の後、陸軍が進軍してくる。
しかも、カチューシャロケット砲を多数発射してくるのだ。
兵士らは、トラックによる輸送、そして榴弾砲、戦車と機械化師団が押し込んでくる。
指揮官は、ミカエル・トハチェフスキーである。
少しでも
彼の部下は、決して怯まず戦わねばならない。
特に2等国民(新ロシアに亡命を許された国民のこと)には、決して下がることは許されない。
国民になるための兵役義務にそう記されているからだ。
彼らは、日本の卑劣な罠に載せられて、ロシアに亡命したのだ。
その際、国民になるための義務を課せられた。
労働の義務、兵役の義務である。
通常のロシア国民よりも厳しい制約が課されているのである。
「下がるな、前に進め、
クラスノヤルスクは数日で陥落した。
大規模な空爆とロケット砲、さらには、戦車部隊の突入。
尤も、ドイツ軍の突然の大攻勢により、虚を突かれてしまった側面もある。
数日かかったのは、部隊がそこにたどり着くまでにかかった時間である。
物理的な距離の所為でこの時間がかかったのである。
バイカル湖から発進する大量の水上爆撃機『玄武』の爆撃は確実にソビエト軍を破壊していった。
そして、何より、ソビエト軍の士気を鼓舞する、督戦隊が狙撃兵により射殺され、かれらが、いち早く撤退したことが響いた。
所謂バンパイア部隊(ハワイで活躍した狙撃部隊のこと)は、すでに土地へと侵入しており、夜間に狙撃を行っていたのだ。
督戦隊の将校たちは訳もわからず、死んでいった。
あまりの恐怖に逃れたのである。
督戦隊のいないソビエト軍など士気を支えることはできない。
あっという間に壊乱状態となってしまったのだ。
政治将校も狙撃対象になっており、凄まじい攻撃にさらされ、将兵を盾に逃げるしかなかった。
ノボシビルスクでも同じような戦いが繰り広げられた。
逃げ遅れた市民たちは、全員が逮捕され、ロシア皇国の兵士になるか死刑かという恐ろしい選択を迫られていた。
明らかに、オムスク攻略の肉の盾候補である。
トハチェフスキー大将は、全くそんなことは気にするそぶりはない。
「文句があるなら、銃殺にすればよい、そのために貴様らに銃を渡しているのだろう!」と味方兵士に叱責するのだ。
この狂人を止められるのは、スパイヤポンスキー(日本のスパイ、ロシア伯爵のこと)しかいなかった。
そのスパイヤポンスキーは、最近、日本で予備役に廻されたらしい。
予備役編入という表現より、更迭が適切な表現であったという。
王に対する不敬を働いて、本来は死刑となるべきところを、予備役編入という事実上の更迭で許されたのだという。
宗教の教祖でもあるこの男を処刑することは危険と判断されたのである。
もし、そのような事態が起これば、日本は大混乱となるだろう、それほど多くの信者がいた。
しかも熱狂的(狂信的ともいう)である。
日本国内のテレビ放送。
「真なる神の子に対する日本帝国のやり方は許されるものではない。決して神教の者は忘れないであろう、この仕打ちは、3倍返しで返されるであろう」
「神教は今、日月の盟約から、外れることになる」
日本で流される日月神教のテレビ放送の番組で、司教が怒りをたたえて、絶叫している。
「日月の日は、大日本帝国の太陽を意味する。われわれ、教団は月の女神を信奉しているのである。その太陽と月がともにあることにより、『日月神教』を形成していたことを皆は覚えておるだろう!」
司教の話はまったくの初耳であったが、神教ではそのようになっていたのであろう。
宗教の御託など、通常の人間には理解できない類のことが多いのだ。
「今、その太陽たる、大日本帝国は、月の女神を裏切ったのだ!」司教は、唾を飛ばして絶叫し、怒りで震えている。
「女神の神子は、更迭された、日本の為に、粉骨砕身の働きをされてきた、神子様が更迭されたのです、なぜか!これは許されざる裏切り以外の何物でもない、遍く世界で最も優れる神子様を大ピ――—――が恐れるが故であると!」
「信徒たちよ!我々は、日月神教から、月の神子のための教団に名前を変えねばなりない!」
すでに、司教はかなりきていたが、内容は、帝国への誹謗中傷であった。
特別高等警察がすぐにも踏み込んでくるところであったのだが、その特高は、すでに神教に食い込まれており、動きは鈍かった。
警視庁も同じであった。
憲兵に至っては、既に、彼らのための憲兵になっていた。
「今こそ、月読教(すでに日月神教から月読教へと名称変更したらしい)は、試練をともに乗り越えていかなければならない!信徒たちよ立て!立てよ!信徒たちよ」
それでも、流石に、行き過ぎた軍部・皇室批判の言葉が飛び出すぎたため、放送は途中でカラーバーの画面に切り替わったのだった。
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