第154話 歪み

154 歪み


シドニーとパース(大陸の西の端)だけが残った。

というか残されたのである。それ以外の都市はすべて灰となった。

人々は恐怖で気が狂いそうになっていた。

無条件降伏をオーストラリア政府は飲まざるを得なかった。

兵士も民間人も牛や羊も馬も生きとし生けるもの、そしてその財産までもが完膚なきまでに焼き尽くされた。人間を相手にしている気がしなかった。

嘗ては、自分たちの先祖もこのような蛮行をしでかしてはいたが、近ごろは聞いたことが無かったので仕方がない。


期限が設定され、オーストラリア人の移住が始まった。

期限後に残っている人間は、またしても殺戮の対象となることが明言されていた。

あまりにも、悲惨な戦場が各地で繰り広げられたため、多くの生き残った人々は恐怖で心を折られていた。


数百万人のオーストラリア人が『奴隷船』と呼ばれる輸送船でニュージーランドに送られた。

船は、通常の輸送船で定員以上の人間をすし詰めにして運行されている。

それはかつてのガレー船や奴隷船を思わせるような光景であった。

劣悪な環境で碌に食事も与えられない。

多くの黒人が無理やり奴隷として載せられたような風を再現していた。

救いなのは、ニュージーランドがすぐ隣にあるため、アフリカから米国に渡るほどの日数がかからなかったことである。


ニュージーランド政府も同盟軍に脅しをかけられていた。

同盟に歯向かえば、強力な攻撃を仕掛けるということである。

ニュージーランドの原住民には、武器が供与され、いつでも戦うことがゆるされた。

要請すればいつでも艦隊を派遣する旨が伝えられた。

こうして、ニュージーランドにも不和の種がまかれ、お互いを牽制することになる。


それに加えて、急激に人口の増えたニュージーランドの食料事情はいままでもよくなかったのだが、さらに悪化する。

ニュージーランド政府は事実上降伏したような状態で、同盟からの食料を輸入するしかなかったのである。


このような事態に対して宗主国の英国はどのような対策をもうつことが出来なかった。

ドイツ軍の猛攻に晒され、耐えるしかない状態であったのである。


当のドイツ軍は、英国で展開されたアシカ作戦による兵力の集中から、一定の戦果を確保した後、ソビエトへの猛攻も開始する、スターリングラード攻防戦が開始されていた。

史実では、ここでドイツ軍は敗れるはずだったのだが、この世界では、ウラル山脈から東方において、武器を製造することが出来ない。そして米国からの武器弾薬も当然シベリアから来るはずもなかった。ソビエト軍は壊滅に瀕していた。


さらに、そのウラル山脈の東部は、新ロシア皇国が占領していたのである。


ウラル山脈に逃げ込んだスターリンを狙って、新ロシアの爆撃機が、次々と爆弾を投下していた。

ミカエル・トハチェフスキー元帥は、絶対にスターリンの死体を発見するまで攻撃の手を緩めることはないと、全軍に宣言していた。

一方のスターリンは、爆撃で死体すら残さず吹き飛んでしまうかのような爆撃を、ウラル山脈で受けていた。


新ロシア皇国軍は、チュメニを押さえ、軍の動きを中東に向けている。

この機に、中東の油田地帯を完全に掌握する構えを見せていた。

彼等を止めることが出来る勢力はほぼなかった。


新ロシア皇国はついに、兵士が畑でとれるような地帯を手に入れることに成功していた。

中央アジア地帯を手に入れたことで人口問題は解決を見たのである。

後は、銃で脅してでも戦わせるという、ロシア伝統の督戦部隊が後押しすることになる。

その後は、勝ち馬に乗る勢力が勝手に集まってくるというものである。


英国の栄光が崩れ去るということは、連邦の加盟の国々に様々な悪影響を与えることになる。

特に、インドでは顕著であった。

チャンドラ・ボース率いる独立派は、インドに潜入し工作を行っていた。

インドの周辺国は次々と、独立し太平洋同盟に参加していた。

さらに、英国東洋艦隊が敗れ去り、マダガスカル方面まで後退していた。

また、インドの諸都市を同盟の爆撃機が、爆撃していた。


同盟加入の新ロシア皇国の部隊が、中東にまで進出してきたことで、インド半島では内乱が各地で発生する。英国のインド駐留軍ではすで抑止することが不可能なレベルであり、独立派には、海洋、陸地、空輸により同盟から武器が供与されていた。


同盟は、植民地解放とその維持を目的に作られたものである。

当然に、植民地支配を受けるインドも加入する資格をもっているといっても過言ではない。


但し、入れるかどうかは、同盟首脳部が決定する。

奇妙な宗教を容認すれば、承認されるのかもしれない。

実際、アラーを崇拝する人々も、月読様こそ、アラーの生まれ変わりであると認定し、自身の宗教を守りながら、活動する国も存在する。

同盟加入の際の苦し紛れである。

そもそも、月読様(件の男のこと)がアラーの生まれ変わりなどと言うことは絶対にない。

何故なら、アラーは、十字教の神と同じ神である。

これははっきりしている。(アラー教の経典でも語られている)

ユーダ教の神も同じ神である。


件の男がアラーの生まれ変わりなら、十字教徒を徹底的に殺して回る理由はないのだ。

だが、歴史的には、十字軍などによってお互い殺し合いを行っているから理由はあるのかもしれないが・・・。


生き残るためには、現実の都合を考えねばならない、アラー教の人々は、月読こそアラーの使者、生まれ変わりであると信じることに決めたのである。


インドの場合は、ヒンズー教や仏教であるためもっと簡単である。

月光菩薩の生まれ変わりであると信じれば、信仰しやすいということである。


同盟軍の戦力は急速に拡大している。

今、この同盟を外れることは、同盟軍により殲滅される恐れが多分にある。

各国は、従うしかないのである。


武器供給の源泉であり、工業製品の源泉でもある。

同盟の主要な要素。これ抜きで、独立を維持することは不可能に近い。


同盟軍とはいうものの、その内実は、親衛隊に近い。

組織的軍隊を持つ国は、新ロシア、満州国ぐらいであり、後は、同盟軍が主要な軍隊である。


各国も軍隊を持つことが可能であるが、その指導は同盟の将官に頼ることになる。

同盟の将官とは、ほぼ親衛隊の将官である。


このように、世界の勢力図に大きなゆがみは広がっていくのであった。


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