第182話 『斬首作戦』
182 『斬首作戦』
ビル・ハルゼーの眼には、敵遊撃艦隊が見えていた。
それは、神眼である。
その眼は、真っ赤な光を発している。
『斬首作戦』
敵艦隊の決戦を前にして、ハルゼーが採った作戦である。
ハルゼーの眼には、連邦の大艦隊が見えていた。
そして、その圧倒的な戦力は、米国第5艦隊もってしても撃破することは到底不可能であった。
全てが徒労に終わることは目に見えていた。
ランチェスターの法則など持ち出すまでもなく圧倒的な戦力差である。
雌雄は決していたのである。
だが、たった一つの勝ち筋が提示された。
それは、敵の総大将を戦場において討ち取るというものである。
神眼が、敵の総大将が座上する艦隊が捕らえたのである。
ハルゼーは其れが帝国の山本五十六であると思っていたが、そうではなかった。
しかも、その戦艦部隊が別方面から自軍を襲おうとしているのである。
それは、危機であったが、チャンスでもあった。
敵の総大将は、今、単独活動を行っている。
敵の大艦隊の中心にいれば絶対にできないが、今や独立の遊撃部隊である。
全てはそこにある。
発進させた戦闘機隊は、敵の戦闘機隊と戦わせ、攻撃隊はこの別方面にすべてを振り向ける。
そして、自らの打撃部隊も全力でぶつける。ハルゼーの乗るモンタナ級戦艦『モンタナ』ら打撃部隊が回頭する。
「全軍を敵遊撃艦隊にぶつけるのだ!」
奴こそ元凶!この悪魔を撃滅すれば、敵は瓦解する。ハルゼーは神の啓示を受けて痺れたような気分だった。
そこには、自分の命や将兵の命などの価値は認めることはできない。
神の国を守るために自らが、そして全ての将兵がその礎石とならねばならない!
命を捨てて、悪魔を撃滅するのだ!
連邦軍艦隊。
上空に無数の黒い点が見える。
船首の見張り員はその黒い点を発見した。
敵の攻撃機部隊は、全てが味方主力艦隊に向かっている筈だった。
しかし、それは見せかけだった。
戦闘機は直進して、連邦戦闘機部隊を交戦に入ったが、攻撃機部隊は進路を変更、敵遊撃部隊を全力をもって攻撃するのである。
「たとえ、赤い光線がお前達の視界を奪っても気にするな、そのまま直進せよ!その光線は、お前達の侵入角が正しいことを示している!神の御元を指し示しているのだ!」
飛行隊長は、真っ赤に光る眼でパイロットたちを激励する。
テスラ級戦艦や空母に搭載されている赤色レーザー光線は、敵の急降下爆撃に対応する目くらましである。非常に悪辣な手段であるが、非常に有効だった。
急降下爆撃機の爆撃コースに入るとレーザー光を照射して相手の視力を奪う。
それは、その爆撃侵入角が正しいことを意味している。
ほとんどの場合、驚いて、操縦桿を動かしてしまうのだ。
しかし、飛行隊長はそのまま突っこめと言っているのである。
それは、『神風攻撃』そのものであったが、彼らはそれが正しいことであると確信している。
お国の為に、いや、神の国の為に悪魔をこの手で斃さねばならないからである。
これは『聖戦』なのだ。
「防空戦闘用意!」
艦橋で防空戦闘の命令が出される。
クソ!奴め、これが神の力か!
分かる訳が無いのに、こちらの存在がばれてしまった。
明らかに、人間の力の埒外。奴は、俺を見ているのか!
件の法王は内心激しく焦っていた。
デストロイモードはステルス技術の粋である。
テスラコイルにより電波を吸収するのである、それにより電波を反射を発生させない技術である。
見えるはずがないのに、見つけられた。
ハルゼーには、神の手助けがあるに違いない!
発見された位は問題ない。
男が焦っているのは、直掩戦闘機がないことである。
独立遊撃部隊は、テスラ級戦艦6隻のみである。
ステルス部隊の性格上、同じような速度と能力がないと難しいのだ。
ということで、直掩の空母をつけていなかったのである。
本来は、軽空母などをつけていれば問題なかったのだが・・・。
もっと言えば、本隊の大和にでも座上していれば全く何の問題も無かったのである。
圧倒的な戦力差で揉みつぶすだけで良かったのである。
しかし、男は、功を立てたかった。
そこには、油断が合ったというしかないだろう。
男は、今、危機に直面していたのである。
「デストロイモードを終了せよ!緊急電を機動部隊に伝えよ、防空戦闘!主砲に三式弾及びFAE(サ式)砲弾装填、レーダー迎撃を開始せよ!」
田中艦長が適切な命令を下す。
「艦隊編成を輪形陣に変更、猊下を守れ!」
単縦陣から編成が旗艦の周囲を囲むような輪形陣へと変更するべく艦隊運動が行なわれる。
昭和の大和特攻のような状態になってしまった。
米英の攻撃機部隊は500機以上もある。
直掩機なしに、多数の航空機との交戦。
米国の戦闘機は、連邦の戦闘機を足止めするために全機繰り出している。
そして、連邦の航空機を引き付けるために空母は囮行動をとってハルゼーの斬首部隊と反対側に舵を切っていた。
ハルゼーの斬首部隊は、進路を転進し、空母攻撃隊の攻撃後に、戦艦の主砲により止めを刺すべく、ひそかに発動した作戦『斬首作戦』を展開していたのである。
米国太平洋艦隊(第5艦隊)には、それしか勝ち筋が無かった。
逆に言うと、神の啓示が見えたようにしか思えない。
これこそが天祐!ゴッドブレスミー、オーマイガッ!
ハルゼーは今興奮の絶頂にいた。
たった6隻の戦艦に500機以上の攻撃機(戦闘機はすべて囮作戦の為に使われている)。
今や絶体絶命の危機に陥る連邦遊撃部隊(法王座上艦含む)。奇襲攻撃が読まれた上に、逆手に各個撃破の対象にされるという大失態である。
だが、この謎の戦艦群は非常に強力な対空兵器の島のようなものである。
この南太平洋に、猛烈な死闘が繰り広げられようとしていた。
そして、米国空母機動部隊へ連邦攻撃機隊による攻撃が開始されようとしていた。
緊急電を発する遊撃部隊。
その緊急電を授受しても、全ての戦闘機は出払っており、既に敵空母群に向かっていた。
折り返して、給油せねば救援には向かえない。
どんなに急いでも、少なくとも、2時間はかかるであろう。
米国機動部隊には、直掩戦闘機もおり、支援をだすにしても、それらも打ち払う必要があった。
絶対的有利を得ていた連邦が窮地に陥った瞬間であった。
ハインケルのF5Eの部隊の一部は直ちに反転して母艦に向かう。
法王を救うためである。
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