第100話 暗号コード『月光の艦隊』

100 暗号コード『月光の艦隊』


大戦艦大和建造に関して、井上中将はこのような意見を寄せている。


「『航空機、潜水艦ノ異常ノ発達』により、将来の戦争では、日本海海戦のような主力艦隊対主力艦隊の決戦は絶対に生起しない。日米戦争の場合、太平洋上に散在する島々の、航空

基地争奪が必ず主作戦になる。故に、巨額の金を食う戦艦の建造なぞ中止し、従来の大艦巨砲思想を捨てて、海軍は『新形態ノ軍備二邁進スルノ要』がある。米国と量的に競争する

愚を犯す勿れ」


これについても、やはり山本五十六なども同じような意見をもっていた。

艦隊決戦など起こらないのだから、零戦と陸攻を一万機作れなどと言っていたのである。


しかし、一万機作ったとて、それに乗れるだけのパイロットたちを育成できていない。このように、日本人には、理想があっても現実とすり合わせることができていないことが多いのだ。これが欧米であれば、パイロットの増産のために航空学校がいくつ必要で、練習機がいくつ必要で、教員が何人必要で、期間は何年でと計算を組み立ては秘めるのだ。



この世界の山本五十六は、すでに巨大空母を見せられて安心していたため、そのような事は言わなかった。


それに航空機に関しても、かなり力を入れている自信ももっていた。


これらの意見に対して、例の男の意見は全く別であった。

「戦艦こそである、それにしても、空母随伴用に戦艦は必要であり、かつ対地上攻撃においてその本領を発揮する巨大爆撃機をはるかに凌駕する破壊力を有する巨大砲台なのである、戦艦なくして如何にしてすることができるであろうか」


そもそも、艦隊決戦などを想定していない。空母随伴と対地上攻撃に最も有用な兵器であると意見を述べているのである。

そして、大和、武蔵の建造計画をリークして米国を戦艦建造へと誘導しているのである。


満州の港湾では、未だに謎のブロックがどんどんと作られていた。

これは、潜水艦の構成ブロック単位であり、近郊の漁港の工場ですら組み立てが可能なものであった。


1939年(照和14年)8月、山本五十六は、連合艦隊司令長官(第一艦隊司令長官兼任)に親補される。これに伴い航空本部長には、男が中将に進級し横滑りした。


男は早速、技術部長の和田操少将を呼び出す。

「早々に済まないが、さっそくドイツに向かってくれ」

和田には、何のことかさっぱりわからなかった。彼もまた不幸にも、秘密結社『兎の穴』に引き入れられた男である。兵学校の期が近かったのである。

彼は、兵学校を卒業したが、事故により、技術将校へと移った変わり種の技官である。


心の中ではこうつぶやいていた。

「あんたは、一体何を言ってやがるのか」と。

しかし、声には出さない。彼は海兵39期の後輩にあたり、この男の恐ろしさを身をもって知っている世代である。


兵学校の習慣すら変えてしまうほどの力である。

殴られても、笑顔を浮かべている。殴った方が手首を痛める男。

ライフル砲のように回転しながら突っこんでくる。破壊力抜群の男である。

兵学校時代の棒倒し競技の恐怖が甦るのである。


「は!しかし、それでは一体何をおっしゃっているのかわかりかねます」

「これは、極秘だが」例の男は、極秘などという言葉が実は大好物であったのだった。

「ドイツでは画期的な発明が進行しているのだ、君はドイツ向かいそれを貰い受けてくるのだよ」

「しかし、そのような画期的な発明を我が帝国に譲ってくれるのでしょうか」

「それは問題ない、彼らはそれが画期的だとは思っていない」


「では、本部長はなぜそれをご存じなのですか」

「君、私を誰だと思っているのだ。が、私には、のだよ!」

決しては言ってはならないことを平気で言い放っているのだが、気にする様子はない。


通常ならば、病院送りのところだ。しかも海軍である。

決して二度と表に出ることは出来そうにない。幽閉されるであろう。この男の場合は暴れ始めれば、コンクリートの壁すら破壊するに違いないが・・・。


和田は、微妙な表情をした。

この男は間違いなくいかれているが、そのすべてがいかれているわけではないのだ。

故に、決して病院で幽閉されていないのだ。(本当は、収容できる施設がなかったのかもしれない)


それどころか、怪しげな日月神教は、国内で猖獗しょうけつを極めているのだ。

下手に批判すれば、それこそ狂信者に暗殺されかねないのである。


「わかりました。それでその画期的な発明を譲り受けるための交換条件はどのようなものになるのでしょうか」


「まずは、金だ!」金満王国の王のような言いぐさだった。

「しかし、それでは相手も飲むまい。をつけてやろう」

またしてもとんでもないことを言い出したのである。


「何、君が気にすることはない。空母天城など旧型の空母だ。その設計図をにもっているのだが、それでこの画期的発明を譲り受けることができれば、全く丸儲けなのだよ」


この男は、いつの間にか正規空母天城の設計図を手に入れているらしい。


「君が心配することは無い。彼等には空母を作れんさ」

和田が心配しているのはそんなことではなかった。

スパイ容疑で逮捕されることを恐れていたのである。


自分がとんでもない謀議に巻き込まれていることをいまさらながらに痛感した。


「しかし、設計図を勝手に材料に使うなど」

「大丈夫だ、特高と憲兵は動かない。すでに手は打っているから大丈夫だ」


なら、自分がやれよ!と言いたかったが、それは不可能である。

既に戦雲がたなびく西欧、そして、太平洋でも一触即発の雰囲気が漂っているのだ。


この男は、ロシア太平洋艦隊の司令長官を兼務しているのだ。

友好国の新ロシアの太平洋艦隊は、この男にしか操ることができない。

一旦、ことが始まれば、この男は、日本のためにその太平洋艦隊を率いて作戦行動を行わねばならないのだ。

ロシア艦隊といえば聞こえがいいが、実質日月神教の艦隊である。


この男の真の姿は、暗号コード『月光の艦隊』(ムーンフリート)の司令長官なのである。





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