第101話 ハインケルHe 178
101 ハインケルHe 178
航空本部技術部長の和田操少将は、件の男、ロシア伯爵咲夜玄兎航空本部長中将に呼び出しを受ける。
そして空母天城の設計図とドイツの画期的発明の交換譲渡を実行するように命令を受ける。
「心配はいらん。ドイツ空軍に知り合いがいるので、そいつを経由すれば話は簡単だ。」
何ともな発言が飛び出すのである。
「航空機総監のエルンスト・ウーデッドにはこちらが恩を売っている。彼に働いてもらうときが来た。取り立てに容赦はいらん。それに彼らにとっては必要としない技術だ。今はな」
「一体何を、いただくのでしょうか?」
「ハインケル社のHe 178だ、ジェット機だ」
「!!!」
戦局に余裕があるときは見向きもされなかったが、後にあれがあったならばという、所謂タラれば兵器である。
すでに、このころ初飛行が実施されていたのだ。
「こちらには金がある、それに重用するつもりも十分ある、引き抜けるだけ引きぬいてきてほしい。費用は、我が教団ですべて持つ。」
驚愕の命令だった。
それは、公務ではなく私用ではないのだろうか!
ハインケル社は悲運の会社である。
どのような航空機を製作しても、選択されるのはメッサーシュミット社であった。
たとえ、それがメッサーシュミットの物よりも優れていても、採用されない悲運の会社であった。
「
しかし、和田少将がドイツに向かう頃には、ドイツ旅行団が編制されていた。
嘗てのルフトバッフェのエースたちも里帰りを敢行したのである。
シベリア鉄道でウォッカをたらふく飲みながら、大陸を移動しながら大合唱である。
交渉は、うまくいった。
エルンスト・ウーデッド総監は、握らせれば受けとる男なのだ。
しかし、その上のゲーリングはなかなかにうんと言わなかった。
だが、業を煮やしたというか、祖国の変貌(ナチスが熱狂的に支持されていた)にがっかりしたマンフレート・リヒトホーフェンが登場したことにより、事態は激変した。
まるで、本人そのもののリヒトホーフェンは、ゲーリングにしても雲の上のような存在であった。その死んだはずのリヒトホーフェンが若いころそのままで出てきたのだから、これは本当の親戚か何かかと考えたのだ。(あくまでも本物、若い姿のまま維持されている。当社比)
ゲーリングの心の中ですらリヒトホーフェンは英雄だった。
それに、ハインケル社の航空機は採用する予定がなかった。
彼等も初飛行には参加して見てはいた。だが必要性を感じなかったのである。
持参された空母天城の設計図は、海軍への良い交渉素材である。
高く売りつけてやろうとすぐに考えを変えたのである。
こうして、ハインケル社は売られた。
一方売られたハインケル社だったが、こちらも、錚々たる元ドイツ空軍のエースや日本海軍の少将がわざわざ出向いて、べた褒めしてくれたことに感銘を受けていた。
そして、リヒトホーフェンから衝撃の事実を告げられる。
「あなたの会社の製品はほぼ採用されないことは決まっています。すべてがメッサーシュミット社のものになるでしょう、残念ながら、これはある男の予言です」
「予言ですと!さすがにそれは承服できかねます」ハインケルは科学者である。
世迷い事を信じるわけがない。
「そういうだろうからと、言われています。では私たちはなぜ、この地に今いるのでしょうか」
そうなのだ。ジェット機の初飛行が成功したのは8月である。
しかし、時をほぼおかず、彼らはそれを目当てにやってきていたのである。
「確かに神がかった何かが存在するのです」神薬で生き返ったリヒトホーフェンはいう。
確かに、なんらかの人智を超えた存在の意思が介在しているのであった。
「わかりました、なるほどと思わされるところは多々あります」ハインケルもじつは嫌な予感をもっていた。
そもそも、意義のあるこの初飛行成功すらドイツ国内では無視されたような形であった。
この画期的な発明の意味がわからないのだ。
それに、彼はナチスではない。
ナチスが国を捻じ曲げているのが、嫌だった。
結局それが、採用されない理由だったのかもしれない。
「大丈夫、私もドイツ人ですが、向こうでは自由にやっています。航空エンジンも手掛けています。ぜひ一緒にやりましょう」若返った技術者ウォルフガング・ディーゼル(偽名、かつ若返ってから一切年齢を感じさせない。当社比)元気づけるために言った。
ディーゼルはディーゼルで実は落ち込んでいた。
死んだ自分の墓が用意されていなかったのである。
最期のお金をすべて元妻に譲り渡したにも関わらずである。
私は、必要とされていなかったのだ、と実感して落ち込んでいたのである。
しかし、日本では、必要とされている。
それどころか、引く手あまただ。
ハインケルとディーゼルは技術者同士で深く語りあうのだった。(慰め合うともいう。)
技術とは、求められなければあっても意味がない部分が存在する。
優れた技術も生かす人間が無ければ意味がないのだ。
ドイツ空軍におけるハインケル社とはそんな存在である。
使われなければ意味がないではないか。
「私には、墓が無いのですよ!全財産を残してやったのに!」酔ったディーゼルは、自分の元妻の所業に声を挙げた。
「その通りだ!私も、ドイツに墓は必要ないのだ!」ハインケルも酔って怒鳴った。
「だが、日本では、私の作ったエンジンがそれこそ無数に使われているのです。素晴らしい!これぞ技術者の本懐だ!」トラックのエンジンとして出荷されているが、一部は戦車用のエンジンに転用されていることを本人は知らない。
「私も戦闘機を日本の空で飛ばしてやる、愚か者のゲーリングにウーデッドめ!ざまあみやがれ!」
二人の酔っ払いは喚きあって溜飲を下げた夜である。
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